4時限目 アドレス

 ファストフード店での別れ際に、アドレスを交換した。


「今日の出会いを祝して、アドレスを交換しよう!」

 トキカケのその言葉に、LINEアドレスなども交換した。

 自分の妹をわざわざ渾名で呼ぶのには抵抗があったが、そもそも五年振りの再開と、久しぶりだった上に突然過ぎたので、この位の距離感から始めるのもいいだろうと思ったからだ。


(それにしても齋藤さんも、よくアドレス交換したよな)


 自宅に帰ると普段着に着替えて、何となくスマホを弄っていると、“ピコッ”っという音共に、LINEの招待メールが届いた。

 グループタイトルを見て、吹き出しそうになった。

『曰く付きの高校生たち』

 まぁ作成者が妹の蘭だから、気軽に入室した。

 すると直後に、齋藤さんも入室してきた。

 ハンネは、妹はまんま『トキカケ』で、僕は『文豪』としておいたが、齋藤さんは『ピンクいろ』だった。


(齋藤さんにとってのピンク色って、何か特別な意味が有るのかな?)


 スマホの中では、『乙ッ――おつかれさま』みたいなスタンプと、当たり障りのないワン・センテンスが、澱みなく流れていく。

 僕も何となく相づちのスタンプで、会話の流れに身を任せていた。

 すると突然、答えづらい質問が画面に飛び込んできた。


トキカケ: 文豪さんどうして浪人したの?


 僕は迂闊にも、真剣に考え込んでしまった。

 何でも適当なスタンプで、流すことが出来たのに。


「母への養育費の支払いで、家計がカツカツです」

 まさか馬鹿正直に、こんな文章が打てる訳が無いじゃないか。

 最後の一文に既読が付くと、暫らく画面の表示は固まっていた。


(ひょっとして、トキカケはそのこと気にしてて、確認したかったのかな?)


 すると画面が突然動き出した。


ピンクいろ: 文豪なんだから執筆活動でしょ?


文豪: そうそう一大傑作をね


文豪: 【スタンプ】忙しい!書きネズミ


 やがて、『曰く付きの高校生たち』のLINE部屋も退出の頃合いになってきた。

 僕は言いたかった一言を、勇気を出して書き込んだ。


文豪: ピンクいろ、ありがとう


ピンクいろ: なにが?


文豪: 自己紹介の時


ピンクいろ: 違うよ、あれは自分のため


文豪: それでも、ありがとう


文豪: 【スタンプ】感謝!土下座のネズミ


ピンクいろ: じゃあ、そろそろ落ちるね


ピンクいろ: また明日学校で


ピンクいろ: 【スタンプ】おやすみzzz……布団のウサギ


 僕は机に突っ伏すと、スマホの画面を見詰めていた。


 今日再開した妹は、いつの間にか成長していて小学生の妹とは別人に思えるほど、大人に成長していた。

 簡単な内容だったけど、僕たち兄妹間の時間は少しだけ埋められた気がする。

 まぁ、次に会った時にギクシャクしないで済むっていう、安心感は得られたんじゃないかな。


 問題は齋藤さんか……。

 朝の棘々しさは無くなったけど、やっとスタートラインに戻って来れたってだけだしな。

 それでも明日からは、いつも隣の席に居るんだよな。

 ちょっとだけ教室で、二人だけの切り取られたシーンを想像すると、恥ずかしくなってくる。


 今日話してみて思ったのだが、ファストフード店で妹と会話している齋藤さんは、ごく普通の女子にしか見えなかった。

 もちろん見た目は、が付くほどの美人なのは間違いない。

 内面は自己紹介の時の様な、ヤバい感じにはとても思えなかった。


「やっぱりピンク色かぁ……」

 もしも教室でお喋りできたとしても、その話題に触れて良いものなのだろうか?

 触れなければ、相手から話してくれるんだろうか?

 

 あの見た目や話し方は、何かから身を護るための鎧の様な気がしてきた。

 また話しかけるな!オーラを出されては、今日の様な会話もままならないかも知れない。

 そもそも会話も碌にできてないし、LINEのやりとりだって、人として当たり前の範疇だ。

 高望みすると、裏切られた時の失望感は計り知れない。


「ピンク色の話を聞くか、聞かないか、それが問題だ……」

 僕はシェイクスピア作の戯曲『ハムレット』をモジって、独り言ちた。


 改めてスマホのLINE画面を見詰めながら、明日からの高校生活に思いを馳せるのだった。 

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