第8話 あるてみす
放課後、優里と葵は息吹に案内されて、彼の叔父が店長を務めるネットカフェへ向かった。
彼がヴァルフロの大会に出ないかと誘った時、葵はその話を聞いて、優里についていくことを決めていた。
「でも、本当に良かったの、葵。ついてきて。そのゲームとかあんまり得意じゃなさそうだし」と、優里は心配になって尋ねる。
「大事な優里があんな剣幕で男につかみかかってたら、誰だって心配するでしょ」と、葵は自信満々に言った。
「あ、ありがとう。実は一人だと不安だったのも正直なんだ」
優里は葵に感謝する。葵はその感謝の言葉に「かわいい」とご満悦な表情を見せた。息吹もそれを見て和んだ顔をしている。
と、同時に葵は「変なところ案内したら承知しねえからな?」という顔つきで息吹を睨みつけて、「あっ、やべえ」と息吹は顔を隠すように前を向いた。
一同は駅前につくと、息吹は「あのビル」と指を指す。
「えっ、本当にあれ?」
優里と葵は沈黙した。そこは古い雑居ビルで、「あるてみす」と書かれた看板が掲げられていた。
「本当に大丈夫かな…」と、優里は不安そうな表情を浮かべる。
「てめえ、優里にどこ案内しようとしてるんじゃい!」と、葵は息吹の胸元をつかみかかる。
「だってしょうがないじゃないか!店長の趣味だからなぁ、これ!大丈夫、中は普通だから!店長以外は!」と、息吹は弁明した。
「えっ、店長はやばいの?」と優里はその言葉を聞いて微妙な気持ちになりながらも、息吹の後をついていくことにした。
「大丈夫、優里。私これでも何かあったら古武術を習ってるから、あんな男を投げ飛ばせるわ」と、葵は胸を叩いて強気の姿勢を見せる。
「聞こえてますよー、新笠さんー」
息吹が静かに二人に向かって言った。
「葵でいいわ、山神くん。あんまり新笠呼びは好きじゃないのよ」
葵はにっこり笑って返す。
「それなら俺も山神じゃなくて、息吹でいいよ。山神呼びはなんか店長が好きじゃなくて怒るからさ」と、息吹も下の名前で言うように頼んだ。
その行動に優里は驚く。
「えっ、そんな早くに下の名前を簡単に呼ばせるの!?」と、優里は思わず心で叫んだ。
「これが陽キャか」と驚いたが、「ああ、じゃあ日下部さんも優里ちゃんでいい?」と息吹はついでに優里にも下の名前で呼ぶことに許可を求める。すかさず葵は「ダメ。許さん」と答えたので、優里は「べ、別にいいよ。葵」と釈明した。
そのやり取りの後、「ではでは、2名様をご案内ー」と言って、息吹が「あるてみす」の扉を開いた。優里たちは意を決して中に入った。
店内に入ると、拍子抜けするほど普通のネットカフェだった。
多くのパソコンが並び、ゲームに熱中している人たちの姿が見える。どうやら個室などはなく、オープンスペースだけのネットカフェのようだ。
ゲームの種類も豊富で、オンラインRPGに戦略系ゲーム、格闘ゲームやレースゲームまで色々なものが遊べる。その中にはもちろん、優里が好きな「ヴァルキリーフロント」もあり、ポスターが大々的に掲示されている。
「ネットカフェっていうから、普通の個室のものを想定してたけど、ゲーム専門なの?」と葵が息吹に聞くと、息吹はうなづく。
「ネカフェって言っても、ネットゲーマーたちのレンタルスペースっていう方が正しいかな。ゲームのオフ会とかゲーム友達作りたいとか、そういった目的だしね。個室ないから女子ゲーマーも安心だろっていう店長の発想だよ」
優里はその気遣いに感心した。
確かにゲーマー女子は出会い目的で手あたり次第ナンパされることをよく聞いたことがある。
優里には覚えはそういった被害は無かったが、そういうのが嫌でボイチャするのもためらっていた理由の一つだ。
「店長さんは、ずいぶん女子の気持ちがわかるんだね。でも入口の趣味はちょっと…」と葵がまたもや息吹に疑問を投げかけると、「ああ。それは…」と息吹が言いかけた時、巨大な山のような物体が二人の間に入り込んできた。
「それはね、お嬢ちゃん!あんな怪しげな見た目の場所に女子一人で入ろうと思わないじゃない!?いくら安全だからといって、か弱い女子が気軽に入ったら、ゲーマー男子は飢えた狼さんだから食べられちゃうわよ!まあ、そんなことあったら私が、許せんへんけどな」
初めは高音のオカマ口調だったが、最後にはドスを利かせた声になる。
巨大な物体は筋肉モリモリのマッチョマンで、「あるてみす」と書かれたエプロンをつけているが、 どう見ても裸エプロンだ。
「へ、変態だー!」優里は内心で叫ぶと、「あら、いやだ!かわいい女の子たち!?まさか、あんたもう彼女二人も作ったの!?罪な男よ!」と、マッチョマンの男性は息吹を脇で締め上げた。
「ちがうちがう、お客さんっていうか、ヴァルフロの企画に協力してくれる友達だよ!」と、締め上げられた腕をたたく息吹。
「ええっ、まさか思いつきで言った友達作戦が功をなしたの?あんたすごいわね」と、マッチョマンは息吹を驚きの目で見た。
「やっぱり」と息吹はショックを受ける。
「申し遅れたわ。私はここの店長を務めるルナっていうのよ。気軽にルナちゃんって呼んでね」と、モリモリマッチョマンのルナは優里と葵に無理やり握手をする。
「葵って言います。今日はこの子の付き添いできました」
「ゆ、優里です」
つられて二人も自己紹介をした。
「で、俺の叔父なわけ、
「だからって甥の頭を殴るな! だいたいその裸エプロンはお客さんビビるからやめろって!」と息吹はついでにルナの文句を言おうとする。
「あらいやだ。おこちゃまにはこの肉体美の良さはわからないのよ。お姉さま方には大人気って…」
優里と葵をそっちのけ息吹とルナは口論を始めた。
「あのー?」と、葵は二人の状況におそるおそる手をあげ、その喧嘩を止める。
「ここまで来てなんだけど、ヴァルフロって何?」
「「えっ…!?」」
その言葉に、ゲームに熱中していたほかのお客を含めて、一同は静寂になった。
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