20XX.12.25 終末喫茶でメリークリスマスを。

 あれから二十年が経った。


 あたしは二十一世紀からの帰還後、奨学金で大学に入って物理学を学んで、タナベ重工業の研究者となった。

 時空転移装置タイムマシンは、安全技術面の問題、法的な問題、倫理面の問題、そして何より世界情勢の問題と、さまざまな難しい課題を乗り越えた後、やっと一般向けにリリースされた。


 二十年経った。経ってしまった。


 そうしてあたしは再び、二十一世紀の大地に降り立った。

 今回はちゃんと会社の命を受けて来てる。タナベ初代社長に技術伝達をするという。クミコさんの魂があたしの中に輪廻転生したのは、このためでもあったんじゃないかって、今になって思う。


 の日付は、二十歳のあたしがいた年の十二月二十五日。

 そう、マスターに別れを告げたクリスマスイブの翌日だ。


 本物の空を見ながら生きられる、人類最後の時代。


 あまりにも懐かしい宇宙飛行士スタイルで、フェイスシールド越しに見上げた空からは、ぼたん雪が絶え間なくふわふわ落ちてくる。

 あの夜に舞い始めた粉雪が本降りになったみたい。文句なしのホワイトクリスマスだ。


 寂れたシャッター街の歩道に真新しい足跡をつけながら、年甲斐もなくスキップしてみる。

 立ち並ぶ商店のひとつ、古いレンガ造りの雑居ビルの、短い階段を降りた半地下に、『純喫茶アポロ』はある。

 二十年前の記憶から、一つも色褪せないままで。


『あたし、絶対に戻ってきます。一つだけお願いがあるんですけど……次にここへ来た時、もしあたしがぜんぜん違う姿になってても、びっくりしないでくださいね』


 あたし、四十歳になってしまった。実年齢よりは若く見えるはずだけど、もちろん二十歳のころとはぜんぜん違う。

 ドキドキする。ソワソワする。あの、夢みたいな日々の続きが始まるんだ。ホールケーキを食べる約束だってもちろん覚えてる。

 そして言うんだ。終末喫茶でメリークリスマスを。


 一枚目の重たい防塵扉を開ける。

 防塵スーツを脱ぐ。髪と服を簡単に整える。

 二枚目の扉を開ける。カランコロンとドアベルが鳴る。


「いらっしゃいませ——」


 あたしを出迎えてくれたのは、二十年前と変わらない芳醇なコーヒーの香りと、穏やかであたたかいマスターの声だった。



—終末喫茶でメリークリスマスを 〜アドベントカレンダー2024〜・了—

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終末喫茶でメリークリスマスを 〜アドベントカレンダー2024〜 陽澄すずめ @cool_apple_moon

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