第2話




「あ、起きた」


「うわっ!」



目を覚ますと青年の顔が視界いっぱいに広がっており、思わず驚いて飛び起きた。

身体を起こした拍子に足に痛みが走り、うっと蹲る。



「ねえ、あんたどっからきたの?」



青年はそんな私を変なものでも見るような目で見てきた。まるで宇宙人にでも遭遇したような、好奇心と警戒心に満ちた顔だ。


ここは一体どこなんだろう、教室に入ったはずだったのになんでこんな森の中に? と狼狽えているうちに、青年はなんとも平然とした様子で私のスカートの裾を持ち上げたのだ。



「ひゃっ」



なんてことするの! と裾を押さえると、なんだよ隠すなよと言いたげに眉を顰められた。何だこの不躾な青年はと思い睨んでみたが、そのやたらと整った顔に思わずうっとりとする。


私も大概、不躾だった。



「こんな服初めて見た。なんか複雑な形してんな」



と不思議そうにまじまじと見てくる青年。

銀髪のふわふわした髪、おとぎ話から出てきたかのような整った容姿、腰には拳銃。服装だって私と全然違う。



何が起こっているんだろうか、教室に足を踏み入れた途端、真っ暗闇に吸い込まれるようにして堕ちた。そしてここで目を覚ました。そうだ、私は落ちてきたんだ。




もしかすると、ここは私が知っている場所では無いのかもしれない。



教室でもなければ、日本でもない。けど言葉は通じる。帰らなければという気持ちと、どこへ帰ればいいのか分からない焦りで少し泣きそうになる。


一度も泣いたことがない、干からびていたはずの涙が出そうになった時だった。



「こんなとこでうだうだしてられねぇ。もうそろそろ夜がくるぞ。あんた行くところはある?」



青年が瞳を覗き込んでくる。



「分からない、ここがどこなのかも、全然……」


「ここにいたら、あんた確実に死んじゃうよ」


「え?」


「知らないなら教えてやる。政治腐敗で、この国は混沌としてる。秩序なんかあったもんじゃない。そんなぽかんとしてたら、あんたなんか、ここでさっくり殺されるか、どっかに売り飛ばされてオークションにでも出されちゃうだろうね」



彼は薄く微笑んで、残酷なことを言った。

え、殺される? オークション? 馴染みの無い言葉が頭の中をモヤモヤと浮かぶ。



「じゃあ」と彼はさっさと背中を向けて歩き出してしまって、私は慌てて立ち上がりついて行こうとする。まってよ、行っちゃうの?


しかし、捻った足がとんでもなく痛くて上手く歩けなかった。自分の足とは思えないくらい、思い通りに動かない。


ああ、やばい、泣きそう。



お構い無しに歩いていく青年の背中が小さくなっていき、伸ばした手が空を切る。



痛い、置いていかないでと視線が下を向く。



声を出して助けを求めないといけないのは分かっているけれど、喉に石が詰まってしまったかのように言葉が出なかった。何も言わずして助けてもらおうなんて、卑怯だってこともちゃんと理解している。


でも、上手く出来ない。

地面に涙のあとがポツポツとついた時だった。



「ハチって呼んだらいい」



顔を上げると青年が戻ってきていた。手を差しだされて、私がグズグズしていると腕を引き上げてくれた。



「ハ、ハチ?」


「そうだよ。なに、あんた泣いてんの?」


「あ、足が……」


「ああ、足腫れてんじゃん、そんなに痛かったんなら言えよ。あんた、名前は?」


「……ユウ」


「ユウね、分かった。とろいから担ぐけど、我慢しろよ、あと、帰るとこが無いんだったら」



よいしょ、とハチは言葉を切って、軽々と私を俵担ぎしてくる。



「うわわ、怖いっ怖いっ」


「じっとしてろ、舌噛むぞ」


「どこにいくの?」


「帰るところが無いなら、家に連れ帰ろうかと思って。嫌なら捨てていくけど」



捨てる───ドキリと心臓がえぐれる音がした。



「嫌だ……」


ぴたりとハチの足が止まった。


「捨てないで」


そう言うと、ハチはふっと笑ってまた歩みを進める。

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