第4話
ぐらんぐらんと揺すぶられて、少し酔ってしまったが、何とかあの男たちは撒けたらしい。
平穏な森に戻って、私はすっかり安堵する。
「なんか、街の明かりが無くなっちゃいましたね」
「まあ、しゃあねえわな。あいつらから上手いこと街の方には逃げれなかったんだ」
「これから、どうするんですか?」
「どうするって……銃で撃たれたかもしれないってのに肝座ってんな。日本ってところはそんなに物騒なとこだったのか?」
「いえ、むしろ逆です。
私のいた所は銃を持っている人はいませんし、殺されるかもしれない、なんて考えながら生きている人が居ないくらい平和な国です。……でも、私はとても生きずらかった。死んでしまいたいと思うくらいに」
「俺もそこじゃ生きられないな。平和な国に俺の居場所なんかない」
「私はどこにもない」
「じゃあ……俺といる?」
「……そう、ですね。その方がずっと良さそう」
「なに、可愛いこと言うね」
ハチがからかったように言うものだから、私は体をよじって「もう歩ける」とぽつりと言う。
甘えたり頼ったりしてこなかった私が、
身体を預けて横暴な男たちから大人しく守ってもらった、そういうあれこれを思い出して今更恥ずかしくなった。
そっとおろしてくれたハチは、当たり前のように私の手を握ってまた歩き出した。これは癖なのだろうか、もしくは妹がいていつの間にか身についてしまった習慣なのか。
私はひとりっ子だったので、こうやって手を引いて歩いてくれる人はいなかった。
だからこれは初めての感覚で、気恥ずかしくて、暖かくて、どこか心地いい。兄がいたらこんな感じなんだろうと想像してみると、案外しっくりきた。
「なんで、手つなぐんですか?」
「あんたが、ふらふらしてるから」
「そんなことないよ。ちゃんと歩けてます」
「そんなことあるよ。足やっぱり痛いんだろ?支えがあった方が歩きやすいかと思って。な? ほら、繋いどこう」
「………うん」
そうして私たちは真っ暗な森の中を蛇行するように進んだ。
どれくらい歩いたのか分からないが、もう足はクタクタで痛みもよく分からない。街に着く頃には明るくなり始めていた。
「なんにもない所だけど、ここが家。外で寝起きするよりはましだろうから、ここで我慢して」
ハチの家には1人用のベッドとテーブルしか置かれていない木造の家だった。一人暮らしにしても物が少なく、これで生活できるのか? と心配になるくらいだ。
普段なら数時間前に会ったばかりの人の家にお世話になるなんて、考えもしないし、絶対にしない、けれどここで生きるためにはこの人に頼らないといけないんだとそう思った。
そろそろと家の中へ入ると、ハチはまず私をベッドの上に座らせた。そして奥から持ってきた木箱を開ける。救急箱だった。
手早く靴と靴下を脱がされ「やっぱり、結構腫れてんな。こんなんでよくここまで歩けた」と呆れのような関心のような微妙な顔をされた。
「これじゃあ、治るまでに結構かかるぞ」
「でも、今はそんなに痛くない」
「阿呆か、無理のしすぎで麻痺してるんだ。これで痛くないなんてことない。あ、足引っ込めるな、ほらちゃんと出して」
「放っておいても治るから、大丈夫」
心配をかけまいと気丈に振る舞うとハチは怒ったような表情を作った。
風邪でも怪我でも今まで自然に治るまで待つだけだったから、今回だってそれで治るはずだとそう思っての事だった。
「薬、塗るから。足だせ」
「いいって」
「何でだよ、塗らないと治るもんも治らない。俺にされるのが嫌なんだったら、自分でしたらいい。だから、ちゃんと薬塗って治せ」
「……でも」
うじうじしていると、ハチの大きな大きなため息が聞こえた。
だって薬なんて飲んだことも塗ったこともなかったんだもん。
それにずっとそれが普通だって思ってたから、戸惑いというかなんというか、この歳になるまで私には心配をしてくれる人がいなかったんだなと、落ち込んでしまう。知らなければ良かったとさえ思った。
そんな私に怒ってしまったのだろうか? と恐る恐る顔を上げると、ハチは眉を下げて私をまっすぐ見ていた。
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