第10話 リベンジ

「隻牙・・・まさか、あんた昨日のナイファー!」


 優里は息を飲んで言い放つ。


「というと、フレイヤって昨日のグレネード使いか。それはそれは、世間は狭いな」


 息吹は少し皮肉っぽく笑いながら返す。


 優里の中で再び復讐心が燃え上がる。昨日の敗北が、彼女の中で新たな闘志をかき立てたのだ。


「ちょうど良かったわ。リベンジの機会がこんなに早く来るなんて。次は最初から本気で行くわよ」



「へえぇ、それは楽しみ」


 息吹は余裕の笑みを浮かべる。


 寝る間を惜しんで隻牙との戦闘のシミュレーションを重ねてきた優里は、隻牙が射撃から逃れる際、大きく横移動して避ける癖があることに気づいていた。そこで彼女は、横移動がしづらい狭いエリアを選ぶ作戦を立てる。


「戦場の選択権もらうわよ」


 優里は即座に宣言した。


「もちろん、お好きにどうぞ」


 息吹は余裕たっぷりに答える。


 優里が選んだのは「市街地エリア」。狭い路地や建物が入り組んでいるため、横移動しづらく、息吹の動きを制限できる。さらに、1on1のバトルモードで、リスポーンなしのライフ1回勝負と設定した。「リスポーンなしのライフ1回バトルよ。覚悟しなさい」


「いつでも始めていいよ」


 息吹はその場でニヤリと笑う。


 戦闘開始のカウントがゼロになり、隻牙は即座に駆け出した。その動きを観戦モニター越しに見ていた葵は、興奮しつつも不安げな表情でルナに話しかける。




「息吹くん、本当にあの機械でゲームを操作できるんですか?」


 ルナは頷きながら説明を始めた。


 「あれはアメリカの最先端技術で作られた脳波コントローラーよ。私の昔の知り合いを通じて、特別に手に入れたものなの。従来の脳波デバイスよりも遥かに高性能だけど、その分、感度が高くて制御が難しいのよ。普通の人なら、エイムを合わせる前に視界がぐにゃぐにゃになってしまうくらいの難易度だから、息吹の集中力と技術がすごいってことね」


 葵は息吹の凄さを改めて感じ、彼がただの「ナイファー」ではないことを理解した。そして画面に目を戻すと、慎重に索敵を進めている優里の姿が映っていた。


「優里は慎重に進んでるね。でも、優里は銃を持ってるし、息吹くんは刀だけだから、優里のほうが有利なんじゃない?」


 葵の問いに対し、ルナはにっこりと笑いながら応じる。


 「息吹のキャラ、隻牙は接近戦に特化した『ナイファー』なの。懐に入られたら、優里ちゃんはほぼ確実に負けるわ。逆に、遠距離では何もできないから、優里ちゃんは息吹が近づかないように警戒しながら進んでいるのよ」


 画面の中で優里は銃を構えつつ、息吹がどこに潜んでいるかを注意深く探している。物陰から物陰へと、少しずつ進んでいくその姿からは、昨日の悔しさと、今度こそ勝ちたいという強い意志が見える。


「息吹が懐に入るか、優里が距離を保つか…」


 ルナの言葉を聞き、葵も思わず息を呑む。二人の戦いがクライマックスに向かって進むのを、観戦者としてただ見守ることしかできない自分に、いつしか手に汗を握っていた。


 その瞬間、モニターに映る画面に、息吹の影がちらりと現れる。優里はすかさず反応し、銃口を向けた。緊迫した空気の中で、二人の戦いが今、再び始まろうとしていた。


「そこか!」


 優里は瞬時に射撃を放った。しかし息吹はすぐに物陰に隠れて、銃弾を避けていた。


「あんたの最大の武器は、極限の反射神経による回避ね。今日のバスケの試合を見て気づいたわ。一瞬の隙も見逃さなかった。あんたの反射神経、常人離れしてるわね?」

 優里が冷静に分析する。


 息吹は軽く笑い、「そこまで見てるなんて、モテちゃうなぁ。まあ、昔から反射神経の勝負には自信あるかな」と返す。


「でも、ヴァルフロはフィジカルだけが勝敗を決めるわけじゃない!」優里はそう叫ぶと、手榴弾を持ち、息吹が隠れている物陰に投げ込んだ。


「チッ」息吹は舌打ちして、素早く物陰から飛び出す。


「もらった!」飛び出した息吹を狙って優里が射撃を放とうとしたその瞬間、彼の手から丸い物体が優里の方へ投げ返されてきた。


「くっ…!」


 優里は咄嗟に物陰に隠れる。次の瞬間、手榴弾が爆発した。


「化け物並の反射神経ね!」息吹は優里が投げた手榴弾を瞬時に拾い、逆に投げ返していたのだ。


「今のうちに…って考えてるでしょうけど!」


 優里は息吹が隠れ場所から出た瞬間に攻めてくることを予測していた。すかさずグレネードランチャーに持ち替え、息吹がいる方向にグレネードを撃ち込む。


「そっちこそ、尋常じゃない反射神経だね!」息吹は驚きつつ、優里の方向に向かうのをやめて、近くの車の後ろへ隠れた。


 優里は微笑む。


「あら、その車は危ないと思うわよ?」


「しまっ――!」息吹が気づいたときには遅く、グレネードが車のガソリンタンクに引火し、さらに大きな爆発が巻き起こった。


 観戦していた葵が驚いてルナに尋ねる。「今のは!?何が起こったの?」


「障害物の中には、今みたいなダメージでさらに爆発を引き起こすギミックがあるのよ。優里ちゃんは息吹が車の陰に隠れると予測して撃ち込んだわけね。これで勝負…と思ったけど、まだ続いてるわ」


「むぅ、エインのゲージが溜まってたか」


 優里は息吹の行動を見て、まだ決着がついていないことに気づく。


 どうやら息吹はギリギリでエインヘリヤル化して、防御力が上がっていたようだ。


 葵も息吹が生き残っていることに驚き、「あ、あれ息吹くん、まだ生きてる。しかも青いオーラを纏ってる…」


 ルナは状況を解説する。「エインヘリヤル化で防御力が上がったから、なんとか凌いだのね。でも今は瀕死の状態。一発でも銃弾を受けたら終わりよ」


 息吹は裏路地に向かって走り出す。


 「でも、あんたはもう文字通り袋のネズミよ」


 優里は息吹の行動を読んで、その路地へ向かった。


 狭い通路に辿り着くと、そこは袋小路で、息吹のキャラ「隻牙」が立ち尽くしていた。


「なるほど、ここまでおびき寄せるのを読んでいたのか。さすがだね、優里ちゃん」


「あんたはフィジカルが強いかもしれない。でも私はそれを補うデータと戦術がある。この狭さじゃ、あんたの回避も無力よ」


 優里はマウスの引き金に指をかける。


 だが、息吹は微笑み、「おっと、まさか僕が何もデータを持っていないと思った?」と挑発すると、手からある物体を投げてきた。


「あれは投げナイフ!?でも…違う!」


 息吹が投げたのは、前の投げナイフではなく、筒状の物体だった。瞬間、破裂音と共に閃光が走る。


「スタングレネード!?」


 優里の画面が一瞬真っ白に覆われ、視界が奪われる。慌ててマウスを動かし、射撃を放とうとするが、目の前は見えないままだ。


「これで終わりだ!」


 息吹は優里の足元に接近し、下から優里のキャラ「フレイヤ」を刀で切り上げた。

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