目蓋

夢月七海

⁂私の寄生日記⁂


〇月1日


 初めまして。Rと申します。

 このような素人のブログにお越しいただいて、誠にありがとうございます。

 平々凡々な生活をしている私ですが、突然、奇妙で恐ろしい出来事に出くわしてしまったので、正気を保つため、このようにブログという形で記録しようと思い立ちました。

 私と似たような経験のある方は、ぜひともコメントを残していただけると幸いです。相談しようがなく、とても不安なのです。


 きっかけは、昨日の午後、外出から帰ってきてからでした。

 なんだか左目が腫れぼったいと思っていたのですが、時間が経つにつれて、どんどん腫れが酷くなっていきます。とうとう、左目が開けないほどに悪化してしまいました。

 すぐに、近所の眼科に予約を入れました。この瞬間までは、ただのものもらいだと思っていたのですが……。


 診断の後、先生から驚くべき言葉を告げられました。

 私の目蓋に、寄生虫の卵が産み付けられていたのです。

 どんな虫なのかを、写真で見せてもらいました。ただの芋虫のようで、私のイメージする寄生虫とは全然違います。成虫の姿も、紫とピンクのマーブル模様の蝶のようで、それもまた意外でした。

 先生によると、この虫は、世界で唯一、人間の目蓋に寄生する蝶だそうです。その数も少なく、実際に寄生された人を見たのは、医者になって何十年の先生でも初めてだとか。


 私はもちろん、今すぐこの寄生虫を取ってくださいと言いました。

 しかし、この寄生虫は、目蓋の絶妙な場所に卵を産み付けるために、大学病院の先生ではないと手術出来ないそうです。

 大学病院への紹介状をもらって、私は帰りました。


 明日、すぐに大学病院に行く予定です。

 結果が分かったら、また書きます。






〇月2日


 こんばんは。結構な閲覧数があって、驚きました。

 コメントもありがとうございます。やはり、私しか経験したことのない症状のようですね。


 今日の朝から、大学病院に行きました。二日連続で仕事を休みましたが、仕方のないことです。

 昨晩のうちに、目蓋の腫れは大分引きました。完全に元通りではないのですが、手を使えば開けられるくらいです。


 しかし、今日中に手術することはできませんでした。

 「まあ、突然だから、難しいだろう」とは思っていたのですが、予想外だったのは、手術の予約日が、今月末になってしまったことです。

 愕然としました。この寄生虫によって、失明することはないと聞かされていたのですが、まさかこんなに待たされるなんて。

 その日まで、私はこの寄生虫と過ごさないといけないのでしょうか? 想像するだけでも、身の毛がよだちます。






〇月5日


 少し日にちが開いてしまいました。ご心配おかけしてすみません。

 目の腫れが引いたので、3日より仕事に復帰しました。職場の方は、もっと休んでもいいと言われたのですが、仕事をして気を紛らわしたいの、出勤しています。


 本日、卵が孵りました。

 なぜ分かったのかと言いますと、太陽の方向に顔を向けて、目を閉じると、赤い目蓋の肉の中に、黒い点が一つあることに気が付いたからです。それが、今日、確認してみると、芋虫の形になり、うごめいていました。


 外ではなかったら、悲鳴を上げていたと思います。もしも室内だったら、はさみを使って、自分でその虫を取り除こうとしていたと思います。

 自分の目蓋の中を、虫が動いている様子は、とてもおぞましい光景でした。目を開けていても思い出します。


 手術の日まで、我慢するほかありません。それまで、気が持つのでしょうか。






〇月8日


 ブログを中断している間も、芋虫はどんどん大きくなっていきます。

 目蓋の中で、毛細血管より血を吸っているそうです。とても気持ち悪いです。早く取ってしまいたい。






〇月15日


 芋虫が、孵った時よりも3倍くらいの大きさになりました。思ったよりも、成長のスピードが速いです。

 調べてみたところ、アゲハチョウやモンシロチョウなどは、約1か月で成虫になるそうです。もしかしたら、この寄生虫も同じなのかもしれません。


 実は……あまりしてはいけないと分かっていながらも、太陽を透かして、目蓋の中を見るのが日課になっています。我慢して、1日に一回だけ見るようにしています。

 私の目蓋の中をぐにぐにと動いている芋虫を見ていると、最近、少しかわいいかもと思えるようになってきたのです。

 あと半月ほどで摘出するのだから、これではいけないということは分かっています。それでも、情が湧いてきたのは確かです。






〇月18日


 心配のコメント、ありがとうございます。ただの寄生虫に感情移入するなという叱責も、ありがとうございます。

 ただ、最近私は思うのです。私は独身なのですが、妊娠している気持ちって、こんな感じなのかなと。


 もちろん、世の中のほとんどの女性、いや、男性もいるかもしれませんが、その方々から、お叱りの声が飛んでくるのは分かります。寄生虫と胎児を一緒にするなんて、言語道断です。

 でも、ことあることに、太陽へ目を向けて、その芋虫が少しずつ大きくなっていく様子を見ていると、かわいいな、このまますくすく育ってほしいな、と思うのも、事実なのです。

 この感情が、妊婦のそれと全然違うのだと、誰が証明できるのでしょうか?


 目の中の芋虫は、コロコロに太っています。ですが、最近よく動くようになり、目蓋の端から端まで移動していました。

 今日もとてもかわいいです。






〇月21日


 本心を書いたのに、炎上してしまいました。仕方のないことではあります。

 ブログの閉鎖も考えましたが、この芋虫がどうなるのか気にしている読者も多いので、そのまま続行いたします。


 本日、芋虫が蛹になりました。目蓋の大部分を埋めるような、大きくて立派な蛹です。

 その勇姿を皆さんにお見せ出来ないのが悲しいです。


 代わりに、私の現在の左目の写真をつけますね。

 2日と同じくらい腫れていますが、変わらない毎日を送っています。命が育つのに、それくらいの大変さは承知の上ですから。






〇月29日


 今日は、手術の予定日でしたが、断ってきました。

 手術の前に担当医へ、この蛹を取り除いた後はどうするのですかと聞いたところ、そのまま標本にすると返されました。元々、人体の中以外で生きることが出来ない蛹なので、そうするしかないのです。


 こう言われると、私に手術をする理由など存在しません。そのまま家に帰りました。

 蛹はぴくぴくと動いています。もうすぐ羽化が近いと思うと、胸が高鳴ります。






×月1日


 皆様の応援のお陰で、無事に蛹が羽化しました!

 蛹を、そして私の目蓋を突き破って出てきたのは、とても美しいピンク色の蝶です。写真を付けます。


 こんなに柔らかそうな羽をしているのに、人の目蓋を突き破れたんだと思うと、不思議な気持ちがします。

 当然、目蓋の傷からはたくさんの血が出て、今もその傷跡は生々しいのですが、この蝶が目蓋を突き破った時の大変さを思うと、全く気になりません。


 ちなみに、この蝶ですが、私の血で育ったため、私の血以外は受け付けないそうで、今もひらひらと私の周囲を飛んでいます。

 私が指を差し出すと、そこに止まって、チュウチュウとストローの口で血を吸います。とてもかわいいです。


 このブログは本日で終わりますが、この蝶とはこれからも一緒に生きていきます。

 最後までご覧いただき、誠にありがとうございました。




































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目蓋 夢月七海 @yumetuki-773

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