2章 チーム結成

第14話 車椅子の美人

 翌日の学校で、優里は少し疲れた表情で教室に入る。


 昨日の戦闘の興奮がまだ体に残っているのか、目が冴えたままだった。席についてほっと一息つこうとしたとき、息吹が隣に座って、にやりと笑いかけた。


「優里ちゃん、昨日はいい勝負だったね。改めてチームに入ってほしいんだけど、どうかな?」


 優里が「うーん」と考え込むと、今度は葵が恥ずかしそうに近づいてきた。


「私も、入ってみたいと思って…」と少し顔を赤らめながら言う。


「ヴァルフロ、めっちゃ面白くて、昨日息吹くんに教えてもらったから、もうちょっとやってみたいなって…」


 意外なところで葵までハマってしまったことに、優里はさらに驚き、少し迷うように視線を落とす。「でも…昨日、結構ボロボロだったし…負けたばっかりだし、私がチームに入っても…」


 息吹は優里の肩を軽く叩いて「君がいればきっと面白いチームになるよ。優里ちゃんの力が必要だって、僕は思ってる」


 優里は、昨日の戦いを何度も思い返し、自分の弱点について考えていた。しかし自分が納得できる答えを見つけない限り、チームの大会に参加するのは難しいと思い、息吹と葵の誘いにためらいを見せた。


「ごめん、もう少しだけ考える時間がほしい」


 優里はそう言って席を立ち、廊下へと向かった。


「ゆ、優里!」


 驚いた葵が慌てて後を追いかける。


「あらら…少し強引すぎたかな」と、息吹は机に肘をつきながら苦笑いを浮かべていた。


 廊下の窓辺で黄昏れていた優里に、追いかけてきた葵が声をかける。


「優里はどうしてチームに入りたくないの?息吹くんが嫌いとか?」


 その言葉に、優里は一瞬口ごもったが、葵の心配そうな表情に耐え切れず、静かに話し始めた。


「別に嫌いとかじゃない。確かに変なやつだけど、ヴァルフロでの腕はすごいと思ってる。でも、アイツとチームを組むっていうのは…なんていうか」


「ライバルでいたいってこと?」


 葵が察したように問いかける。


「そう。一度でもアイツに勝てないと、自分に納得がいかないの。…本気のアイツに勝たないと意味がないから」


 優里は視線を落とし、少し苦笑しながら続けた。


「それにしても、葵がヴァルフロを好きになってくれて良かった。なんか、葵はこういうゲームに興味なさそうだったし」


「確かに、倒すゲームは正直好きじゃない。でも、友達が好きなゲームなら嫌いにはなれないよ」と、葵は微笑んで答えた。


「葵…」


 優里はその言葉に感動し、思わず葵に抱きついた。


「よしよし、しばらくはチームの話は待とうか」


 その後、息吹は「じゃあ、時間があるし、気が向いたら考えてみて」と、優里にヴァルフロの大会チラシを差し出す。


「…考えとく」と、優里はチラシを見ずにスカートのポケットに入れた。


 授業が終わるまで、息吹はヴァルフロの話をすることなく、終始おとなしくしていた。


 そんな帰りのホームルームで、先生が「今日は清掃の日だから、それぞれ担当をやって終わったら帰っていいぞ」と告げる。

 優里はゴミ捨て担当になっていた。


「日下部、ゴミ捨てよろしくな。持てるか?」と先生に聞かれ、「大丈夫です」と答える。ゴミ捨ては裏門近くのごみ集積所に教室のゴミ袋を運ぶ仕事だ。息吹の方を見ると、器用に左手でモップをかけており、その掃除スピードにクラスメイトたちが驚いている。


「はは、バイトの賜物よ」と軽く答える息吹に、優里は「掃除まで楽しそうね…」とつぶやきながら、自分の鞄も持ち、集積所に向かった。


「はあ、これで帰れるし…できればアイツと葵に会いたくないんだけど」


 そう考えながらゴミ袋を集積所に投げ入れたとき、「ううっ…いてて…」という小さな声が聞こえた。「ん?」と声のする方を見ると、裏門のそばで車椅子が横倒しになり、黒髪の女性が倒れているのが目に入る。


 驚いた優里は急いで駆け寄り、女性を助け起こした。


「大丈夫ですか?」と慌てて声をかけると、女性は柔らかく微笑んで「助かったわ、ありがとう」と答えた。その澄んだ瞳と凛とした美しさに、優里は思わず見惚れてしまうが、どことなく息吹に似た雰囲気を感じた。


「えっと…立てますか?」と聞くと、女性は「ええ、大丈夫よ」と返し、車椅子に座り直した。そのとき、優里のポケットから息吹からもらったヴァルフロの大会チラシがひらりと落ちる。


「これ、あなたの?」女性がチラシを拾い、優里に差し出す。


「あなた、ヴァルフロが好きなの?」


 突然の問いに優里は驚き、美しい女性がゲームに関心を持っていることに戸惑ったが「す、好きです!」と少し緊張しながら答えた。


 その答えに、女性はくすりと笑って「なんだか告白みたいね」と楽しそうに言い、優里を見つめた。「ねえ、このあと時間ある?お礼がしたいの」


 優里は驚きながらも、「えっ、でも大したことじゃ…」と遠慮しようとした。


 すると、女性が「あら、私ったら名前を名乗らずに。私は舞香マイカっていうの。よろしくね」と自己紹介をした。


「ゆ、優里って言います」と、優里も少し緊張しながら自己紹介した。


 舞香は優里の名を確認し、少し興味深そうに問いかける。


「優里ちゃんね。ところで、あなたは『ガルム』っていうチームを知ってるかしら?」


「もちろんです!ガルムには憧れてます!」と、即答する優里に舞香は満足そうに微笑む。


「まあ、それは嬉しいわ。実はガルムには専用の部屋があるの。良かったら、見学してみない?」


「えっ!?お姉さんは一体何者なんですか?」と、優里は驚きと警戒を込めて尋ねた。


 舞香はまたくすりと笑い、「あら、少し話が先走っちゃったわね。私はこういうものよ」と名刺を差し出す。


 そこには「ヴァルハラインダストリーズ公式プロゲーミングチーム GALMリーダー Hel」と書かれている。


「へ、ヘルさん!?」


 驚きに目を丸くする優里に、舞香は微笑んで言った。


「これで私の素性はわかったかしら?どう、見学に行ってみない?」


 優里は迷わず「行きます!」と元気よく応えた。


「よかったわ。今、車を呼ぶから」と舞香が携帯電話を取り出しどこかに電話をする。

 すると、しばらくして黒塗りのリムジンが優里たちの前に止まった。


 スーツ姿の外国人男性がリムジンの運転席から降り、舞香を車椅子から抱き上げて車に乗せ、車椅子を畳んでトランクに収納した。リムジンの窓は黒塗りで、外の景色が見えない仕様になっている。少し緊張しながらも、優里はリムジンに乗り込んだ。


「ごめんなさい、場所が秘密だから外は見せられないの」と舞香が説明し、「何か飲む?」と冷蔵庫からドクターペッパーを取り出した。


「ドクペ?」と驚く優里に、舞香は微笑んで言った。「好きなの?奇遇ね、私も大好きなの」


 思いがけず息吹との共通点を感じた優里は、心の中で笑みがこぼれた。


 一方――。


「た、大変だ!?」


 帰りを優里を誘おうと裏門まで来ていた葵が見たのは優里と舞香がリムジンに乗り込む様子だった。


 教室に即座に戻った葵は息吹に状況を伝える。


「息吹くん、大変!優里が…車椅子の美人に連れて行かれたの!」


 葵の様子に息吹は最初「知り合いだろ?」と冷静に言うものの、内心では不安が広がり、僅かに眉をひそめた。


(…もしかして、と接触したのか?)


 そう思いながら、息吹は平静を装い「とりあえず様子を見ようか。優里ちゃんが戻ってこなかったら僕も探しに行くよ」と葵をなだめたが、心の中ではあ・い・つ・の意図が気にかかって仕方がなかった。

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