エピローグ:虹に色が無かった日の話

 ……そういえばそんな日があったな。

 それが、僕とあの人、師匠の遠い日の想い出。

 まだ虹に色があった頃の話をした、懐かしい日の想い出。

 なんで今さら、こんなこと思い出したんだろう。

 そう思いながら僕は手元を見る。

 そこにあったのは一つの石。

 深い藍色をしたきれいな石。かつての虹の国から失われた石の一つ。

 ああ、そうか。これのせいか。

 これを手に入れたから、あんな懐かしい日のことを思い出したんだ。

 顔を上げる。

 辺りには、がれきの山。そして倒れ伏した、たくさんの人たち。

 ほとんどは藍の国の戦闘員たちだ。ここは王都の中枢だから、中には国の偉い人もまじっているかもしれない。まあ情報さえ吐いてくれれば、だれでもどうでもよかったが。

「……それを、返せ。それは、我が国にとってだいじ、な……」

 すぐ近くから声が聞こえた。倒れた中の一人のようだ。

 なんだ、まだ息があったのか。

 僕はそいつを冷たい目で見下ろす。

「だまれ、盗人の末裔ごときが。これは、そもそもお前らの国の物じゃないだろう」

 そうそいつに言い捨てて、僕は手をかざす。

「奪え」

 言い放つと、僕の左目が不思議な色にゆらめき輝く。

 あの人が虹のような瞳だと言って、よろこんでくれた目が。

 言葉と同時に、倒れた男の体が一瞬輝き、何かが抜けたかのように浮かびあがる。

 その小さな混じった絵の具のような何かは、そのまま僕の左目に吸い込まれた。

 男は灰色になり砂のように崩れさった。

 全身の色が抜き取られたからだ。

 色を失った存在は無に返る。これがこの世界の摂理だった。


 キラリと光る物が目に入った。

 そちらに目をやると、がれきの中にあった鏡の欠片のようだ。

 そこには、のぞき込んだ自分自身が映っている。

 髪も肌も全てがすきとおるように灰色な自分が。色のない無色の存在。

 虹の国が無色になったとき、すべての民に、そして国中のあらゆる物には呪いがかけられた。

 色を持つことができなくなった。

 だから、人はおろか、建物も、木々も、空も、すべては灰色の世界となった。

 これが、虹を壊してしまった代償と言うことなのだろう。

 虹の祝福は、転じて呪いとなった。

 色が失われた命はやがて死に至る。

 師匠が死に、すべての色の力が失われたとき、虹の国は滅びを迎えたのだ。

 僕は、師匠の意志を継いだ。

 師匠が死んだ日、遺言通りに虹の麓に行った。そこで僕は虹から何かを語りかけられているような気がして、無色の虹に触れてみた。

 ――色を取り戻せ

 そう言っているような気がした。それからだ、僕がこの色を奪う力を手に入れたのは、どうやら、人から色を吸い取っているうちは、僕は無色の病に倒れることはなさそうだった。復讐を果たせ、虹がそう言っているように思えた。

 その影が、あの日の師匠と重なった。


 虹の国を滅ぼした、そして師匠を殺した全てに僕は復讐しよう。

 いつかすべての虹の石を回収し、あの国に虹を取り戻そう。

 それが僕の人生をかけた目標でもあり、あの人にできる恩返しだ。

 きっとあの人は、今の僕を望まないのかもしれない。だが、かまうもんか。

 奪われた物を取り返し、紡がれるはずだった想い出の代償もすべて払わせよう。

 決意とともに、手の中の藍の石を鞄にしまう。

 

 これは始まりの一個目。すべての石を奪い返すまで、僕の旅は続くだろう。

 ……ああ少し疲れたな。

 一仕事終えたことだし、ちょっとだけ眠ることにしよう。

 僕は、がれきの中に腰を下ろし、目を閉じた。


 ――夢を見る。

 それは未来の夢。

 僕は誰かに話をしている。

 その夢で、僕はその誰かにこんなことを言うんだ。

「はるか昔、虹には色がなかったんだ」と

 その誰かは、信じられないと笑う。

 そうだよなあ、と僕も笑う。

 そんな幸せな未来を夢に見る。


 僕は世界を巡って、すべての虹の石を集めよう。

 虹の国をまた取り戻すために。

 あの人の見た、ありし日の虹をまた世界に呼び戻すために。


 そして、誰かに話をしよう。

 いつか虹に色が無かった、あの日の話を。

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いつかの日、色があった虹の話を 季都英司 @kitoeiji

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