第14話
その後、ハチとシールズは師匠にお使いと称した仕事を任せられた。
渋々2人は出て行ったが、その後ろ姿を見てると、なんだか可哀想だなという気持ちと、ちょっと可愛いなという感情が入り交じる。
「ほんとに、良かったよ……」
その時、師匠がぽつりと呟いた。
その声が震えていた気がして思わず振り返ると、師匠が泣いていた。細く引き締まった腕で涙を拭っている。
「ど、どうしました!?」
私はわたわたと駆け寄って背中に手を添える。
2人が外に出て行ったせいか、やけに静まり返っていて寒い気がした。師匠の涙の流れる音まで聞こえてきそうで、怖い。
師匠は「大丈夫、ちょっと安心したら涙が出ただけ」と無理に笑って見せた。
兎にも角にも、とりあえずソファーへと促す。
勇ましく頼りがいのあるように思えた師匠は、今はとても小さく見えた。
「あの子、死のうとしてたのよ」
「…え?」
穏やかな昼下がりに『死』という言葉が奇妙に木霊する。
窓辺に飾られた花が一斉に枯れ、キッチンは何十年も放ったらかしにされたように錆びつき、木製の床は一瞬にして腐っていく。視界がそんな風に色あせた、気がした。
「ハチはずっと、死に場所を探してた。
多分、私があの子を引き取った時からずっと。身よりもなくて、私が引き取った時はとてもじゃないけれど生きているのが不思議なくらいの状態だった」
「……ハチのご両親は」
「両親共に行方不明」
「行方不明……」
「精一杯、愛情を注いできたつもりだけれど、あの子……ハチには全然届かなかった。
かさねて不幸なことに、人目を引く容姿をしているせいで悪い奴らにも目をつけられる。
あの子に教えた生きる術は、相手にいいようにされないようにするための護身術。それが、ダメだったのかもしれないわね」
師匠はそう言ったが、私はそうは思わない。
その教えがなければ、きっと彼は生きていなかっただろう。この世を生き延びるためには、その方法しかなかった。
私のように刃を向けられても、じっと死を待つような人間だったならこの世では生きていけない。ハチがいなければ私だって死んでいた。
「……そんなことないです。私はそれで助けられました」
「でも自分の命を省みないようになってしまったのよ。相手の命も虫けらのように扱うのと同様に、自分の命に対してもそうなってしまった」
命を省みない……。初めて会った時を思い出す。
私を担いで、にこやかに相手にナイフを投げ、銃が肩を掠めても平気な顔をしていたハチ。
オークション会場に助けに来てくれた時だって、私を庇って自分自身が盾になっていた。
ハチは強い。でも、裏返せばいつ死んでもおかしくないくらいの無茶ばかりしてきた結果とも考えられる。
「でも、そうね今日は……」
師匠が涙ぐむ。
「今日は楽しそうだった」
来る時は嫌がっているようだったけれど、それは実家に寄り付かない息子のような感じで、私が自分の実家に持つ嫌悪感とはまた別のものだろうと思う。
ハチは全然自分のことを話さないし、私も話していない。元の世界で虫けらのように扱われてきたことをわざわざ言いたくなかったからだ。
そうしてお互い何も知らないもの同士、それくらいの距離感がとても心地いいものにも思えたが、それがその場しのぎの長続きしないものであるということも少し頭の隅で感じていた。
「今、とてもハチに会いたいです」
思い出したくない過去を無理に聞き出すつもりもない。けれど、ただ一緒にいて、ハチがいどんな気持ちなのか、どう感じていたのか、どうしたいのか、池に浮かぶ睡蓮を愛でるように耳を傾けたい。
そう思うことは、傲慢なのだろうか。
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