第12話
ハチに処世術を教えたという師匠は、なんとなくだけれど、屈強な男の人だと思っていた。
しかし、その可愛らしいお家から出てきたのは、50代くらいの女性だった。背筋がすっと延びてて、程よく筋肉質、なんとも理想的な体型である。
確かに貫禄はあるものの、屈強とは程遠い気がする。
この人がハチの師匠? と、もしかすると顔に出ていたのかもしれない。
「私がこの子の師匠で間違いないよ」
と師匠が笑った。
「よく来たね、ユウだろう? シールズから話は聞いてるよ、さあ中へお入り。もうすぐ昼ごはんが出来るから、食べながら話そう」
「お、お邪魔します!」
緊張のせいか、声が裏返った。
ハチがくすりと後ろで笑ったのが聞こえ、振り返ってみたけれど、知らんぷりをするハチ。
そのやり取りを見ていた師匠は
「あんた、そんな顔も出来るようになったんだね」と驚いていた。
「別に、元からだよ」
「いいや、あんたはいっつも眉間にシワを寄せて、難しい顔してたよ」
つんとそっぽを向いたハチは、さっさと中へ入っていく。そしてそのままキッチンでお昼ご飯の準備をするシールズのもとへ歩いていってしまった。
「ごめんね」
師匠が言った。それは誰に向かって発した言葉なのか最初は分からなかったけれど、ふと隣を見ると師匠が私に言っていたのだと気づいた。
「……え?」
聞き返すと、師匠はハチの方をちらりと伺って、それから私に向き直った。
「あなたをここへ連れてきたのは、私なんだよ」
師匠はこっそりと秘密を打ち明けた。
私は何度も口の中で、あなたを、ここへ、連れてきたのは、私、と繰り返してみたが全く意味がわからなかった。
「えっと……。ど、どういうことですか」
「そのまんまの意味さ。全く別世界に存在していたユウを、私がちょっと言えない手を使ってハチの元へ寄越した。
あなただって、元の世界での生活があったっていうのは分かってる。
だけれど、やっぱりハチにはあなたが必要だったのね。私はあなたに申し訳ないとは思っているけれど、後悔はしていないの。ごめんね」
これがびっくりしたことに、清々しいくらいにあっさりと師匠は言うので、へえ、なるほどそうだったんですねと、腑に落ちしまった。
「私って元の世界に戻れるんですか」
「やっぱり戻りたいかい?」
そう聞かれて、すぐに頷くことは出来なかった。なぜなら、私はもう少しでもいいここにいたい、戻りたくないと心の中で強く思っているから。
「戻りたかったら、その時はいつでも私に言ってくれて構わない。私が責任をもってちゃんと元の世界へ送り届けよう。でも、もしあなたがまだハチの傍にいてもいいと思うなら、あの子のこと頼んでもいいかな」
「……でも、私なんにもハチの力になれてなくて」
「なってるよ、ちゃんと力になってる。今、あの子の原動力はあなたに違いないからね」
にかっと師匠は爽やかに笑って、ハチとシールズを見た。
「ユウに免じて、大暴れしたことは不問にしてやろうとも思ってる」
やっぱり、あの時のことは師匠の耳にも入っていたらしい。あれは私を助けに来てくれたのだと説明しようとも思ったが、
師匠が先に「あの子が人のために動けるようになったのなら、それは成長だから」と懐かしむように目を瞑ったので説明の必要はないと思った。
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