悪人がいない町と赤髪の美男子――1

 今日も二人乗りで自転車をこいでいると、前方に町らしきものが見えてきた。


「あそこは悪人がいない町と呼ばれているらしいわ」

 

 とチャーリーが言うと、荷台に乗るクルシェが見るからにテンションが上がった。


「悪人がいない町……なんだかすごいよさげなところですね!」

「本当に悪人がいなかったらね……でも……」

「でも?」


 僕がチャーリーに訊くと、彼は少し間をおいてから、


「いや、悪人ってどういう人のことを言っているのかな……と思ってね」


 たしかに、悪の定義は明確でないし、人によって何を悪とするかは違うだろうから、悪人のいない町とだけ聞いても、いまいちイメージできないよな。

 まぁ、そもそも、あくまで悪人がいない町と呼ばれている、というだけの話だから、実際のところはどうかわからないか。


「そこについては行ってみないとわからないな」

「そうね、それを確かめるためにも早く向かいましょう」


 とチャーリーも言ったことだし、僕はペダルに乗せた足に力に力を入れ、先へ急いだ。


 そして数十分後、町の入り口の前まで来て、自転車を降りたとき――


「おっ、その珍妙な乗り物は……もしかして、テルとチャーリーじゃないか? おーい!」


 突然、後ろから声をかけられた。

 振り返ると、なんかものすごいイケメンがこっちに向かってきていた。


 ……と思ったら、知り合いだった。

 180センチを優に超える長身、手足が長くてスタイル抜群、燃えるような赤い髪、湖のように澄んだ青色の瞳、彫りの深い顔立ち……相変わらず、むかつくくらいルックスがいいな、こいつは。


「おいおい、なんだよ、テル、その反応は、俺のこと忘れたのか? 寂しいじゃないか」


 と僕たちの前まで足早に来ると、彼は言った。


「いや、覚えてるよ、キラン」


 キラン・グールディング。

 僕と同じ旅人だ。最初に出会ったのは一年くらい前、最後に会ったのは半年前くらいか?

 かなり腕の立つ剣士で、勇者のパーティに誘われたこともあったとかなんとか。でも、ずっと旅人として各地をぶらぶらと放浪しているやつなので、その誘いは断ったんだと思う。なんでかはわからないが……。


「チャーリーも久しぶりだな」

「ええ、ほんと久しぶりね……ところで、あなた、さっき、あたしのこと珍妙な乗り物とか言わなかった?」


 とチャーリーが怒気を含んだ声で言うと、彼は素知らぬ顔をして、


「ん? そんなこと言ったっけか、気のせいだろ」

「そうだったかしら……まぁあなたはハンサムだから許してあげわ」

「そいつはどうも」

「そうだ、せっかくだから乗っていきなさい」

「いや、遠慮しておく」

「そう言わずに」

「いや、いいんで」

「そ・う・い・わ・ず・に!」

「いやいや、いい、いい!」


 ぶんぶんっと胸の前で手を左右に振るキラン。


 チャーリーがあれほど自分から乗ってくれと懇願するのも、あいつくらいだろうな。

 キランがクルシェの方を見て、


「で、そのメイド服を着た女はなんだ、おまえの女か?」


 クルシェがぎょっと目を見張った後、顔を朱に染める。


「いや、違う。彼女はクルシェ。ただの旅の仲間だよ」

「ただの旅の仲間にメイド服着せてんのか?」

「着せてないよ、彼女が自分から着てるんだ」

「ふーん?」


 と訝しんでいる顔つきだ。

 いや、でも、冷静に考えてみたら、メイド服を着た美少女を旅のお供として連れていたら怪しまれてもしょうがない気がするな。今更だけど。


「まぁいいや、お前たちもこの町に寄るつもりなんだろ? せっかくなんだし、しばらく一緒に行動しようぜ」

「僕はいいけど、皆は?」

「もちろんオーケーよ」

 

 とすぐにチャーリーが返事をした。クルシェもこくりとうなずく。


「よし、じゃあ、町へ入ろうぜ」


 とキランが僕たちの前を歩いていく。

 門番に通行の許可をともらった後、僕たちは門の先へ踏み入れた。


 


 街を歩いていると、僕たちが門から入ってくるのを見ていた町民たちが声をかけてきた。


「あんたたち、旅人か? オレはガロンっていうんだ、何か困ったことがあったら言ってくれ」

「私はステラ、この町にはいつまでいるつもり? ポーションは不足してないかしら、欲しかったらうちの薬屋においでよ、やすくしておくからさ」

「俺はサム、お前ら、この町に来るのは初めてだろ? 案内してやろうか?」

「私、アマンダ、困ったことがあったら何でも相談して」


 まだ歩いて十分くらいだが、出会った人々にこんな感じで声を掛けられまくっている。


「確かに、この町に悪い人はいなさそうですね」


 とおせっかいな町民たちの圧に押され気味だったクルシェが苦笑いを浮かべて言うと、

 

「わからないぜ、人は猫をかぶる生き物だからな、表面に現れていることが、そいつの全てじゃない」


 とキランが冷笑するような顔で言う。


「そうでしょうか、そんな裏がある人々には見えませんでしたが……」

 

 と納得いってなさそうな表情のクルシェ。


 僕もぱっと見は悪い人がいないように見えたけど、まぁキランの言うこともわかる。旅人を騙して不当に高い料金で買わせようとする商人とか気づかぬうちに財布とかを盗んでくる奴とかも今まで訪れた村や町では普通にいたし、警戒しておくに越したことはない。


「そんなことより、これからどうする? もう宿に向かう? それとも、もっと町の中を見て回る?」


 とチャーリーが訊くと、キランがくいっと酒を飲むジェスチャーをした。


「なぁ、酒場に行かないか? 久しぶりに会ったんだし、一緒に飲もうぜ?」

「僕はいいけど、チャーリーとクルシェは?」

「あたしはべつにかまわないわ」

「私も大丈夫ですよ」

「決まりだな」


 と白い歯をきらりと輝かせて、キランが笑った。


 僕は近くにいた人に、酒場の場所を訊きに行った。


「ここらへんにいい酒場ってありますか?」

「そうね……私のおすすめはここから東へ15分くらいいった所にある、ロマの酒場よ」


 お姉さんが方角を指で指し示しながら言う。


「じゃ、そこにするか」


 とキランが向かおうとすると、そのお姉さんが止めてきた。


「ちょっと待って。あなたたち、土地勘ないでしょ? 私が酒場まで案内してあげるわ」

「助かります」


 僕が頭を下げると、クルシェも続いてお礼を言った。キランはなぜだか渋い顔をしている。


「どうした?」

「ん? いや、なんでもない、行こうぜ」


 キランはニカっと笑って、前を歩くお姉さんについていった。



 酒場に着くと、ここまで案内してくれたお姉さんと別れて、僕たちは店内に入り、テーブル席に座った。

 四人掛けの席で、僕の向かい側にキランが座っていて、クルシェは僕の隣に腰かけている。チャーリーはテーブルの傍に停めておいた。


 キランは店員を呼ぶと、エールを三人分とつまみをいくつか適当に頼んだ。

 頼んだつまみやエールがウェイターによってテーブルに届けられると、何かに気づいたように、キランが「あ」と声を出した。


「えーと、クルシェだっけ? エール頼んじゃったけど、君は酒、飲める?」

「あ、はい、大丈夫です」


 とジョッキを両手で持ち上げて、クルシェはぐびぐびっと飲んだ。

 

「お、いい飲みっぷりじゃないか」


 とキランが笑って、自身も片手でジョッキを持ち上げて、豪快に飲んだ。


「どうだ、テル、ちょっとは強くなったか?」


 口の端に泡をつけたまま、キランがからかうように言う。


「あたしがビシバシ鍛えたからだいぶましになったけど、まだまだね」


 とチャーリーが言うと、キランが笑った。


「ははは、そりゃあそんなすぐには強くならないか、クルシェちゃん、知ってるか、俺が最初に会ったときはゴブリンやスライムにもビビってたんだぜ、こいつ」


 親指で僕を指差しながら、キランが言う。


「余計なこと喋るなっ!」

「へー、ご主人様が……」

「ヒュドラを見たときなんか、ビビってしょんべん漏らしてたぜ」

「わー、言うな、そんなこと!」

「ヒュドラ?」

「そういう頭が九個もある、ドラゴンみたいなモンスターがいたのよ」


 とチャーリーが説明すると、ふむふむと小声でつぶやきながらクルシェが何度か頷いた。


「でも、あのご主人様がお漏らしを……ちょっと見てみたかったかも」


 と僕のことをまじまじとクルシェが見てきたので、恥ずかしくなって僕は顔をそらした。


「あの、ご主人様とキランさんはずいぶん仲がよさそうですけど、お二人はどこで出会ったんですか?」

「雪山だ、こいつ、なんでか知らないけど、倒れてたんだ」

「ああ、懐かしいなぁ、テルが助けてくれなかったらやばかった」

「治癒魔法をかけたのはチャーリーだけどな」

「動けない俺を洞窟まで負ぶってくれたのはお前だろ、感謝してる」

「別に大したことしてないだろ、僕じゃなくても、倒れてる人がいたらたいていの人は助けるさ」

「いや、そんなことないだろ、お前みたいなやつが何人もいるわけない」


 とキランがなぜか断定的に言う。


「ご主人様とキランさんは本当に仲がいいんですねー、キランさん、私、もっとご主人様の話を訊きたいです!」

「おーいいぜ、テルの面白い武勇伝をたくさん教えてやるよ」

「やめろー!」


 僕は必死になって止めたが、キランはそれからも、僕の過去の話を事実よりもかなり面白おかしく盛って話した。クルシェはそれを聞いてずっと笑っていた。面白くなかったのは僕だけだった。



* * *



「そろそろ店を出るか」


 キランがテーブルに置かれてある、空のジョッキや皿を見て言う。

 この店に入って、もう2,3,時間くらいはたぶん経っているか?


「そうだな」


 僕も立ち上がると、酒に酔って顔を赤くしたクルシェも席を立った。

 僕たちはカウンターへいき、お会計をしてもらった後、各々が料金を出そうと財布を出していると――


「あっ!」


 とクルシェが言うと、彼女の顔が見る見るうちに青ざめていった。


「どうしたの?」


 と僕が訊くと、彼女は泣きそうになりながら、


「どうしよう、ご主人様、私、財布を落としたみたいです」

「え、そいつはまずいな……とりあえずここはクルシェの分まで僕が払っておくよ、後で一緒に財布を探そう」

「うう、ごめんなさい、ご主人様……」


 クルシェがしょんぼりしていると、話を聞いていたらしい酒場にいた客たちが続々と声を上げる。


「なんだ、嬢ちゃん、財布を落としたのか、しかたねぇな、俺も探してやるよ」

「私も探すよ」

「俺も!」

「私も!」


 とぞろぞろと僕たちの方に客が集まり出した。


「私も探しますよ!」


 とお会計をしていた若い女性の店員までそう言ってくれる。


「え、い、いいですよ、そんな……」

「遠慮すんなって、よーし、皆でこの嬢ちゃんの財布を探すぞ!」


 とある一人の男性客が言うと、僕とクルシェとキランとチャーリー以外の客たちが「おー!」と叫んだ。


 それから、酒場の周辺をみんなで手分けして探すこと一時間。

 見つかったという報告を受けなかったので、いったん、探していた全員が酒場まで戻ることにしたのだが、そのとき、ある一人の女性が一つの財布を掲げながらクルシェの元に走って来た。


「お嬢ちゃん、落とした財布ってこれ?」

「あ、そうですそうです、ありがとうございます!」


 クルシェが届けに来てくれた女性にお礼を言ってから、周りにいる人全員にもぺこぺこと頭を下げる。


「皆さんも探してくれてありがとうございます!」


 客たちがそれを聞いて、安堵した表情になる。


「いいってことよ」

「気をつけろよ!」

「ふぅーよかったよかった」


 客たちがそのようなことを言って、続々と酒場に戻っていく。


「見つかってよかったね、クルシェ」

「はい、お騒がせしました!」


 と涙目になりながら、クルシェは僕に頭を下げてきた。


「まったく、しっかりしなさいよ、クルシェ。今回は見つかったからまだよかったけど」

「うう、ごめんなさい、ママ……」

「そんな厳しいこと言わなくても……」

「テル、あんたはクルシェに甘すぎるのよ」

「そうか?」


 まぁ、チャーリーの言うこともわからなくはないが。


「それにしても、この町はいい人たちばかりですね、赤の他人の私の財布をあんなに一生懸命、皆探してくれるなんて……」


 と感動している様子のクルシェ。

 確かにな。悪人がいない村と呼ばれているらしいが、悪人がいないどころか、優しい人ばかりじゃないか。

 と思っていると、これまでずっと妙に沈黙していたキランが口を開いた。


「……本当にそうなのか?」


 と彼は腕を組んで、思案顔をしている。


「なぁ、この町、おかしくないか? テル」

「なんだよ、キラン、どこがおかしいんだ?」

「まだ確信してるわけではないんだが……違和感があるんだ……」

「違和感?」

「……いや、悪い、まだ俺の中でもはっきりとしていないことだから、確信を持てたら話すよ。今は気にしないでくれ……クルシェちゃんの財布ももどってきたことだし、宿に行こうぜ、だいぶ暗くなってきたしな」


 と言ってキランが歩き出したので、僕たちも後を追った。

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