大隅氏の警察小説ではすっかりお馴染みのヒロイン、刑事・高橋佐智子。
ざっくりした性格でまっぱになっても色気なし、そんな男っ気のなさそうな(でも可愛い)佐智子さんの気になる「元カレ」が絡む事件から物語は始まります。
元カレの名は、ミドリ。
男なのにミドリ。ついでにミドリの彼女の名もみどり。
ひねったこの命名が何の抵抗も混乱もなく作品世界に溶け込んでいくのは、ひとえに氏の文章力のお蔭です。
たとえ君が微笑んだとしても。
タイトルがいいですね。これだけでラストまで読者を牽引できそうなくらい、良い。
題名だけみれば美女に憧れる男性が想い描く恋愛小説のようですが、中身は怒号とびかう警察小説です。
大隅氏の文章の特徴は、常に一定の調子を保っているということです。状況描写も、笑ってしまうようなボケた対話も、戦闘場面も、涼しい顔して「脈拍に変化なし」なのです。
誰が死のうが号泣しようが、そこにはこちらの涙をそそるような湿っぽさがありません。
表面は柔和でも、本質は強い芯をもって頑としてそこにある。
綿でも麻でもなく、乾いた黒い革のようなのです。
飯テロ小説の異名を自称されているとおりに随所に差し挟まるご飯の時間ですら、大隅氏の文体は端正さを崩しません。それでいて佐智子さんの飲みっぷり、食べっぷりに釣られて、こちらも冷蔵庫からビールを取り出してしまいます。
泥酔し、千鳥足で夜道を歩く佐智子さん。「おいおい大丈夫か」と云いたくなるのですが、声をかけられない。
糖度が低く、湿度が低く、被疑者に襲いかかって容赦なく締め技をかける。それでいてどこか可愛い独身女刑事の物語。
わたしの脳内では故・竹内結子さんで再生されております。
新宿中央署刑事課シリーズとして短篇が沢山ありますが、こちらの長編、予備知識なしでもすぐに没入できます。
大人の読書として、珈琲を片手に味わっていただきたいです。