第5話
「ユウ……」
「わかったよ、自分で塗る」
薬をハチの手からするりと受け取ると、少量の薬を指先につけて足へと手を伸ばした。
患部と指先が触れる寸前、ハチが私の腕を掴んだ。
「やっぱ俺がやる」
「え?」
ぽかんとハチの方を見ているうちに、さっき私がすくった薬の何倍もの量を足に塗り付けられていた。そっか、それくらいの量を塗るのかと、またも私はぽかんとする。
ハチの手際は良くて、薬を塗り終わったあとテーピングまでしてくれた。
最後に白く巻かれた私の足を両手のひらで包むように持ち、患部を手ですっとなでた。
そして、祈るように目を瞑った。
「早く治りますように」
自分が女神にでもなったような感覚だった。ハチはそれくらい切実な想いがこもった祈りを捧げ、私の足をそっと床に下ろした。
ハチは「出来た」とどこか可愛らしい笑みを浮かべた。ハチの肩からはさっき銃が掠めたせいで血が滲んでいる。絶対そっちの方が痛いはずなのに、なんで私を優先するんだろう。
「必要なもんがあれば言えよ、我慢とかするな。いいな?」
「ハチも言ってね。私、何でもするから」
こうして私とハチの共同生活が始まった。
といっても私は居候の身で、できることなら自分のことは自分でしたくて、ハチの重荷になりたくなかった。
だからご飯の調達や、洗濯機なんて便利なものはないので、近くの川で衣服を洗ったり、そういう身の回りのことくらいをしようと思っていた。
が、しかし出来なかったのだ。元いた世界とこの世界では勝手が違う。まず治安が違う。
ある日のことだ、朝早くにベッドをそっと抜け出し、昨日脱いだ服とハチの服を籠に入れて家を出ようとすると、すやすやと隣で寝ていたハチが飛び起きてきた。
「ユウ!」
あまりの剣幕に私はビクッと肩を震わせた。振り返ると、半ばベッドから落ちたような格好でハチが手を伸ばしていた。ふわふわした銀色の前髪が目にかかっていて、不意にその奥に見えた瞳が見開かれているのが分かった。
「……どこ行くんだよ」
「え、と、洗濯に行こうかなと思って」
「洗濯……」
視線は私の籠に注がれる。
ああ、と吐息のような弱々しい声でハチは答えた。
「外は、危ないから、一人で出るな。用がある時は、俺と一緒に行こう」
「それだと意味ないよ」
「意味?なんのだ」
「ここに居させてもらうんだから、何かしたい。じゃないと私、ただ邪魔してるだけじゃん」
ハチはベッドから下りると、さっさと上着を羽織って腰に拳銃を差した。ナイフは私を担いで走ったあの日に投げてしまったせいで無くなってしまった。あれは多分ああやって使うものではなかったんだと思う。
「行こう」
私の肩を二三叩いて、ハチは扉を開けてくれる。彼が先に出て、私が後に続く。ここにきてからずっとそうだった。
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