第3話
「ハチは何をしている人なんですか?」
道中、米俵のように担がれた私は些細な疑問をぶつけた。
「俺?今は誘拐の途中だな」
「え?」
「……なにとぼけた顔してんだよ、今更警戒したって遅いっての。まったく今までどうやって生きてきたんだよ」
「もしハチが悪い人だったら、私の命は今日までですね」
「はあ? なんでそんなに物分りがいいんだよ。大事にしろよ命。俺が言えた口じゃねえけど」
「なんでなんでしょうね。どうにも生きている実感がないんです」
そう言うとハチが歩みを緩め、私を俵担ぎからお姫様のような横抱きに変えた。どうしたのだろうかと首を傾げると、ハチも同じような顔で私を見ていた。
「な、なんですか」
「どんな顔してそんなこと言ってんのか、気になって」
「どんな顔してました?」
「お面みたいな顔だった」
褒められていないのは確かだが、いつになく気の抜けた会話だ。決してお喋りでは無い私が、心の内をつっかえなく話していること自体、珍しい。
ハチはあっさりと鉄壁と思われた私の内側に入ってきていた。
「あ、そうそう。俺は良い奴ではないから、俺から逃げるなら今だぞ」
「うーんでも、逃げても行くところないし……ここがどこなのかすらも分からないし、もちろん帰り方も分からないから、大丈夫です。このまま連れて行って下さい」
「なんか、ユウと喋ってると気が抜けるわ……」
それと同じことを私も思ってましたよ、と心の中だけで応えた。
「……ていうか、なんで空から落ちてきたんだよ」
「私も聞きたいです。ここはどこなんでしょうか、日本じゃない感じがする」
「日本?」ハチはたどたどしく発音する。
「知らないな、どこだそれは。
ここはユージニア。知ってるか?」
「いえ……初めて聞きました」
私はほんとうに御伽の国に来てしまったのかもしれない。いや、それとも現実世界の私は死んでしまったのだろうか、するとここは死後の世界だったりして。
死んでもなお、足をくじいて歩けないなんて
地味な地獄に落とされたものだ。
「疲れたんなら、寝てていいぞ」
「優しいね……」
そうしてハチは私を担いだまま、夜から逃げるように歩いた。少しの間、私は眠ってしまっていたのかもしれない。
ふと顔を上げると、辺りの薄暗さが増しており、前方には街の灯りが見えた。
私は人の気配が感じられた事に心底安心したのだったが、ハチはそうではなかった。
街の灯りがチラついている、とハチは言った。
それは、住民達が明かりとなるものを持って外を彷徨いている証拠で、何やら騒動が起きているということらしい。日本では感じたことの無い緊張感だった。
ハチは左腕で私を担いだまま、右手で腰からナイフを抜いた。筋張った腕につうっと汗が伝う。
「ハチ?」
「……静かに。こっちにも何かいる、人か獣か分からないが、しっかり掴まっておけよ」
そこからのことは、嵐が森をさらうかのように一瞬の出来事だった。
木の陰から、沢山の男たちが出てきたかと思えば、拳銃の発砲音が聞こえ、ハチの右肩を掠める。
絶対、痛いはずなのにハチは私を離すことなく、しっかり掴んだまま、ナイフを木の陰へと投げ反撃した。「うっ」と向こうから唸る声が聞こえ、周りの男たちが喚きだった。色んな方向から拳銃の音がする。
怖くてハチの腕の中で縮こまっていた私に
「ばーか、下手くそが拳銃なんか持つなっての。なあ?」
ハチはギラついた笑顔でそう言って
「ユウ………逃げるぞ!」
ぐわんぐわんと私の脳みそを揺すりながら走った。
「え、ううぁ!揺れ、揺れが!」
「情けないなあ、ちょっとは我慢しろ。あと舌噛むから黙っとけ」
揺れで酔っている私を笑いながら、ハチは森を縫うようにして駆けた。すると後ろから聞こえる拳銃の音がだんだん遠くなって行っているのが分かった。
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