第3話 二夜目*衝撃の事実



「で、何から聞きたい?」



と言われてから少し。私と静之くんは現在、小さなローテーブルを挟んで、コーヒーを飲んでいる。



「(味覚はある。熱さも感じる……。本当に夢?)」



静之くんは、ここを夢と言っていた。だけど、夢にしては、あまりにもリアル。それは、今口にしているコーヒーしかり。目の前にいる静之くんしかり。



「なんだよ?ジロジロ見て」

「(……フルフル)」



首を横に振って”見ていない”と伝える。いや、見てたけど……。咄嗟にウソをついてしまった。



「(だって、静之くんを見てると面白いんだもん……)」



ここで言う私の「面白い」とは、静之くんの言動のことだ。コーヒーを飲んでいた静之くんは、教室で見た「穏やかな彼」そのものだった。だけど、ふと――何を思ったか知らないけど「あ、ここ夢か」と言った。誰に聞かせる訳でもなく、ポツリと。


すると、まるで人が変わったように、静之くんは、私のよく知っている静之くんになった。目の鋭さから、顔の表情、態度に至るまで一変する――姿勢の良かった彼の佇まいは、白髪のおじいちゃんみたいに猫背に丸まった。



「(ビックリというか、不思議な気分……)」



教室にいる静之くんと、ここにいる静之くんが、違いすぎる。違いすぎて、どっちが本当の静之くんか分からない。けど、私には……今、目の前にいる彼が、本物の静之くんな気がした。


そんなことを思っていると、静之くんが「で?」と私に問いかける。同時に、音が軽くなったマグカップを、コツンとテーブルに置いた。



「さっき、何から聞きたい?って言ったけど……前言撤回。お前さ、まず自己紹介してみろよ」

「(自己紹介?)」



なんで学校みたいな事をしないといけないの――心の中で悪態をついているのがバレたのか、静之くんは不機嫌な顔をした。



「いま全く喋らないお前が声を出せるか、テストしてんだよ。声が出なきゃ、聞きたいことも聞けねぇだろーが」

「(あぁ、なるほど……)」


「ま、例えここで声が出なくても、意地でも喋らすけどな」

「……」



優しいのか、優しくないのか。だけど静之くんって……見た目とは裏腹に、親切な人かもしれない。幸いにも、さっき飲んだコーヒーが、口内の潤滑油になったらしい。私はゆっくりとだけど、喋ることが出来そうだ。と言っても、誰かと近い距離で話すのは久しぶりで……心臓はバクバクと、煩いくらい音を立てている。



「(心臓が、私の体を揺らしてるみたい……)」



コーヒーの水面をチラリと見る。すると、水面は微動だにせず、凪のように静かだった。それを見ると私も少し落ち着くことが出来て……ポツリ、またポツリと。自分の名前を、まるで苦手な英語を話しているみたいに、ゆっくりと喋る。



「さ、わだ……あかね……です」

「おー喋れたな。合格」

「(面接官……?)」



パチパチと、心にもない拍手をした静之くん。机の上に肩肘をついて「じゃ、質問どーぞ」と、それきり黙った。今の間に、何でも聞けって事かな?


なら――



「あ、のさ……一番に聞きたいのは……この世界の、こと」



拳をギュッと握る。手の中は、既に汗で湿っていた。反対に静之くんは「あぁ」と、軽い相槌で返す。



「世界っつーか。前も言ったろ。ここは夢だ。俺とお前の夢の中だ」

「同じ夢を……見てるって、こと?」


「そーそー。夢を共有してんだよ」

「共有……?」



説明を聞いても理解できていない私に、静之くんは「ラジオ」を例えに、砕いた説明をしてくれる。



「ラジオを聴く時、聞きずらい局があるだろ?そうしたらチューニングするだろ。で、バシッと合う局で止まるだろ?俺と澤田は、それなんだよ」

「つまり……ラジオ局ってこと?」

「……」



静之くんに、苦虫を嚙み潰したような顔で見られる。私の答えは、どうやら違うらしい……。



「ちげーよ。だから、バシッと俺と澤田の波長が合ってるってこと。チューニングできてんだよ。俺とお前の夢が。だから、何の苦労もなく、ここ(夢)に来れるだろ?」

「(確かに……)」



さっきも、目をつぶっただけで、夢に来られた。眠る前に、既に意識がこっちへ来ていた。



「たまたま、とか、偶然、とかじゃねぇ。俺とお前の波長が合ってるから、いつだって夢で合流できる。この世界は夢だ。その夢を、俺とお前で共有して、時間を共に過ごす。いわば、第二の生活みたいなもんだな」

「(第二の生活……!?)」



え、それって……まさか夢の中で静之くんとずっと一緒ってこと!?この部屋で衣食住を共にするって事!?



「(絶対に気を遣う!い、嫌すぎる……っ)」



私の表情から漏れた「拒絶」を見たのか、静之くんは「露骨に嫌そうな顔すんな」と、フンと不機嫌に鼻を鳴らした。



「仕方ねーだろ。波長が合うってことは、反対をいえば――嫌でも一緒になっちまうって事だ。これから毎晩、お前と一緒とか…………。はぁ、俺の身にもなれよな」

「(ムカ……ッ)」



私だって望んでここにいるワケじゃないのに!という言葉を、なんとか呑み込む。そう、ケンカをしている場合じゃない。この世界はタイムリミットがあるからだ。あのブザーが鳴ったら、また朝になり、学校が始まる。その前に、疑問に思ったことは、全て聞いておきたい。



「夢の中にいられる時間って、決まっているの……?」

「決まってない。昨日みたいに一瞬の時もあれば、丸一日経ったか?って思うくらい、長い時もある。それぞれだ。基準は、俺にも分からねぇ」

「そう、なんだ……」



静之くんに聞けば、全部が分かると思っていた。けど、どうやら違うみたい。あれ?じゃあ静之くんって……いつからここにいるの?


確か、昨日会った時は、



――「来ちまったんだな。お前が」



そう言っていた。それはまるで、誰が来るのか、ずっと待っていた人のセリフ。静之くんは、誰かを待っていたのかと思ってた。ずっと前から――でも、違うのかな。



「静之くんは、いつから、この夢に来てるの?」

「……俺は」

「……」



私は静之くんを見る。だけど静之くんは……私の後ろにある、冷蔵庫を見ていた。そして「グルル」と、軽快になる彼のお腹の音。それは静寂な部屋に、隅から隅へと響き渡る。



「わりぃ。冷蔵庫の中のもの、何かとって」

「か、勝手に開けても、いいの……?」


「俺の家じゃねーけど、俺ら以外は誰もいねーし。いいんじゃね?食べよーぜ」

「!?」



え、静之くんの部屋じゃないの……?あたかも「自分の部屋」と言わんばかりに、静之くんが寛いでいたから。てっきり静之くんの家かと思ってた……。



「じゃ……開けるよ……」

「おー」



何が入ってるか分からない冷蔵庫を開けるのって、案外怖いんだな……。私は震える手を伸ばして、その扉を開けた。


ガチャ



「冷蔵庫、サンドウィッチとサラダがあるけど……」



よかった。普通のラインナップだ。冷蔵庫の中も新品かってくらい綺麗だし。ホッと胸を撫で下ろす。



「なんかファミレスみたいな品ぞろえだな。まあいいや、両方食おうぜ。ほら、澤田も」

「(え、私も……?)」



この不思議な空間で、誰の家か分からない部屋で、誰の物か分からない食べ物を口にしている――そんな非現実的な事が積み重なれば、自然と「これは夢だ」と思えるようになってきた。



「で、さっきに続きだけど。俺もさ…………澤田と一緒のよーなもんだ。数日前に、初めてここに来たんだ」

「……」


「澤田?」

「え、いや……。そ、そうなんだ」



静之くんが一瞬だけ――悲しそうな顔に見えた。でも、ほんとに一瞬。今は元通りの顔で、目の前に広がるサンドウィッチを物色している。


やっぱり気のせいだったのかな……?


当の本人である静之くんは、構わず話を続ける。



「毎晩ワケ分かんねー所に来て、どうすっかなーって考えてた。そしたら、昨日は誰かが来る気配がして。それで気づいたら、お前がいたってワケ」

「(へぇ、そうなんだ)」



静之くんの説明には、不自然な点はない。私と同じ境遇なら、初心者同士むしろ心強い。だけど――


初めて夢の中に来たにも関わらず、静之くんの、あの落ち着きよう。私に梅ジュースを出してくれた、あの瞬間――静之くんは、どんな気持ちで、私を迎えてくれたんだろう。



「(静之くんも不安だったろうな……。それなのに私、静之くんを誘拐犯だと思って悲鳴をあげちゃって……。申し訳なかったな)」



私が反省していた、その時だった。



「澤田には、悪いと思ってる」



静之くんが、サンドウィッチを口にしながら、ポツリと漏らした。



「私に……?な、なんで?」

「メール。送り先を間違えた事」



静之くんは一切照れずに、告白メールの事を話した。文面を思い出して、逆に私が照れてしまう……。



「私は、別に……。こっちこそ、勝手に読んで、ごめん」

「へ?なんでだよ」



謝った私に、静之くんはプハッと笑う。



「自分のスマホに届いたメールなら、自分宛だって思って開くだろ。澤田は何も悪くねーよ」

「静之くん……」

「むしろ、変な事に巻き込んで悪かったな」



眉を下げて、申し訳なさそうに笑う静之くん。その笑顔を見ると、どうしても放っておけなくて……「私、誰にも言わないよ」と、勝手に約束をする。



「メールは消去するし、メールの中身も忘れる。静之くんが誰を好きとかも、詮索しない……。絶対に」

「澤田、お前……」



驚いた顔をした静之くん。何かに感心したように「へぇ」と感嘆の声を漏らした。



「お前、そんなにスラスラ喋れるんだな」

「……」



「ちょっと感心したわ」と笑う静之くん。真剣に話をする私には目もくれず、二個目のサンドウィッチに手を伸ばした。



「(私、真剣に言ったんだけどな……)」



真面目に言い過ぎて、空振りしてる?だとしたら、かなり恥ずかしい……。不安に思っていると「澤田が真剣に言ってくれたのは分かってる」と、静之くん。良かった、と胸を撫で下ろす。同時に「茶化さないで」と、恨み言を呟いた。



「わりーわりー。まあ、でもさ。本当に気にすんな。俺、送り直さねー事にしたんだ。あの告白メール」

「え……な、なんで?」


「なんでって――――冷静に考えて、無理だから」

「む、無理?」



何が?何に?

すると静之くんは、サンドウィッチをお皿に置いて、あてもない顔つきで私を見た。



「お前、入学式の日に休んでたよな?」

「え、うん。ちょっと風邪ひいて」


「じゃあ、知らねーのも頷けるわ。澤田見てると、もしかして俺の事を知らねーんじゃないかって。なんか、そんな感じがしたんだよな」

「知らないって……」



いったい何を?

私が疑問を言葉にする前に、静之くんは自身の口を指さした。


そして――



「現実では喋れねーんだよ、俺」

「え?」

「声が出ねーんだ。病気にかかって以来、ずっとな」



すぐには理解しかねる事を、淡々とした口調で言ってのけたのだった。



――現実では喋れねーんだよ、俺

――声が出ねーんだ。病気にかかって以来、ずっとな



ブー



「ハッ……っ!」



目が覚める。昨日と同じく、私は汗をかいていて……行き場のない手は、また天井に向かって伸びていた。見渡すと、ここが私の部屋だと分かる。「ホッ……」無事に戻って来れたと、安心した。


だけど――



グッ


天井に向かった手を、強く握る。そして小さな声で呟いた。



「夢だけど……現実……。静之くん……」



静之くんは、喋れない――衝撃だった。ビックリした。いや、ビックリなんてもんじゃなかった。だけど、その言葉は、私に「なるほど」と納得も運んだ。



「私と沼田くんの間に入ってきてくれた時も、クラスの女子がぶつかって謝ってきた時も……静之くんは、喋ってなかった。私、それを見て、てっきり……」



天井に伸ばしていた手を降ろし、中を見る。手のひらには、昨日、沼田くんに「カンニングだ」と指摘された後、慌てて消したボールペンの跡があった。その場限りのウェットティッシュと、晩のシャワー浴だけでは落ちなかったボールペン。それが、まだ少しだけ黒い点々として残っていた。



「静之くんに聞こうと思って、忘れないようにとメモしたけど……。聞かなくて、本当に良かった」



だって、手のひらに書いた言葉。

それは、



――静之くんも私と同じ?



「サイテーな言葉だ……」



手のひらを隠すように、ギュッと手を握る。強く、強く。その時に爪が皮膚に食い込んで、少しだけ痛んだ。やりすぎた。私はバカだ。



「もう、本当に……」



私は、大バカ者だ。



「静之くんは私と同じで……。喋りたくないから喋らないんだって、そう思ってた。けど全然、違うじゃんか」



静之くんは、浅はかな自分と同じフィールドに立っていると勝手に思っていた私。けど違う。静之くんは喋らないんじゃない。喋れないんだ。その違いは、天と地ほどの差がある。



「はぁ〜……。静之くんにバカな質問をしなくて、本当に良かった……」



この時ばかりは、沼田くんに感謝した。あの時、カンニングと疑われてウェットティッシュで消すことがなかったら、きっと私は夢の中で聞いてしまっていた。静之くんに聞く前に、彼が喋れないと知れて、本当に良かった。


その後――またお母さんとバタバタした朝を過ごした後。いつも通りに登校する。教室に入ると静之くんは既に席に座っていて、何やら本を読んでいた。私は、少しだけぎこちない足取りで、自分の席に着く。静之くんの姿を見ただけだというのに、妙な申し訳なさから、つい挙動不審な行動をしてしまう。すると、そんな私を不審な目で見るのが、沼田くんだ。



「澤田、腹でも痛い?行動がキモい」



苦い青汁でも飲んだみたいな、変な顔で私を見る沼田くん。どうしてこの人は、私の腹が立つ言葉ばかりをチョイスするんだろう……。



「(フルフル)」



また「無視かよ」なんて言われたら、たまったもんじゃない。一応「違う」という意思表示だけは、見せておいた。


あ、でも――ここで、ふと思い出す。今朝ベッドの上で、沼田くんに感謝したことを。私の手のひらの文字を消す「きっかけ」を作ってくれたことを。



「沼田くん……ありがとね」

「……へ?」



突然、感謝を口にしたのがまずかったのかな。沼田くんはポカン……というよりは、慌てた顔をしていた。



「澤田、い、今、喋った?」

「(……コクン)」


「口で答えなよ!もう一回喋って」

「(フルフル)」



何が楽しくて沼田くんに二回もお礼を言わないといけないのか。私の横でギャーギャー騒ぐ沼田くんを放っておいて、窓際にいる静之くんをチラリと盗み見る。


すると静之くんも私を見ていたのか、バチッと目が合った。

そして、



「(よかったな)」

「!」



彼の口が、そう動いた気がした。



「(学校で、話してくれた……)」



ビックリしていると、静之くんは視線を逸らす。そして再び、読書へ戻った。「あ……」返事をし損ねた事に、罪悪感を覚える。せっかく話しかけてくれたのに。


だけど、静之くんも静之くんだ。

昨日は、



――また今日の晩。夢の中で。話はその時に



なんて、学校でわざわざメールを送ってきたくらいなのに。あのメールはつまり「学校で俺と話すな」って、そういう事だよね?なのに今日は、いきなり話しかけてくれるなんて……変な人だ。



「(夢で会ったら、お礼を言おう)」



そう思った時の私は、少しだけ笑っていた。だって、静之くんが夢だけじゃなくて現実でも私と関わろうとしてくれた事が嬉しくて。くすぐったくて。私の口角が、無意識のうちに上へと伸びる。


すると、そんな私を真横で見ていた沼田くん。普段なら間違いなく不気味がるだろう、ニヤけた私を見て……なぜだか固まっている。



「……?」



いつまでも見られているのが居心地悪くて、少しだけ眉間にシワを寄せた。

すると、



「謝ったり笑ったり…澤田、今日キモい。ネジ何本抜けてんの」

「……」



「無視とか。ウザ」と言われてもいい。今回の返事は見送ろうと、静かにスルーを決め込んだ。



そして昼休み――当然のことながらぼっち飯を食べている私。有難いことに、毎日母がお弁当を作ってくれている。いつか朝早く起きて自分で作ってみよう、と思った事は何度かある。けど、それが実行に移せた日は一度だってなかった。


明日こそは、明日こそは――魔法の呪文みたいに、毎日、毎日。せっせと呟いた。だけど、やっぱり叶えられた事はなくて。きっと両親も、こういう私の「頑張らない性格」と見越して、早々に諦めたんだろうな。私が「喋らない」事を。



「(だけど……)」



静之くんに対しては、自分でも驚くくらいに「話したい」と思える。そんな自分がいる事に、午前中の全ての授業を上の空で聞いて気づいた。



「(静之くんの事を、もっと知りたいな……)」



その感情が、どうして湧いたかは分からない。もしかしたら、今朝抱いた罪悪感から来ているのかもしれない。はたまた「夢の中で会える特別な人だから」って思いがあるのかも……。


だけど、いい。理由は、どうだっていい。私は、とにかく、静之くんの事が知りたくなったのだ。



「(今晩も楽しみだな……。静之くんと話すと、聞きたいことがドンドン増えてくる)」



静之くんに言ったら、呆れられるかもしれない。「変な女」と引かれるかもしれない。「キモ」とうざがられるかも。「俺はお前の事なんて微塵も知りたくない」と一蹴されるかもしれない。


だけど、勇気をだしてみたい。勇気を出して、静之くんの事を聞いてみたい。そう思わずには、いられなかった。


静かに闘志を燃やしていた、その時。「あれ、静之くんはー?」と、渦中の人を探す女子がいた。可愛いくて美人なクラスのアイドル、枝垂坂桃(しだれざか もも)さんだ。


優しくて気が利く彼女は、いつどんな時も助っ人が現れる。今だって、一言「静之くんは?」と呟くだけで、周りのクラスメイトが「あー、静之くんね」と手を貸している。



「お昼の時はいつもいないよ。だからホラ、毎日、椅子を借りちゃってるんだ」

「あれ、本当だ。いないんだね。気づかなかったぁ。そろそろお昼休みも終わるし、戻ってくるかなぁ?」


「いつも予鈴が鳴って戻ってきてるよ」

「そっか、分かった。ありがとうね。助かったよぉ」



枝垂坂さんが微笑むと、助っ人もにこやかに笑みを返した。あぁ、いいなぁ。ああいう枝垂坂さんみたいな人は、いつどんな時だって困ることがないんだろうな。恵まれてるなぁ、羨ましい。


そう思うと同時に、でも、さっきの――「いないんだね。気づかなかったぁ」は無いんじゃない?「気づかない」って言葉、私は嫌いだな……。


まるで、その人が存在していないかのような言葉。現実にいたかいないか、影の薄さを指摘するような言葉。


それらはきっと、ナイフだ。以前、沼田くんが私に投げた言葉と同じ。胸に刺さって、なかなか抜けない。ジワジワと苦痛を与える「それ」と同じだ。



「(枝垂坂さん、皆から人気があるっていうけど……。でも、そういう言葉も使うんだ……)」



私はちょっと苦手かも――そう思った時だった。



「……うるさ」



隣で伏せて寝ていた沼田くんが、顔の半分だけ上げて、枝垂坂さんを見た。突然の事で固まる私とは反対に、沼田くんは眉間にシワを寄せたまま、またすぐにうつ伏せになる。丸まった背中が、呼吸をする度に、これでもかと大きく上下に波打っていた。



「(え、また寝たの……?)」



不思議に思って暫く眺めるも、やっぱり寝ているようだった。うん、やっぱり沼田くんって、よく分からない……。


するとその時。


私の近くの扉から、静之くんが入ってきた。音もなく、スッ――と。いつか静之くんに「泥棒みたい」と言われた事があったけど、静之くんも素質がありそうだな。



「(どこ行ってたんだろう?)」



人目を気にすることなく、静之くんをじっと見つめる。すると私の席から二、三歩――静之くんが遠のいたところで、少しだけ顔を動かして私を見た。そして、



「(見んな)」

「!」



本日、二回目。

静之くんは、また、私に話しかけてくれたのだった――

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2024年11月15日 15:00
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無口な偽物カップルは、夢の中ではしゃぐ またり鈴春 @matari39

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