第9話 帰ろう、一緒に


ガラッ


沼田くんと話していると、いつの間にか授業は始まっていたらしく。始まりのチャイムの音なんて全然気づかなった私は、授業が終わった休憩時間に、沼田くんと教室に戻った。


案の定――私を目にした皆は、キッと強く睨む。私を、憎んでいるかのような目で。いや、実際は憎んでいるのかな。だって、クラスのマドンナだもんね。枝垂坂さんは。そんな彼女を間接的にでも傷つけた私は、皆から見たら完璧に悪者だ。



「(でも、憂鬱だな……)」



この教室に、これから一年間。ずっと通わないといけないのか。嫌だ、憂鬱すぎる。



「(もう、いっそ投げ出して。逃げてしまおうか。登校拒否になろうか。別に逃げたっていいんだし)」



そんな事を考えていた時だった。私と皆の間を、一人の体が遮った。



「そんな変な顔色になるなら、皆を見なけりゃいいでしょ。澤田」

「……沼田くん」



私の席の目の前に立ち、そして見下ろす彼。その眼光の鋭さと言ったら。前の私だったら沼田くんを視界に入れただけで、ガタガタ震えていたかもしれない。


けど、今の私は、違う。



「うん……ありがとう。沼田くん」

「ふん」


「でも”変な顔色”はひどい」

「本当のこと言って何が悪いの」


「……っぷ」



相変わらずそっけない沼田くん。さっきまでは敵対関係だと思っていた。けど、今となってはクラスで離せる唯一の人になっている。変な話だ。そして、クラスの皆も、そんな私たちの関係を、変だと思っているようだった。



「見たー?静之くんを取り返されたからって、今度は沼田くんだってさ」

「うわー、見境ないねぇ。なんつーか、必死?見苦しいわぁ」

「桃ちゃんの傷を見ても無反応だったし。第一、謝りもしなかったよね?」

「それな。むしろ被害者ヅラしててムカつくし」



学校で、急に喋り出した私。しかもその相手が沼田くんという男の子だった事から、クラスの中での私の評価は軒並み下がっていた。



「(はあ。わざと聞こえるように話してくれるせいで、全部耳に入ってくる。鬱陶しい……)」



すると、


ガタッ



座っていた隣の沼田くんが、椅子を倒して立ち上がる。ど、どんな勢いで立ってるの、この人は……。皆も、急に大きな音がしてビックリしたらしい。噂話で騒がしくなっていた教室は、一気に静まり返った。


そんな教室内をぐるりと、ゆっくり。まるでハイエナみたいな動きと目で。沼田くんは皆を眺めた。そして――



「うるさくて眠れないから、黙ってくれる?」



以前、私に向けていた怖い顔を、皆に向けるのだった。


ドキン


不覚にも、庇ってくれたという事実が、私の胸を大きく揺らす。まさか、あの沼田くんを「カッコイイ」と思う日が来るなんて。思ってもみなかった。



「あ、ありがとう」



ガタンと、また大げさなくらいに大きな音をさせて着席した沼田くん。皆を見ると、沼田くんの迫力に恐れをなしたのか、もう私のことを噂する人はいなかった。沼田くんのおかげだ。何もかも。



「何お礼言ってんの。俺は別に。寝たかったから言ったまでだから」

「うん、ありがとう」


「~だから! ……いいや、もういい。寝るから話しかけないで」

「(コクリ)」



「別に返事くらいはしてくれてもいいけど?」と文句を言った沼田くん。だけど私がもう喋らないと思ったのか、自身で組んだ腕の中に顔を埋めた。机に突っ伏している。どうやら、本気で寝るようだった。



「……ありがとう。本当に」



うるさいと、また怒られちゃいけないから。極力、小さな声で、再度お礼を言う。沼田くんがいなかったら、今の私はいないよ。とっくに家に帰ってると思う。そして、もう二度と来ない……は言い過ぎだけど、ほとぼりが冷めるまでは登校しない。絶対に。


すると、寝ていたかと思われた沼田くんは「別に」と、くぐもった空間から返事をした。顔を上げる気はないらしい。寝たふりよろしくで、声は続いた。



「好きなヤツの事なら、守ってあげたいって思うんじゃないの」

「!」


「俺じゃなくて、一般論だから!」

「わ、分かってるから……っ」


「ふん」



全く寝たふりになっていない沼田くん。今、一体どんな顔をしてるんだろう。まさか、沼田くんの口から「守ってあげたい」なんて言葉が聞けるなんて……。今までの彼とは違ったイメージ。



「(沼田くんって、案外モテ要素があったりするんだ。……って、あれ?)」



机に伏せたままの沼田くんを見る。顔は当然見えないけど、だけど、耳は見える。その耳は、さっき二人きりの時に見たリンゴ色。真っ赤な色。綺麗なほど、真っ赤だ。その色を見ていると、私もさっきあった事を思い出してしまう。「っ!」つられて顔が赤くなるのを、意識せずにはいられなかった。



「(沼田くんは、一体私のどこに惹かれたのかな。まだ信じられないよ。だって、あの沼田くんだよ?)」



彼には嫌われているとばかり思っていたのに。人生、何が起こるか分からないもんだな。そんな事を思っていると、沼田くんから、また声が漏れた。



「彼、何も助けてくれなかったね」

「(彼……あぁ、静之くんか)」



そう。さっき、女子が声高に私の悪口を言っている時。静之くんはこの教室にいた。ばかりか、枝垂坂さんと何やらスマホを使って会話をしているらしくて。


その光景を目にした私。自分の悪口が飛び交う空間で、私が耳を澄ましたことと言えば――聞こえるはずのない二人の会話の内容だった。



「(スマホで会話してるんだから、会話なんて聞こえるわけないってのに。私も往生際が悪い)」



分かっている。どうやら、この恋は――私の一方通行らしいと。二度も私を見捨てた静之くんが、何よりの証拠だ。



「(だけど……)」



沼田くんも、やっぱり底意地が悪い。わざわざ、静之くんがどうだったかを、再確認しなくたっていいじゃないか。まるで「好かれてないよ。だから諦めなよ」と言いつけられている気分。



「(沼田くん、本当に私の事を好き……なんだよね?なら、もうちょっと丁寧に扱ってくれたっていいじゃん……)」



結局、沼田くんの問いに返事はしなかった。いいんだ。これで。だって沼田くんとは、現実世界でいくらでも話が出来る。疑問に思った事、不満に思った事――全て全て、日の明るいうちに、話し合う事が出来るのだ。



「(もちろん、夢の中みたいに、タイムリミットを気にしなくていいしね)」



キーンコーンカーンコーン


チャイムが鳴る。皆が慌てて席に着く。生徒が教室内を右往左往している、その時に。チラリと静之くんを盗み見た。その時の彼は、いつものニコニコした仮面をまだひっつけていて。そして、まだ授業開始の号令もかかっていないというのに、必死にノートをとっていた。



「(そういや、課題があったなぁ……)」



キスやら同じベッドで寝るやらを、昨夜過ごした私。ドキドキした面持ちで課題に身が入るわけもなく、私のノートは清々しいくらい真っ白だった。



「(まあ、いっか。どうせ当てられないだろうし)」



のらりくらり。授業を、この学校生活を、かわしていけばいい。何も私は、静之くんみたいに、信念があって学校に通っているわけじゃない。



「よし、じゃあこの問題は澤田。今日は答えられるか?」

「……わかりません」


「お前、やっと声が出るようになったんだなぁ!にしても、分かりませんはダメだろ。課題の問題なんだぞ?調べてでも答えをだしてこい」

「……」


「返事は?澤田」

「……はい」



当たり前に卒業を待っている私。例え授業中であろうとも、頑張る気力は起きなかった。



だけど、その日の帰り道。隣にいる沼田くんから、奇妙な事を言われる。



「今日は頑張ってたんじゃない?澤田」

「へ?何を?」


「授業中。当てられて喋ってた」

「あぁ、あれ……」



あれを「頑張ってる」と評価してくれるのか。沼田くんって本当、優しいのか厳しいのか、分からない。



「頑張ってるでしょ。一言も喋らなかった、前の事を思えば」

「そうかなぁ……。でも、うん。ありがとう」

「ふん、別に」



今更だけど、沼田くんの人柄がつかめて来た。彼はハイパー、ツンデレ男子なんだ。だけど、その事をいうと、また怒鳴られそうだから、言わないでおこう。



「沼田くんはさ、いつ、私の事を……その……」

「好きかって?」

「そ、そう……」



自分で切り出しておいて照れる私とは反対に、沼田くんはのっそりのっそりと、ゆったりした足取りで車道側を歩いていた。行きかう車を掴んで、投げ飛ばしてしまいそうな彼の大きさ。その隣に、小さく佇む私。


もし私たちがカップルになったら、だいぶ凸凹なカレカノになってしまうな――なんて、先走った想像をしていた。その時だった。


「学校でも言ったけど、澤田の事は最初は大嫌いだったから」表情を変えずに。空を仰ぎ見ながら。沼田くんは、そう言った。



「でも、喋り始めるようになって急に色がついたっていうか。澤田って人間が、強烈に俺の中に入ってきた」

「私という、人間?」


「変な人間」

「ヒドイ」


「でも、そうでしょ。喋り始めたと思ったら、ノートを持って静之の所に行ってニヤニヤするし。俺に意味もなくお礼を言ってきたりするし。かと言えば、素直に謝ってきたり。コイツ何考えてんの?何を思って行動してんの?って、気が散ってしょうがなかった」

「(気が散るって。言い方が……)」



多少、彼の物言いに引っかかるものの。受け流して、続きを聞く。



「だけど、同時に思ったんだよ。もっと知りたいって。澤田が何考えてんのか、澤田ってやつがどういう人間なのか、もっと知りたいって。急かすように、俺の目が、澤田を追いかけた。別に、ストーカーとかじゃないから!」

「わ、分かってるよっ」


「でも、だからこそ気づいたんだ。常に目で追う。相手の事を知りたいと思う――それは恋愛感情ありきで、気になってるって事なんじゃないかって」

「……」


「後は、知らないよ。今日だって、気づいたら澤田を追いかけてたし、澤田の腕を握ってた。気づいたら告白しちゃってるし……。俺だって、わけわかんないよ。自分の知らないうちに人生が進んでるようで、嫌だ。恋って嫌だし怖い」

「(そんなことを……)」



沼田くんでも、そんなことを思うんだ。目力だけでクマをも倒せそうな人なのに。こんなに、大きな人なのに……。



「(不思議。さっきよりも、沼田くんが近くに感じる……)」



それは、圧倒的な親近感。沼田くんは、私と同じなんだって、気づいたからだ。



「(気づいたら目で追う、相手を知りたいと思う……。そうだ、同じだ)」



沼田くん、私も同じなんだよ。静之くんと付き合うようになったのだって、私が静之くんの事を「知りたい」って思ったのがきっかけで。


そうか、そうなんだね。

そこから、私の恋は始まってたんだね。



「(枝垂坂さんが沼田くんに初めて近づいた時、すぐに私がメールを送れたのは……。私が静之くんの事を、ずっと見ていたからなんだ。目で追っていたからなんだ)」



そうか。私は、ずっと静之くんを追いかけて居たんだね。静之くんの事を、本気で好きだったんだね。だから、傷ついたんだ。好きな人に庇ってもらえなくて、心が泣いていたんだ。



「(大好きに、なっちゃったんだ……っ)」



グッと、手に力がこもる。改めて気づいた、静之くんへの恋心。だけど、もう遅い。気づくのが遅すぎたんだ。私は、自分の恋心に気づかないまま、静之くんとの時間を自由気ままに過ごして……。そして離れた。


バカだなぁ。時間ならあったのに。たくさん、あったのに。どうして私、静之くんにアタックしなかったんだろう。どうして本気で「好きだよ」って言えなかったんだろう。もしも私の想いを伝えられていたら、現状が、変わっていたかもしれない。私の隣には静之くんがいて。昼間に枝垂坂さんとやっていたように、スマホで会話していたかもしれないのに。



「(チャンスを逃したのは、私だ……)」



いつ零れ落ちるか分からない涙が、目に留まっている。だけど沼田くんは、尚も空を見たり道路を見たり。どうやら、私の事には気づいてないみたいだった。


すると突然、大きな口が「澤田は変わったから」と動く。沼田くんの、今日二度目となるセリフだった。



「今日だって、あんな大勢に悪口言われたら、普通逃げ出す。泣き出す。けど、澤田はそうしなかった。前の澤田だったら、考えつかない。ガタガタ震えて、無言で委縮して、それで終わり。授業中あてられても、絶対無言だったと思う。


だけど、今日は違った。変わったっていうのは、強くなったって意味もあるから。そこは、自信持ちなよ。澤田は、強くなった」

「!!」



そう言った沼田くんと目が合った瞬間、ダムが決壊するように、涙が零れ落ちた。ポタポタと、水道を緩く締めたような。緩く、だけど止まらない水――小さなシミがいくつにも重なって、地面を濡らす。



「え、はあ?何泣いてんの!?ちょっと恥ずかしいから拭いてよ、ホラ!」



手渡されたのは、ハンカチ。こういうとこも、沼田くんはしっかりしてるなぁなんて感心しながら、有難く受け取った。私の目に映し出されるのは、私の視界いっぱいの沼田くん。


だけど。私の頭に浮かんでいるのは、いっぱいの思い出がある静之くんだった。


だって――



「(私が強くなれた理由こそ、静之くんの存在があってこそだから)」



沼田くんの言う通りだ。昔の私だったら、女子から悪口を言われたら「どうしよう、どうしたら」って、ただ震えていたと思う。クラスのみんなから疎まれて、蔑まれて……。そんなの耐えられない。


けど、今の私は違う。


あの時――枝垂坂さんから静之くんを奪った、あの瞬間の私は、絶対に間違えてなかったって。そう自信をもって言えるから。


私は間違ってないって、むしろ私が正しいんだって、胸を張って言えるから。自分の心に真っすぐ伸びる信念があるから。私は、強くいられたんだ。


確かに、枝垂坂さんは元カレにぶたれて可哀想だと思う。けど、じゃあ、静之くんは?事実を喋れないから、枝垂坂さんから、どんなにヒドイ事を言われても、大人しく泣き寝入りしろって?


そんなの、



「(ふざけんな)」



私が枝垂坂さんに謝るのは、静之くんを傷つけるのと同じ事だ。だから、私は絶対、謝らない。


私は、自分の彼氏を守りたい。

ただ、それだけ――



「(強い私も話せるようになった私も。全部ぜんぶ、静之くんのおかげだった)」



静之くんへの恋心も。静之くんへの感謝も。彼がそばにいなくなって、初めて気づいた。そう。もう、彼は私の隣に並ばない。炭酸ジュースを買う事もないし、二人で制服を汚すこともない。


悲しい、悔しい、辛い、戻りたい。色んな感情が、私の頭のてっぺんから足のつま先まで、グルグルと、とぐろを巻いている。


だけど、いいんだ。



「(静之くんが選んだ答えなら、それでいい。きっと、それが正解なんだ)」



静之くん。ふがいない彼女でごめん。私ばかり良い思いをして、私があなたにあげられたものは、何もなかった。


だから、最後に。あなたが罪悪感を抱かないように。私は、あなたから離れようと思う。



「おい、本当に澤田、変だから!なんで泣いてんの?どっか調子悪いんじゃないの?病院行けば!?」



アタリのキツイ言葉とは裏腹に、その手にはスマホがあって。開いてる近くの病院を、必死に探してくれている。その姿を見ていると、温かくて。また泣けてきて。最大限の「ありがとう」を、いつか彼に伝えられたら、と。そう思わずには、いられなかった。



「ありがとう、沼田くん。大丈夫だから」

「大丈夫って顔じゃないでしょ。いつもよりヒドイから!見てらんないから!」


「ふふ、そうだね」

「っ……」



私の、珍しく爽やかな笑みを見た沼田くんは。私の顔を見て、固まった。その心の内で、何かを察している風だった。



「澤田……」

「ん?」


「いや……明日も、来てよね。学校」

「……行くよ。今、約束しちゃったからね」



そう言うと、沼田くんの顔が少し歪んだ。意地悪な言い方をしてしまったと、少し反省する。



「それに、三日間。一緒に帰るって約束もあるし。あと二日、よろしくお願いします」

「……ふ、ふん。分かったよ」

「ふふ」



また、私の笑顔を見て。沼田くんは何かを言いたげな顔をした。少しだけ開けた口は、きっと。勇気を出して、私に何かを言うとした証。だけど、その口から言葉が発せられることはなく。静かに、空気だけが漏れ出た。



「……じゃあ、明日」

「うん。またね」



二人別々の分岐点にたどり着き、手を振って別れる。私は沼田くんのハンカチを握ったまま、別れを告げた。そして、前を向いて歩き出す。そして沼田くんも、既に歩き出していると。思っていた。


だけど――



「あ、澤田」

「ん?なに?」


「横、絶対見ないでね。見たら許さないから」

「え、なに。いきなり……」



また何を言ってるんだろう――そう思いながら、乾いた笑いと共に、今まで見向きもしなかった横を見た。そして、すぐに後悔した。



「(あぁ、やっぱり沼田くんは、意地悪だ)」



私の目の先には、一組の男女。ニコニコしながら静之くんの腕にからみつく枝垂坂さんと、いつものニコニコのお面をつけている静之くん。その二人が、スマホを片手に、こちらへ歩いてきていた。



「ひゃっ……!さ、澤田、さん……っ」

「……」



私をいち早く見つけた枝垂坂さんは、私を見ると怯えた表情をして、静之くんの後ろに隠れた。私がクマにでも見えるのだろうか。クマなら、さっきまで一緒にいた沼田くんの方が適任なのに。と、こんな風に冷静に分析できるのは、きっとさっき沼田くんと話せたからだ。泣けたからだ。静之くんへの思いがはっきりしたからだ。


そして、この先の展望も――



「(今日の夜、夢の中で)」

「!」



幸い、枝垂坂さんから私は見えていない。完璧に目を背けているようだった。これは好機とばかりに、私は口パクで静之くんに「約束」をする。夢の中で、と。


すると、口パクの意味がわかったらしい静之くんは、驚いた目で私を見ていた。ビックリしたかな?諦めの悪い女だって、そう思ったのかも。だけど、安心して。



「(最後だから)」



それだけを口パクで言い残し、踵を返す。後ろから「待って」と声が聞こえないのはもちろん。静之くんが追いかけてきて、私の肩を掴むとか。そういうアクションも、全くない。



「(やっぱり、そういう事なんだね。分かったよ、静之くん)」



私の心は決まった。

あとは夢の中で、頑張るだけ――





そして、ついに――その時がやってきた。


ブー


ブザーの音と共に始まる、夢の時間。私は閉じていた瞳を、ゆっくり開けた。その時だった。


ダンッ!!


いきなり体に衝撃が走る。最初は痛くて目が開けられなかったけど、だんだんと痛みが引いてきた頃に、薄ら目を開けてなんとか状況が把握できた。状況は、把握、出来た。


けど……。どうしてこうなっているか、という理解までには、至らなかった。



「なんで私を押し倒してるの……静之くん?」



私は、静之くんに押し倒されていた。ソファでもベッドでもない、地べたに。私がここに着いた瞬間に、押し倒したって事か。床に。どうりで痛いはずだ。


だけど、体に痛みを覚えている私よりも顔を歪めたのは、静之くんの方だった。その顔は何か怒っていて、そして、どこか切なそうで――私は食い入るように、その顔を見つめていた。

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