第2話
*
「あ、起きた」
「うわっ!」
目を覚ますと青年の顔が視界いっぱいに広がっており、思わず驚いて飛び起きた。
身体を起こした拍子に足に痛みが走り、うっと蹲る。
「ねえ、あんたどっからきたの?」
青年はそんな私を変なものでも見るような目で見てきた。まるで宇宙人にでも遭遇したような、好奇心と警戒心に満ちた顔だ。
ここは一体どこなんだろう、教室に入ったはずだったのになんでこんな森の中に? と狼狽えているうちに、青年はなんとも平然とした様子で私のスカートの裾を持ち上げたのだ。
「ひゃっ」
なんてことするの! と裾を押さえると、なんだよ隠すなよと言いたげに眉を顰められた。何だこの不躾な青年はと思い睨んでみたが、そのやたらと整った顔に思わずうっとりとする。
私も大概、不躾だった。
「こんな服初めて見た。なんか複雑な形してんな」
と不思議そうにまじまじと見てくる青年。
銀髪のふわふわした髪、おとぎ話から出てきたかのような整った容姿、腰には拳銃。服装だって私と全然違う。
何が起こっているんだろうか、教室に足を踏み入れた途端、真っ暗闇に吸い込まれるようにして堕ちた。そしてここで目を覚ました。そうだ、私は落ちてきたんだ。
もしかすると、ここは私が知っている場所では無いのかもしれない。
教室でもなければ、日本でもない。けど言葉は通じる。帰らなければという気持ちと、どこへ帰ればいいのか分からない焦りで少し泣きそうになる。
一度も泣いたことがない、干からびていたはずの涙が出そうになった時だった。
「こんなとこでうだうだしてられねぇ。もうそろそろ夜がくるぞ。あんた行くところはある?」
青年が瞳を覗き込んでくる。
「分からない、ここがどこなのかも、全然……」
「ここにいたら、あんた確実に死んじゃうよ」
「え?」
「知らないなら教えてやる。政治腐敗で、この国は混沌としてる。秩序なんかあったもんじゃない。そんなぽかんとしてたら、あんたなんか、ここでさっくり殺されるか、どっかに売り飛ばされてオークションにでも出されちゃうだろうね」
彼は薄く微笑んで、残酷なことを言った。
え、殺される? オークション? 馴染みの無い言葉が頭の中をモヤモヤと浮かぶ。
「じゃあ」と彼はさっさと背中を向けて歩き出してしまって、私は慌てて立ち上がりついて行こうとする。まってよ、行っちゃうの?
しかし、捻った足がとんでもなく痛くて上手く歩けなかった。自分の足とは思えないくらい、思い通りに動かない。
ああ、やばい、泣きそう。
お構い無しに歩いていく青年の背中が小さくなっていき、伸ばした手が空を切る。
痛い、置いていかないでと視線が下を向く。
声を出して助けを求めないといけないのは分かっているけれど、喉に石が詰まってしまったかのように言葉が出なかった。何も言わずして助けてもらおうなんて、卑怯だってこともちゃんと理解している。
でも、上手く出来ない。
地面に涙のあとがポツポツとついた時だった。
「ハチって呼んだらいい」
顔を上げると青年が戻ってきていた。手を差しだされて、私がグズグズしていると腕を引き上げてくれた。
「ハ、ハチ?」
「そうだよ。なに、あんた泣いてんの?」
「あ、足が……」
「ああ、足腫れてんじゃん、そんなに痛かったんなら言えよ。あんた、名前は?」
「……ユウ」
「ユウね、分かった。とろいから担ぐけど、我慢しろよ、あと、帰るとこが無いんだったら」
よいしょ、とハチは言葉を切って、軽々と私を俵担ぎしてくる。
「うわわ、怖いっ怖いっ」
「じっとしてろ、舌噛むぞ」
「どこにいくの?」
「帰るところが無いなら、家に連れ帰ろうかと思って。嫌なら捨てていくけど」
捨てる───ドキリと心臓がえぐれる音がした。
「嫌だ……」
ぴたりとハチの足が止まった。
「捨てないで」
そう言うと、ハチはふっと笑ってまた歩みを進める。
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