無口な偽物カップルは、夢の中ではしゃぐ
またり鈴春
第1話 開幕
好きです…って、いきなりごめん。
でも、気になっています。
良ければ、俺と付き合って欲しいです。
急がない。よく考えて欲しい。
返事、待ってます。
静之緋色
「(しずの、ひいろ……?)」
授業中、突然ブブと振動した私のスマホ。滅多に鳴らない私のスマホが、授業中に――?
気になって、念のため確認すると、さっきのメールが届いていた。
「(これって、告白……だよね?)」
私、澤田朱音(さわだ あかね)が告白されたのは、この15年間で初めての事で……。そして私自身は積極的なタイプでもないから、告白した事がない。だから――今まで付き合ったことがない。彼氏ゼロ=年齢。
「(そんな私が……告白されてる……!?)」
だけど、分からないことが一つ。いや、二つ。
「(静之緋色(しずの ひいろ)って……あぁ、そう。クラスメイトだ。だけど、一度も話した事ないよね?そればかりか、目を合わせたことも、挨拶をしたことも……)」
そんな相手が、なぜ私の連絡先を知っているかと言うと、クラスのグループラインにお互い登録しているから。きっとクラスの連絡先から、私を見つけて個別にメッセージを飛ばしてきたんだろうな。
「(しかも授業中にわざわざって……よっぽど早く伝えたかったのかな……好きっていう、気持ちを)」
いや、好きって……――自分で言って、自分で照れる。周りから見ると、一人で笑ってる怪しい人だ、絶対……。
だけど、今まで告白された事がない私からすると、告白されて浮かれない訳がない。
「(落ち着け、落ち着け……深呼吸……っ)」
心を落ち着けるために冷静を装ってみるけど……。意味なくシャーペンをノートに走らせてみたり、特に重要じゃない箇所をマーカーで引いたり。あとで見返して「この日の私どうした?」って頭を抱える自分を、簡単に想像できる。
「(はぁ、何やってんだろ私……)」
ため息をついて、とりあえず視線を上げてみる。いつの間にか進んだ、黒板の先生の走り書き。そして静かな教室内――
「(あぁ、そうか)」
同じクラスの静之くんも、この空間の中にいるのだと、ふと思い出す。
「ってか静之くんって、どんな人だったっけ?」と、今更ながら、告白してきてくれた子の顔を見たいと思った。
今は高校一年生の四月。入学したばかり。覚えが悪い私は、名前と顔が一致していない人が多かった。静之くんも、その一人。
「(えーと、静之くんって確か……私と一緒で、一番後ろの席だったはず)」
最後尾の席という強みを活かして、授業中にも関わらず、大胆に視線を動かす。静之くんは私と同じ一番後ろの席で、私と対になる場所にいた。私は廊下側。静之くんは窓側。間に机が三つ入ると、必然と静之くんとの距離は遠くなって……。姿を見たいのに、よく見えない。
もどかしい気持ちを押し殺しながら、ゆっくりと椅子を後ろへ引いた。全ては、静之くんを見るために。
すると簡単に、視界に静之くんを入れることが出来た。そして静之くんの姿を見た瞬間、
「(う、わぁぁ……)」
私の心臓が、大きく跳ね上がった。
なぜなら――
キリッと伸びた背中。美しく握られているシャーペン。そして、真っすぐに机の横にかけられた綺麗なカバン――静之くんがキチンとした人なんだと、すぐに分かった。
だけど、彼の魅力は、そこだけで止まらなかった。今まで黒板を見ていた静之くんは、私の熱い視線に気づいたのか、少しだけ頭を動かして私を見た。
すると、ぶつかる瞳と瞳。彼の瞳は黒色で、彼の髪の毛と、同じ色だった。切れ長の瞳。通った鼻筋。そして形の良い唇――まさに「イケメン」と呼ぶにふさわしい美貌を持った男の子。
それが、静之くん。
「(やばい……カッコよすぎる……っ)」
頭の中が、一気に騒がしくなった。それは、良い意味でも、悪い意味でも。静之くんがイケメンで素直に嬉しい。だけど……告白されて呑気に浮かれていたけど、あんなカッコいい人が私に告白っていうのは変だ。かなり変だ。だって私は、可愛くもなければ美人でもないし、そして愛嬌があるわけでもないから。
というか、むしろ……
ボーッと考えていた瞬間、先生に「じゃあ澤田」と指名された。やばい、全然聞いてなかったから分かんない……。
こういう時に、友達の一人や二人いれば「ここだよ」とか教えてくれるんだろうけど……私は、友達がいない。入学して日が浅いからとか、そんな理由じゃない。私の雰囲気が、人を寄せ付けないからだと思う。
「澤田ー?どうした?」
「(やばい、やばい……っ)」
沈黙を貫いている私に、先生が首を傾げながら聞いてくる。私は小さくなりながら「わかりません」と言った。
そう。言った、つもりだった。だけど、他の人が聞いたら、私の声は無音らしい。先生が「おーい?」と未だに解答を求めてくる。
私は最後の望みで、縋るように先生の目を見た。だけど返ってきたのは、先生の「はぁ」というため息と、呆れた声だった。
「澤田、いつも大きい声を出さないと何も聞こえないぞー。分からないなら、それでもいいから”分かりません”くらい言ってみろ」
「!」
なにもクラスの皆の前で、そんな事を言わなくたって……!私の顔が、一気に熱を帯びるのが分かった。皆の視線が集まっている。私に穴が開くのかってくらい、見られている。
さっきまで告白をされて有頂天だったのに、なんで今、こんな惨めな気持ちになっているのか――考えれば考えるほど虚しくなって、結局、無言で下を向く。そして先生の興味が逸れるまで、自分の足を見続けた。
すると、私に問うのを諦めた先生が「じゃあ隣の沼田、答えて見ろ」と私から視線を外す。ホッ――と肩の力が抜けたのが分かった。
「(良かった。これが、今日最後の授業で。今すぐにでも帰りたいよ……)」
私は昔から、あまり喋らない。
本当は喋れる。声は出る。
だけど、喋らない。昔から。
きっと、もう性格なんだと思う。
両親は昔こそ熱心に「もっとお話ししたら?」とか言った。私を何とか他の子と同じようにしようと。
だけど、今では「それも個性だもんね」と、全てが丸く収まる言葉で片づけている。「私」を諦めたんだろうなって悲しくなる。けど……。きっと今まで、私はたくさん両親を悲しませてきたから。いいんだ。
「個性」という言葉で、私という「問題児」が解決するなら。悩まないなら――両親には、ずっと私の事を「個性」と言い続けてほしい。
と、そんなことを考えていたら放課後になっていた。もう静之くんの事を考える心の余裕が無かった私は、鞄を持って、いそいそと教室を後にしようとした。
だけど、ドンと、私の背後に衝撃が加わる。見ると、隣の席の沼田くんだった。
「(……ペコ)」
きっと、たまたま当たったんだと思って会釈をしたけど、「ちょっと待って澤田」と私の名前を呼ばれる。ビックリした。私に用があるんだ……。
「なに?」という返事を省いて、沼田くんに振り返る。すると沼田くんの顔には「怒り」が浮かんでいた。
「(もしかして沼田くん、私に怒ってる?え、でも、何に?私、何か怒らせるような事したっけ?)」
沼田くんは背が高い。しかも、一重だからか目つきが悪い。そんな人に見降ろされたら、迫力満点だ。足から震えあがってしまう。だけど「やめて」なんて……怖くて言えない。
すると沼田くんは「あのさぁ」と腕を組んで私を見る。私の顔を見るのも嫌そうな態度だな……。
「澤田さ、授業中あてられたら答えてよ。なんで答えないんだよ。澤田が答えなかったら、高確率で俺のとこに順番が回ってくるんだよ」
「(あ、そういうことか……)」
つまり、私の尻拭いを、沼田くんがしてくれてるんだ。そして沼田くんは、その事に怒っている、と……当たり前か。もちろん、先生が悪いわけじゃない。もちろん、沼田くんが悪いわけじゃない。悪いのは――私。
「いい加減、迷惑してるんだよ。バカみたいに簡単な問題も答えられないで……。澤田、なんのために授業に出てんの?」
「……」
「ここでも何も言わないの?マジなんなわけ?澤田」
「はぁ」とつくため息は、さっきの先生よりも重く深い。その声の調子で、沼田くんは続けた。
「授業がダルいんなら出ないで。保健室に行ってボイコットしなよ。ってか、もし本当に答えが分かんないんなら、ちゃんと家で勉強すれば?」
「……っ」
吐き捨てられた鋭利な言葉たちは、ナイフへと姿を変えて、私の胸にダイレクトに刺さった。だけど頭は冷静なもので、「これが沼田くんとの初めての会話かぁ」――とか考えている。
そんな殺伐とした雰囲気の中――こんな状況でも助けてくれる人はいない。むしろ「入学早々ケンカ?」とか囁き合って、皆して高みの見物だ。
自分で何とかしないといけない。震える足を必死で隠しながら、さっき沼田くんにバカにされた頭を使う。
「(ごめんなさいって言えば、沼田くんは許してくれるのかな……)」
いや、それじゃあ許してくれない気がする。「喋れるじゃんウザ」って、またナイフみたいな鋭い言葉が返ってくるんだ。それで傷つくのは……私。
「(また傷つくのは、嫌だな。どうせ傷つくなら、謝りたくない……)」
そんな本末転倒な考えをし始めた――その時だった。沼田くんが「あ?」と声を出す。私は俯いていた顔を上げると、沼田くんの後ろに人影が見える。どうやらその人が、沼田くんの肩を叩いたようだった。
「(え、あ……ウソ……っ)」
少しだけ体をずらす。そして見えたのは――静之くんだった。静之くんが沼田くんを、眉を下げて柔らかい笑みで見ている。うんうん、と、優しい笑みで頷きながら。
すると沼田くんは少しの間、静かになった。もっとヒートアップしちゃうんじゃないかな?って思ったけど、意外にも頭の熱は冷えていったようだ。既に抱えていたカバンを持ち直し、鋭い眼光で私を見る。
「明日も同じ調子だったら、今度こそ許さないから」
そう捨て台詞を吐いて、沼田くんは私を追い抜いて教室を後にした。残った私と静之くん、そしてクラスメイト――皆の空気は重く、そして、淀んでいる。
静寂に包まれた教室。この教室にいるのが嫌で、私は静之くんを初めとする皆にペコリとお辞儀をし、足早に教室を後にした。
「……っ」
ガクガクと震える足に鞭を打ちながら帰る放課後は、どうしようもなく泣けてくるのだった。
帰り道――――川が流れているのを見ると落ち着くかなと思って、遠回りをして橋の上にやってきた。確かに、夕日を反射する川はキラキラ光って綺麗だし、水の音にも癒される。
だけど……私の胸に刺さった沼田のくんのナイフは、外れそうにない。スポっと外れて、あの川のように流れてくれない。いつまでも、私を傷つけている。
「はぁ、最悪……」
最悪なのは、皆の前だというのに私を注意した先生か。キツイ言葉で私を責めた沼田くんか。誰も私を助けてくれなかった皆か――いや、違う。
「悪いのは、全部……私」
私以外の、何者でもない。私が私でなければ、教室の中は……いや、世界の全てが上手く回るような気がした。
「水、綺麗だなぁ……。いつか私も綺麗に、なれるかな?」
少しだけ前のめりになって、川の中を見る。
すると、突然。
そこから視界は暗転する。
いきなり真っ暗な世界の中に引きずりこまれた。だけど、その事に驚く暇もなく、大きなサイレンのような音が、どこからともなく鳴り響く。
ブー
それは、どこかで聞いた音。そうだ、昔、両親と見に行った映画館で聞いた音。始まりの合図。開始を意味するブザーの音。
だけど、それが分かったところで、どうにも出来ない。私は暗闇の中でクルクル回転しながら進む自分の体を、制御できずにいた。
どこに向かってるんだろう――そんな当てもないことを、こんな状況で考えてしまう。私、一体どこへ……?
すると、どこからか、声が聞こえた。
「うぜぇ。俺の嫌いなタイプだ。大嫌いな奴だ」
それは空耳だったのか、何なのか。誰もいない暗闇へ目を向けたけど、声の主は見つけられなかった。
あぁもう、一体、何がどうなっているんだか――怖くなって、両目を強く強く、ギュッと瞑る。
そして――次に目を開けた時は、アパートの一室にいた。どこのアパートか知らない。誰が住んでいるのかも分からない。だけど、見知った人物がいた。
それは――
「あぁ……あんたか。澤田朱音」
「……静之、くん……?」
「来ちまったんだな。お前が」
「どういう……?」
部屋着でくつろぐ、静之くんの姿。真っ暗闇の世界から、突然。静之くんの日常とも言える場面に切り替わる。
「(え、あれ……私、川にいたんじゃ……?)」
理解ができなくて、ちょっとしたパニックになる。だけど狼狽える私に、静之くんはこう言った。
「まあ、上がれよ」
それだけ言って、ニヤリと笑った。
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