枯葉のように愚者は過ぎ去る

 いつかフランスの美しい風景写真と共にエッセイ本が出ないかなと切望している柊圭介さんの作品。
 熱狂的なファンに囲まれ、レビュー数もご覧のとおり半端ない。
 今更コメントレビューなど末席を汚すようで恐縮であるが、書いてみる。

 このオムニバスは、過去の記憶をもつオブジェが思考を有して愚かしい人間を眺めているという趣向になっている。

 第四話では占領下のフランスに触れる。
 映画『黄色い星の子供たち』や『サラの鍵』で描かれた、ヴェル・ディヴ事件だ。
 第二次世界大戦中フランスはドイツに占領されたが、その際フランス在住のユダヤ人たちがフランス政府の協力を得て一斉に検挙され、強制収容所に移送された。

「彼らが何をしたというのよ」

 近所の人が怒りの声を上げる中、代を重ねて見た目も考え方も宗教的信条すらすでに巴里っ子となっている人々が他の占領国と同様に大人子どもの区別なく連行されていったフランスの黒歴史。
 いかにも巴里の子という感じの、しゃれた服を着た幼い子どもたちも小突かれながら親と引き離され、養豚場のような収容先から順番がくればトラックや列車に乗せられてガス室に運ばれた。
 戦後まで生き残ったのは僅か百人ほどの大人だけだったそうだ。

 ナチス旋風が吹き荒れた国々では、今でも、この時の傷痕と無縁ではいられない。
 戦争は人間の醜面を噴出させる。ユダヤ人が追い出された後、かねてからその家を羨ましく眺めていたご近所さんたちが上がり込み、手あたり次第に物品を盗み、家を乗っ取り、食卓でまだ湯気を立てている食事を平然と食べる。地面師さながらの、そんなことが本当に行われていたのだ。
 ナチスのプロパガンダに乗せられた彼らは悪びれもなくこう云った。
 ユダヤ人はずるい手段で我々から金を奪い取っていい暮らしをしていたのだから、これは当然の権利だ。

 庇うわけではないが、ユダヤ民族に対する根強い偏見はあっても、ほとんどの人はまさかあれほどの虐殺が行われているとは知らなかった。
 彼らはどこか一ヶ所に集めて収容されて、島かどこかに送られて、そこでこれからは暮らすんだろう、くらいの認識だった。
 だから空き家になる家や、使う人がいなくなった物を、わたしたちがもらって何が悪いの?

 うさぎやクマのぬいぐるみ、ビスクドールは、幼い子どもが必ず持っているもので、ユダヤ人迫害における哀しいアイコンとしてよく使われる。
 ユダヤ人の少女が連行される前に親友に人形を預け、その友人は老女になってもその人形と共に親友の帰りを待っているという筋立ての短篇を読んだことがあるが、あの人形は老女の死後、どうなってしまったのだろう。

 鍵十字のもとに消えて行った人々。
 怪我をした人形はその全てを見ていた。
 どこかに行ってしまった、わたしの友だち。
 そんなことがあったことなど知らぬげに、うららかな陽がブロカントに差している。
 たくさんの花が街にあふれて、歌声が……。


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