悪人がいない町と赤髪の美男子――2

 宿へ行くことにしたのだが、当然、初めて来た町なので僕たちはその場所を知らない。

 ということで、僕たちは通りがかった人に場所を訊くことにした。


「この町は川を境に、北側と南側に分かれているんだけど、宿は橋を渡って、北側の方へ行くと、一軒だけあるよ」

「ありがとうございます」


 僕はお礼を言ってから、自転車を押して歩きだす。キランとクルシェも後ろからついてくる。

 そしてまずは橋を渡って、北側に着いたのだが……


「テル? さっきから三十分くらいグルグルしているんだが、迷ったんじゃないか?」


 とキランが肩をすくめて、言う。


「どうやらそのようだ」

「おいおい、しっかりしてくれ」


 しかたないだろ、土地勘ないんだから。

 ていうか、お前だって、宿の場所わからないだろ。

 と思っていると、老紳士というかんじの風貌をした男性が声をかけてきた。


「どうしました、何か困っているように見えますけど」

「あ、すみません、宿屋の場所がわからなくて」

「あ、宿屋なら……いえ、そうですね、私がそこまで案内しましょう」


 その老紳士についていくこと数十分後、宿屋の前に無事たどり着いたので、僕たちはお礼を言ってから別れた。


「この町、ほんと親切な人ばかりですね」


 とこの場から離れていく老紳士を見送りながら、クルシェが言うと、キランが眉根を寄せて、なにやらつぶやいていた。


「おかしい、絶対に……ありえない……」


 耳をよくすますと、そう言っているのが聞こえた。

 声をかけようかと思ったが、なんだかそうしづらい雰囲気だったのでやめておいた。

 なにがおかしいかはわからないけど、そのうち彼の方から話してくれるだろうと、そう考えることにした。


 宿屋に入って、部屋を手配してもらい、用意された三階の客室に着くと、僕は荷物をそこら辺に置いてベッドに倒れこんだ。


「お疲れですか、ご主人様?」

「ああ、うん、ちょっと眠らせてもらうね」

「わかりました、夕飯の時間になったら、起こしますね」

「頼む」



 目が覚めた。

 ぐーぐーとチャーリーのいびきが聞こえる、彼も寝ているようだ。

 起き上がり、クルシェの方を見ると、彼女は編み物をしていた。彼女は暇なときああやって防寒具を編んだりぬいぐるみを編んだりしている。


「あれ、キランは?」


 部屋の中を見渡すが、あいつの姿がない。


「クルシェ、どこ行ったかわかる?」

「二十分くらい前にひとりで部屋を出ていったんですけど、どこにいったかは……ごめんなさい」

「いや、べつにいいよ、そのうち戻ってくるだろうし。食事ってそろそろだっけ?」

「あ、まだ、30分くらい時間があります」

「30分か……寝汗かいたし、湯浴みをしてこようかな」

「あ、それでしたら脱いだ衣服をあとでください、洗濯しておくので」

「いいの? 助かるよ」


 宿によっては洗濯もやってくれるところがあるけど、ここはそうじゃないようだ。

 僕は部屋を出て、三階から一階へ降り、浴室へ向かった。

 脱衣場に入り、その先の浴室へ入ると、誰かいた。


「テル……」

  

 とその誰かが僕を見て目を見開いている。

 ……キランだった。


「きゃー、エッチ!」


 と彼は自分の上半身を両腕で隠した。

 下半身は丸見えだけどいいのか……。

 ていうか、


「なにふざけてんだ、僕たちは男同士だろ?」

「世の中には男が好きという男もいるからな」

「僕は違うよ、それにしても、お前、その体……」

「なんだ、まじまじと俺の体を見て、やっぱりお前、そっちの気が……」

「違うって、何度も言わせんな、ばか、お前の体が妙に傷だらけなのが気になっただけだ」


 特に上半身が痛々しい傷跡だらけだ。見てるだけでこっちも痛くなってきそうだ。


「ここに来るまで、いろいろ過酷な旅だったからな。旅人ならこんな体は珍しくないぜ?」


 僕はそんなに怪我してないけどな……。まあ、おそらくこの世で最強であるチャーリーに頼りっきりだからかもしれないけど。

 過酷な旅ねぇ……あれほどの怪我を負うって、どんな艱難辛苦を乗り越えてきたのやら。

 

「俺はもう出るよ」


 とキランは言って、僕を通り過ぎて浴室から出ていった。


 それから、体を洗って浴室を出て、食事も終えた後、客室のベッドで寝ているときのことだ。

 深夜に目が覚めて起きると、キランが部屋にいないことに気づいた。

 ちなみに、チャーリーは相変わらず耳障りないびきをかいていて、クルシェはすーすーと静かに寝息を立てていた。


 僕はトイレに行くついでに、彼を探すことにした。

 用を足した後、宿屋の中を一通り見て回ったが、彼はどこにもいなかった。


 外に出ているのか……?


 心配になって、外に出て、探していると、町の北側と南側を分かつ橋にキランがいるのを発見した。

 彼の傍まで行き、声をかける。


「キラン!」

「テル……どうしてここに?」


 僕の方に顔を向けて、ぎょっと目を大きくさせるキラン。


「さっき、目が覚めて、お前が部屋にいなかったからな、探したんだ、それで、お前は何してるんだ、こんな夜中に」

「月を見てたんだ」

「は? 月? わざわざ外に出て?」

「ああ……外に出て、見たくなったんだ、そういう時、あるだろ?」

 

 いや、僕はないけど……。

 そもそも、彼は月を見に来たと言うが、視線が空にない、その目は水面の方を向いていた。


 月なんて見てないじゃん……

 と思ったが、彼の視線をよく追うと、どうやら水面に映る月を見ているようだ。


「なんでそっちの方を……上の月を見ればいいじゃないか」

「上のやつは、あきらめたんだ、どうせ手が届かないから、こうやって水面に映る月で我慢することにしたんだ」


 どうせ手が届かない、か。

 僕が元々いた世界では、人類は月に到達したと言ったら彼は信じるだろうか。


「別に、まだあきらめなくてもいいじゃないか、お前はまだ生きてるんだし、生きている限り目指していれば月に手が届く可能性はあると思うぞ」


 僕が転移する前の世界では、実際に月に行った人たちがいるんだし。

 といっても、こいつの言う月はたぶん文字通りの意味じゃなくて、何かの暗喩として言っているんだろうけど。


「そうか……なら、また目指してみようかな」


 と言って、彼は視線を空に向けた。


「ありがとな、テル、俺、もう宿に戻るよ」


 キランは僕の方を見てそう言って、去っていった。


「待てよ、僕も一緒に戻るよ。そもそも、僕はお前を探しにここまで来たんだから」


 僕は彼の隣まで走って、そこからは一緒に宿まで歩いた。

 部屋に戻ると、キランがベッドに横になったので、僕もそれを見届けてから、再び寝ることにした。


 そして、翌日――

 なんだか宿の中や外が騒がしくて、目が覚めた。


「ようやく起きたか」


 ベッドから起き上がった僕を見て、キランが呆れ顔で言う。


「なにか起きたのか?」

「モンスターが出たらしい」

「は? なんで急に……どこに出たんだ」

「橋があっただろ、あそこらへんの川で出たって話だぜ、あの川は町の外にも繋がってるから、そこから町まで入ってきたんだろ」

「ということは、水系のモンスターになるのか?」

「おそらく」 


 こうしちゃおけない、急いで向かわないと。

 いや、その前にチャーリーを起こさないと、と思ったが、既にクルシェがいびきをかいているチャーリーを揺らしながら「起きてくださーい」と必死に声をかけていた。



 チャーリーを起こした後、宿を出て、チャーリーを入れて四人で橋の方まで向かっていると、多くの町民たちもそっちの方へ走っているのが見えた。

 普段あんまり運動していないのか、走り方がぎこちない人が多かった。進む速度も遅い。

 いや、そんなことよりも、


「モンスターが出ているんですよ、危険です! そっちの方へ行ってはダメです!」


 と僕が大声で注意喚起したのだが、


「何言ってんだ、町の危機なんだぞ! 俺たち町の人間が対処しなくてどうする!」

「旅人さんたちこそ、安全なところへ逃げた方がいい、あんたたちは関係ないだろ!」

「そうだそうだあ!」


 と町民たちはこっちの言うことに聞く耳を持ってくれなかった。

 妙に勇敢な人が多いな……。


「僕たちは大丈夫です! 強いので!」


 正確に言うと、強いのはチャーリーとキランだけだけど。


 走りながら、周囲を見回していると、大人だけじゃなく子供たちも、ナイフや棍棒などの武器を持ってモンスターがいるところへ向かっていた。


「さすがに子供たちは絶対行くべきじゃないです! 危ないから皆戻って!」


 と僕が大声で言ったのだが、


「なにをー、子供だからってなめるなよ!」

「町は私たちが守るわ!」

「たとえこの身が犠牲になっても!」


 男の子だけでなく女の子も言うことを聞かず、モンスターを討伐しに行こうとしていた。


「わ、わしも戦うんじゃあー!」


 老人も弓矢を持って橋の方へ向かっているのを見かけた。


 何でこの町は老若男女問わず、こんなにも勇猛なんだ……とさすがに少し不審に思っていると、横にいたキランが声をかけてきた。


「お前も気づいたか?」

「気づいたって?」

「この町のおかしな点にさ」

「まあ、ちょっと変かな、て思うようなところはあったが」

「俺はわかったぞ、この町の何がおかしいか、そしてどうしておかしいのかがな」

「そうか……気にはなるが、今は急を要するから、モンスターを倒した後でその事については話そう!」


 それからは黙って走って、橋の前まで着くと、半魚人ってかんじの見た目のモンスターが子供を川へ引きずり込もうとしているのが見えた。


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最強のママチャリに乗って美少女と一緒に異世界をのんびりと旅する 桜森よなが @yoshinosomei

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