第17話
師匠がどんな人物かと問われると、喜怒哀楽がはっきりしていている、なおかつ大人気ない大人と答えるだろう。
僕にこうやって感情を表すんだよ、と示すように釣りをしては楽しそうに僕に魚を見せ、料理が上手くいかないとちょっと怒っていたりした。
ああでも、泣いているとこだけは見たことがない。師匠は強いから、泣くことなんてないのかもしれないなと思う。
師匠の期待とは裏腹に僕が全然笑わなくても
「ハチはニコリともしないなあ」なんて言って
僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
そんな生活を数年送り、その間、誘拐も3回ほどされたが、それを除けば概ね平穏に暮らし、
新たにシールズという同い年の男の子がやってきた。その子が来た時、思った。俺はこの子と全然違うと。
俺はその子と比べれば、作り物の人間のように思えてならなかった。シールズは良い奴で何となく師匠に似ていた。
おおらかで小さいことはあまり気にしない。師匠はシールズのような普通の弟子の方がいいに決まっていると、心のどこかで感じていた。
それは妬みとはまた違った疎外感のような心細さだったかもしれない。今まで蚊帳の外だった僕が師匠という一人の人間を通して繋がる世界の内側で感じた、初めての孤独。
たった一人でいい、自分だけを見て、頼って、大切にしてくれる存在が欲しい。愛って、一体なんなんだろうと必死に考えていた。
僕にはそれが蜃気楼のように遠くで揺らめく決して掴むことのできない幻想としか思えず、
この人生で享受することなど不可能なのだろうと結論づけるに至った。
そんな折、街へ降りてきていた僕に一人の男が話しかけてきた。
「ハルクなのか」
そいつはかつて僕を売った、父親と呼ばれる人間だった。
「そうか、生きてたんだな、よかった」
そう言ってほっとした表情を浮かべる父親。
「そういえば、お前のおかげで母さんの病気を治すことができたんだ。金があると受けられる治療も違うんだな」
「……そう、よかったね」
「でも惜しいことをしたな、今のお前ならもっと高値で売れたかもしれないからな」
ほんの微かな期待だった、もしかすると心配してくれていたんじゃないかというバカみたいな期待。
阿保か何をいまさら、こいつは僕を売ったんだぞ、この男は僕を売った。心配などしているはずがないじゃないか。
正面に立つ歪な笑みを浮かべた男を前にすると、鳩尾の辺りからドクドクと心音に混じってマグマのようなものが湧き上がってきた。
死んでいた心にその瞬間、怒りよりももっと酷い、殺意が沸いた。
ああ、だめだ、と抑え込もうとすればするほどに体内を激流のように流れる血液に呑まれそうになった。
血管が、限界まで膨張しているのが分かる。
ある考えが頭をよぎる。
それはいけない、そんなことをすれば僕は、僕を虐げてきた人たちと同じ化け物になってしまう。
絶対にだめだ、師匠に教えてもらったことをこんなごみ屑に使ってはいけない。あれは危害を加えてくる奴から自分の身を守るために行使する、いわば護身術だ。
人を傷つけるために行使するものではない。それは重々理解している、なのに、どうして頭から離れないんだろう。
護身術も度が過ぎれば兵器にだってなる。師匠は人間の急所を狙えば、少ない手数で相手を制圧できると言っていた。
僕はすでにそれを使いこなせるようになっているから、こんな男なんて……。
*
気づいた時には血だらけの男が地面に横たわっていた。
自分の荒い息が遠くから聞こえてくるような気がする。護身用に師匠からもらったナイフが血濡れになっていた。信じられない。
さっきまで街中だったはずなのに、僕がこんな裏路地に連れ込んで実の父親を殺したというのだろうか。
ほんとに自分がやった? 嫌というほど虐げられた自分が、まさかこんなことするなんて……。
誰にも言えない秘密ができてしまった。
しかし僕は思いのほか冷静に父親を担ぎ、そばにあったゴミ箱に捨てた。
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孤独が垂直落下した先は異世界 一寿 三彩 @ichijyu
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