第5話 エンカウント

 優里はリスポーン画面から戻ってくると、自分の手元が微かに震えているのに気づいた。隻牙との戦いで、初めて自分の限界を見せつけられた気がして、悔しさが込み上げる。


「次こそ…次こそは絶対に勝ってやる…!」


 彼女は画面を睨みつけ、深く心に誓った。そして、どうすれば隻牙を倒せるか、その方法を模索し始める。彼の武器の弱点は何か。あの異様な速度での接近をどうすれば止められるか。頭の中で無数の戦術が浮かんでは消えていき、気がつけば、すっかり思考がパンクしていた。


「はぁ…ちょっと休憩が必要かも…」


 そう言って、優里はエナジードリンクに手を伸ばす。だが、手元にあったはずのストックが切れていることに気づき、深いため息をついた。


「今から買いに行くか…補導されるギリギリの時間だけど、フード被れば大丈夫だろ」


 夜の静けさに包まれた街に出ると、近所のコンビニまでの道のりが妙に長く感じた。店に到着してほっとしたのも束の間、店の入り口で陽キャの酔っ払った若者たちに目をつけられてしまう。


「ちょっと、どこ行くの~?夜遅くに女の子がこんなとこ来ちゃダメでしょ?」


 苦手なタイプの男たちに囲まれ、優里は引きつった笑みを浮かべるしかなかった。「最悪…どうしよう」と心の中で焦りながら思う。しかしその時、後ろから別の男性が静かに歩み寄ってきた。


「おい、君たち、そこまでにしときなよ」


 その声に驚いた彼らが振り向くと、そこには少し微笑みながら右手を袖で隠している少年の姿があった。酔っ払いは顔を引きつらせ、口々に「なんだお前!」と叫びながら右腕を掴もうとした。しかし、掴んだ先には何もなく、彼らは驚愕の表情を浮かべた。


「えっ…?!」


 優里も思わず声を漏らし、少年の右腕が無いことに驚きで息を呑んだ。彼はそれを見て半笑いを浮かべ、「失礼な奴だなぁ」と呟くと、陽キャたちは怯えたように顔を引きつらせながら逃げていった。


 優里はぽかんとその少年を見つめていたが、少年の方が気さくに話しかけてきた。


「遅い時間にこんなとこ来るなんて、君も大胆だね。何か買いに来たの?」


「え、エナジードリンクを…」


 彼は少し考えるように頷き、微笑んだ。「エナジードリンク?若いもんが飲むもんじゃないぞ。ドクターペッパーにしときな、ドクターペッパーを。」


 その言葉に優里が反論しようとするが、彼はおどけたように右袖を持ち上げ、「あー、さっきのでちょっと腕が痛んじゃったみたいだ」とブラックジョークをかます。優里は思わず「なんだこいつ…」と呟く。


「それじゃ、ついでに俺の買い物も手伝ってくれる?君もどうせ買い物に来たんでしょ?」


 優里が「嫌だ」と返そうとすると、彼はすでにカゴを持ち、店内に足を踏み入れていた。


 店内で彼がカゴに詰め込み始めたのは、お菓子やジュース、しかもやたらと甘いものばかり。優里は彼のカゴを見て思わず眉をひそめる。


「…そんなに甘いのばっかり買うの?」


 彼は笑いながら答えた。「育ち盛りだからね!それに、脳を使うとどうしても甘いものが欲しくなるんだ。けど、僕のはちょっと特殊だけどね」


 その意味深な言葉に、優里は少し驚いたが、彼がどういう意味で言っているのかはまだわからなかった。


 買い物が終わると、彼は優里を家まで送ると言い張り、歩き始めた。道すがら、彼が何者かも聞けないまま、ようやく彼女の家の近くにたどり着く。


 「じゃあ、これ」と、彼は空中でドクターペッパーの缶を投げた。優里がそれをキャッチすると、彼は後ろを向いて手を振りながら去り際に言った。


「若いもんが夜遅くに飲むなら、やっぱこれが一番だ。じゃあね」


「若いって…あんたもでしょ」


 優里が小さく笑いながらドクターペッパーの蓋を開けると、勢いよく炭酸が噴き出し、彼女の服を濡らしてしまった。


「…そりゃ炭酸投げたら、そうなるでしょ!」


 顔を赤くして慌てながらも、彼女は去っていく彼の後ろ姿を睨みつけた。


「次あったら…絶対に許さないから!」

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