5時限目 親睦大会
翌日登校すると、齋藤さんはもう席に着いていた。
「おはよう、齋藤さん」
僕は努めて、気軽な口調で声を掛けた。
「あ……お、はよう」
なんだか辿々しかったが、期待通り挨拶くらいなら返してくれそうだ。
しかし直ぐに、昨夜考えていた甘い会話のシミュレーションは、水泡に帰してしまった。
「おはよう、齋藤さん髪の毛、綺麗ね」
「おはよう、齋藤さん毎朝手入れとか、大変じゃない?」
クラスの女子が齋藤さんのところに、集まって話し出したのだ。
(まぁ、クラスの女子同士で会話がないってのも、可笑しな話だよな……)
しかし、齋藤さんは隣で聞いていても、中々の塩対応っぷりだ。
僕が感じるくらいなんだから、話しかけてる女子には辛辣に伝わっていることだろう。
それでも会話が続くんだから、女子のメンタルって想像以上にタフだ。
どうやら、いつの間にか“モデル”の話になってるみたいだった。
そんなこんなで、それっきり話すキッカケも掴めないまま、離れ離れになってしまった。
そう、入学と言ったら健康診断と体力測定だ。
ここから午前中は、男女別行動になるのだ。
男子専用のロッカールームで、体操服に着替えを済ませて健康診断だ。
結果は身長172㎝。
昨年よりも若干背が伸びている。
まだまだ成長期ってことだ。
体力測定も全体的に力が付いている。
バイトの一つに、段ボールの運搬作業を入れていた成果かも知れない。
午前中の健康診断はともかく、体力測定では何人かがグループで行動していたが、僕に声を掛けてくる男子は特にいなかった。
(やっぱり、初日の自己紹介が原因なんだろうな)
そしてあっという間に、お昼を迎えた。
この学校には食堂がある。
当然、父との二人暮しでは、お弁当などは望むべくもない。
食堂で総菜パンも売っているが、シッカリと量が有ってコスパも良い、日替わり定食にした。
フッと食堂の中に、ピンクいろを探してみたが見当たらなかった。
(きっと教室で、お弁当なんだろうな)
何だか言いようのない疎外感を覚えつつ、一人で定食を頬張っていた。
午後は体操服のまま、
クラス混合で行われるため、午前中の疎外感からは解放された気分になる。
ホワイトボードが各所に置かれていて、定員になるまで書き込むようだ。
要は早い者勝ちなのだが、僕には特別にやりたい球技は無かった。
校庭のグラウンドで眺めていたが、人気のミニサッカーは既に埋まっていそうだった。
今日は野球部のグラウンドも解放されていたが、既に金属バットの打球音が響いていた。
グラウンドを後にして、体育館に移動してみた。
体育館の中は、何やら熱気に包まれていた。
やたら女子の比率が高いなぁと感心していると、女子の中心には妹の蘭がいた。
なにやら周りに声を掛けながらプレーをする姿は、リーダーシップを取っているように見えた。
体育館もほぼ参加球技がほぼ埋まっていて、卓球台が数か所空いていた。
僕は卓球台の側に置かれたホワイトボードに、『A組・稲葉龍之介』と書き込んだ。
貸し出し用のラケットを片手に、適当に座っていると突然横から声が掛かった。
「おぅ一人か?一緒にやらねーか」
一人の男子がラケットを振りながら、声を掛けていた。
僕は立ち上がりながら答えた。
「言っとくけど、僕は素人だからな」
すると相手も答えた。
「俺もだよ。俺の名前は安藤、B組だ。よろしくな」
そして不器用な卓球の試合を始めた。
「ところでさぁ、土岐さんとは仲良いの?」
「いや、昔馴染みだ。それだけだよ」
「またまたぁ。彼女最近引っ越して来たって聞いたぜ」
「……そうか、だけどあんまり関係なくないか?」
「俺あの娘って、かなり好みなんだよ。チャンスが有ればってな!」
結構強い打球が返ってきた。
「残念だったな!(お前みたいなのに釣り合わねぇよ)」
僕は渾身のスマッシュを、相手コート左隅に叩きつけた。
「なんだよ、素人ってのはブラフだったのか?昔馴染みってのも、ブラフみたいだしな」
そう言い残すと、安藤は別の卓球台に移動していった。
卓球のラリーと、言葉のラリーはそこで途切れた。
すると不意に、サイレンの音が鳴り響きドンドン近づいて来るかと思うと、体育館前で止まった。
体育館内に目を遣ると、そこにはピンクいろ……齋藤さんが倒れていた。
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