第6話 学校生活の中で

 星海学園の校舎は、朝日を浴びて輝き、賑やかなキャンパスの風景が広がっていた。しかし、その活気とは裏腹に、2年生のある教室の一角には、暗いオーラをまとって机にうなだれている優里の姿があった。


「今日も市松ちゃん、不機嫌そうよ」


 とクラスメートたちがヒソヒソと彼女の機嫌について話す。

 市松人形のように扱われ、彼女の微笑みは「ニヘ」としか表現できず、周囲からは不気味がられていた。気づけば、彼女に与えられたあだ名は、まるで呪われた市松人形のような「市松ちゃん」だった。


「結局、あのあとドクペでべとべとになったところを親に見つかって、夜間外出したの怒られて。昨日は散々な目にあった…」と、思い返す。


 頭を抱えたまま、優里の心の中には失望感と疲れが渦巻いていた。


「ていうか、あの隻牙ってやろう、あの後ずっとゲームしてても出てこないし!勝ち逃げ!?」と、イライラを隠せずにドスンと机を叩くと、周囲は一瞬たじろいだ。


 その姿を見たポニーテールの少女が、友達と楽しそうに話している最中に優里の様子に気づく。「ちょっと、ごめん。またあとでね」と友達との会話を中断し、心配そうに優里の元へ駆け寄った。


 「なになにー? 優里どうしたの?」


 彼女は優里を心配そうに見つめる。その明るい笑顔とは対照的に、優里はどんよりとした表情で、声の主を確認する。


「葵かぁー」と呟く。


 優里の心の中には、彼女がこのクラスの人気女子である新笠葵にいがさ あおいだとわかり、あまりにも自分とは正反対な存在がどうして構ってくれるのか不思議だった。


 新笠家は名門で裕福だ。勉強もスポーツもでき、容姿も整っている彼女の存在が、優里にとっては重く感じることもある。そんな彼女にFPSで負けたという悩みなど相談するなんて、優里には到底無理なことだった。


 「まあ、いろいろ…」と答えかけた優里だったが、「あー、絶対なんかあってでしょ!いいから、お姉ちゃんに相談してみなしゃいよ」と葵は明るい声で言った。まるで自分の姉のように優里を妹扱いしてくる葵に、少しムッと苛立ちを覚える。


 そういえばと昨日の出来事を思い出し、陽キャに絡まれ、右腕がなかった少年に助けられた事が脳裏に浮かぶ。そして、そのあと――。


 彼女の口からは思わず「ドクペをかけられたな…」とつぶやく。


 その言葉を聞いた葵は驚愕の声をあげた。「えっ!?なにその変態野郎!うちの子になにすんの!?どこのどいつだ!」彼女の過剰反応に、優里は慌てながら「違うの、ただの…」と説明しようとするが、葵はすでにその話題で盛り上がっていた。


 葵をあわあわと静止しようとする優里だったが、その時、教室の戸がガラッと開く音が響く。教室全体がその音の方向へ振り向く中、優里だけは驚愕の表情を浮かべていた。


「なっ、あいつは…!?」なんと、昨日の少年が笑顔で立っている。


 「あ、あんたは昨日の」と優里が言うと、葵がそれを聞いて少年を睨む。「お前か!お前がうちの優里を傷物に!?」


 「されてないよ! されてないよ!葵!?」


 必死に弁明しようとしても間に合わず、葵は少年に向かってつかみかかろうとする。

「えっ!? いきなり何!?」


 少年は驚いて身を引くが、その瞬間、彼の右袖を掴んだ葵は驚いた。


「あ、あれ?」


 クラスのみんなも「えっ、もしかして」とザワつき始めた。


「あちゃー、バレるの早いって。まあ隠してないけどさ」と少年は照れくさそうに笑った。


 その時、担任の眼鏡をかけた女性教師が現れ、「息吹くん!教室の前に職員室寄るって言ったでしょ!?」と怒ってやってくる。


「だって早くみんなに会いたくてしょうがなかったですもん!」


 息吹は明るく反論する。


「ええい、君は友達いっぱいほしい小学生か!? 順序ってもんがあるんでしょ。今日は突然ですが転校生を発表するといって、ちょっと先生として言ってみたいセリフだったのに!」と教師は不満を漏らした。


「言いたいか、それ?」


 クラスのみんなはその教師に疑問を持ち、しばしの静寂が訪れる。


「まあいいや、ちょうどいいからホームルーム始めます。みんな席について! ほら、息吹君も前に出て黒板に自分の名前を書いて」


 教師がみんなを席につかせ、息吹は黒板に大きく自分の名前を書き始めた。


「どうも山の神と書いて、ブレスの息吹と書いて、山神 息吹でっす!みんな気軽にゴッドブレスと呼んでくれたまえ!」と自己紹介すると、クラスメートはその明るさに「うぜえ…」と呟く声がちらほら聞こえる。


 優里はその姿に頭を抱え、「こんな変な奴と知り合いだと思われたら、ますますクラスに居づらくなる」と思い、彼との関わりを避けたい気持ちが募る。


「はい、質問ある方ー?」と息吹が元気に言うと、「ちょ、息吹くん。それも先生が言いたかったことだから」と教師がツッコミを入れる。またしても、息吹は教師の言いたいであろうセリフを奪っていく。




 が、息吹のヒラヒラしている右袖を見て「果たして、あれに突っ込んでいいんだろうか」とクラス全員は良心が咎めてしまう。




 「なんだ、みんな無いの? 例えばこの右腕どうしてないんですかとか」


 息吹はあえて聞きにくいことをずばずばと本人から答えていった。




「なに、ちょっと昔に交通事故でね。でも、1本足りないだけで耳も目もあるし、足だって…両足があるから走れるからね。君たちとはあんまり違いはないから、どうか気にせず仲良くしてほしい」


 息吹はにこやかな笑顔でお辞儀をする。




 クラス一同はお互いの顔を見渡し、息吹の姿勢に少し感動を覚え、拍手を送ろうとするところだった――。




「あっ、やっぱりご飯食べるときに不便だから、かわいい女子に「あーん」してもらえると嬉しいです」と言った瞬間、みんなの拍手の動きは止まった。




「少しでも感動した時間を損したわ…」と誰かが呟く。




「あいつ中身おっさんじゃないよね?」と、ヒソヒソと彼の評価が地に落ちていくのが分かる。ますます優里は頭を抱えて、そんな奴に関わりたくないとバレないことを祈るのみだった。




「はい、それじゃぁ息吹くんは―「はいはい、先生先生!」先生今、しゃべってるだろうが、何?」


 息吹が元気に割り込み「席なら、あの子の隣が良いです!」と、自ら指名して優里を指さした。




「なんでまた日下部さんに?」


 先生も不思議がっていると、息吹は「実はですね――」と耳打ちをして教師に何かを伝え、納得した顔をする。




「ああ、先生そういうの嫌いじゃないわ!」


 教師が言うと、またクラス一同はざわつく。


「あいつ、何言ったんだ…?」




 優里もそれを見て、冷や汗をかきながら教師を見るとウィンクをしながらイイネと親指を挙げた。


 全員が「えっ、なんで市松人形ちゃんと、この変な男が」と一斉に優里を見つめ、彼女は心の中で叫ぶ。


 「やめろぉおおおお!」だが、そんなことはただ何も言えずにいた優里であった。


 葵が優里に「大丈夫?あの変な男と仲良くなれると思う?」と冗談混じりに聞くが、優里は黙っていた。


 内心では「絶対に仲良くなるつもりはない」と強く思い、息吹が自分の隣に座ることになった教室での居心地の悪さを感じていた。

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