第7話 四夜目*キスで帳消し(続)



ブー



「あのキスは一体どういうことって、聞いてもいい?」

「……もう聞いてんじゃねーか」



今日もブザー音が鳴った後に、部屋に集合する私と静之くん。夕方に離れた時の彼とは違って、今日もまたダルンダルンの黒のジャージを着て、マグカップを危うい角度で持っている。


静之くんは地べた。私はソファ。座った後に「そういや、昨日はこのソファに押し倒されたな」なんて危機感を覚える。後の祭りだけど。


今更位置を変えるわけにもいかず。そして沈黙にも耐えかねて。私はついに、今日の事件について聞くことにしたのだった。



「静之くんとは付き合ってる。けど、昨日からでしょ。なんでいきなり、キ…………キスなんて。しかも、あんな公衆の面前で!」

「キスっていうまでに、すげー時間かかったな。さすが、ファーストキスがまだだった女」

「ちゃ、茶化さないで!」



ダンと握りこぶしをソファにたたきつける。だけどソファが柔らかすぎて、私の怒りも「ぽす」という可愛らしい効果音に代わってしまった。その事に更に腹が立ってワナワナ震えていると、静之くんはマグカップを置いて「言ったじゃねーか」と私を見据える。



「い、言ったって、何を?」

「お前のファーストキスは貰うって」


「今日、あんな形でとは聞いてない!」

「へーへー」



静之くんは、怒られているという自覚がないみたいだ。私の声は右から左の原理で、彼の体をすり抜ける。全く反省していない、というのが手に取るように分かる。



「別に、静之くんと付き合ってるって……内緒にしたいわけじゃないよ。ただ、時と場所を考えてほしいの!」

「時と場所?例えば?」

「~っ」



そんなの、私が知りたいよ――という言葉を飲み込んで。ありのままの言葉で、必死に伝える。



「そ、外で、どうしてもしたくなったら……一瞬で、ちゅって、終わらせて」

「……」


「……」

「……ぷ」



静之くんが大声をあげて笑ったのと、私が「笑いたいなら笑えば!?」と声を上げたのは、ほぼ同時だった。



「は~おかし。そんなに人の目が気にあるなら、外ではするなって言えばいいだろ」

「静之くんの気持ちを踏みにじるのも違うかなって……そう思ったの」


「ふ、これだから恋愛未経験者は」

「う、うるさい……っ」



その後、静之くんから色々と教わった。内容は……男はオオカミ、ということだ。



「性欲っていう本能に任せてたら、男なんて所かまわずだからな。そこは”ダメ”ってちゃんと断らねーと、ひでー目にあうのはお前だからな」

「お前だからなって……。それは静之くんが我慢してくれたらいいんじゃない?自分でそこまで男のサガが分かってるんなら……」

「……ま、そーだけどよ」



今まで楽しそうにニコニコ話していた静之くんの顔が、いきなり曇った。あれ?なんだろう。私、何か変な事を言ったかな?心当たりがない。素直に聞いてみようか、よし――と心を決めた時。


「お前、いつまで俺と付き合うんだよ?」と、静之くんが真剣に尋ねて来た。



「え、いつまでって……どういう事?」

「付き合うからには、期限があんだろ。しかも、こんな行き当たりばったりの付き合いなら、猶更な。俺らの恋人ごっこの終わりはいつなんだって、そう言ってんだよ」

「(終わり……そうか)」



その時、ハッとした。静之くんが、私との未来を描いていないことに。もちろん、私だって未来はまだ見えない。将来の旦那様、なんて事も思ってない。だけど、これから静之くんの事を知っていきたいって。もっと深く知れたらって。そう思ったのは事実だから……。



「(私たち、正反対の事を思っていたんだね)」



私が先を見ている横で、静之くんが終わりを見ている事実が、なんとなく寂しかった。



「(終わりを見据えた関係で、静之くんと、これから付き合っていくのかな)」



例えば、今日みたいに初めて手を繋いだ時も。初めてキスをした時も。ジュースをかぶって笑い合った時も。その先に「別れ」を感じながら、静之くんと過ごす「初めて」を経験していく――



「(そんなの、嫌だな)」



すると、自分でも驚くほど滑らかに、口が動いていた。その瞬間、静之くんは、私を見た。凝視していた。その姿は、私の動く口の形を、知りたがっているようにも見えた。



「期間を、決めないといけないのかな……?」

「どういうことだ」


「例えば、一週間だけのお試しって、期間を定めたとして」

「短いな」


「た、例えば、だから!」



静之くんは手をヒラヒラさせて「分かってるよ」と言った。現実で喋れない時にジェスチャーを使うことが多いからか、夢の中の彼も、身振り手振りが多い。そして動作が大きい。


だけど、別に気にならない。だって、その方が、夢の中のぶっきらぼうな静之くんに似合っているから。



「で?一週間と定めたとして?」



なかなか話し出さない私に痺れを切らしたのか、静之くんから催促が来る。こういうせっかちな所も、今の彼らしい。



「付き合い始めて、それで、一週間後……更に好きになってたら、どうするの?」

「は?そんなん、相手も好きになってるか確認して、お付き合い続行だろ」


「そっか……。ならさ、その一週間の間に悩んだ時間って、悲しい思い出にならない?」

「……どういうことだよ」


「結果的に、一週間後のお試し後も無事に付き合えたとしても。きっと、その一週間の間は、とても悩んだと思う。あと少しでお付き合いは終わるのに、こんなに好きになっちゃって、どうしよう……って」

「……」



静之くんは、もう喋らなかった。その代わり、マグカップの中のコーヒーを、コクンと喉を鳴らして飲み込む。



「私は、結果だけを考えるのは嫌だなって……そう思ってる、だけ。その過程も、大事にしたいなって。どうせなら、楽しい思い出がいっぱいの方が、お互いにとって良いでしょ?」

「まあ、そうだな」


「だから――期限は決めたくない。いつまでの関係とか、あと何日で終わるとか。そんなのは、私は嫌だ。だから、私が嫌になったその時は、静之くんは迷わず私に別れを告げて。私は、それに従うから」

「……」


「……た、たぶん。従うから」



強気な態度が一転。静之くんに説明しながら、頭の中で考えてしまった。例えば、今この瞬間に「別れよう」と言われたら、私は従順になれるだろうか?「分かった」と大人しく引き下がれるだろうか。


たぶん、無理だ――


きっと私は、別れを切り出された時に、少なからず抵抗を見せると思う。



「お前、締まらない奴だなぁ」



ハハハと笑う静之くん。ほら、こういう子供っぽさ全開で笑う姿も、今日初めて知ることが出来た。そして、静之くんの初めてを知ることが出来て、喜んでいる私が、ここにいる。



「あはは、あーおかしー」

「笑ってくれて結構です……。私の考えを言っただけ、だから」

「ん、分かってるって」



目の端をちょいと指で掬う静之くん。涙が出たのかな?私の言った事が面白過ぎて?笑い過ぎて涙が出た?



「(私……)」



そんなに子供っぽいことを言ってしまったかな?でも、夢物語を言ったわけじゃないんだけどな。きちんと伝わってるよね?私の想い――


不安になっていると、静之くんは「笑ったわ。でも」とマグカップから目を移して私を見た。その目はとても優しくて、慈愛に満ちた漆黒で――私の心臓が、僅かに刺激されるのを感じた。



「お前の言ってることは幸せしかねぇな。理想過ぎて笑えてくる。でもな――俺は好きだぜ。お前のそういう真っすぐなところ」

「え……」



風船で小突かれたような、柔らかい衝撃が頭に加わる。


え、今――静之くん、私のことを好きって言った?私の事を?好き?



「(そんな素振り、今までなかったから……そんな突然、言われても!)」



ボボと、一気に着火した私の顔の熱は、テーブルを挟んだ静之くんへと漏れてしまう。すると静之くんは、またお腹を抱えて笑い「これだから恋愛初心者は」と、本日二度目のセリフを言ってのける。



「お前の真っすぐな所が好きって言ったんだよ。それ以上はねーよ」

「わ、わか……てるよ……」



そりゃ、そうか。私の全てが好き、なんて。そんな事ないか。所詮、彼氏彼女の真似っこをしているに過ぎない私たちだもんね。


頭では分かっていたつもりだったけど、お前の全部を好きじゃないと言われた事に、少なからずショックを受けていたらしい私。見かねた静之くんが「まったく」と頬杖をついてため息を漏らした。



「しょーがねーなぁ。俺がお前の、その恋愛初心者脳を直してやるよ。」

「え、な、直るの?」

「そりゃ、直るさ」



静之くんはニヤリと笑う。そして、テーブルをひょいと。長い脚で一足飛びをして、私のもとへやってきた。


ギシッ


ソファの軋む音さえも、今の私には起爆剤で。これ以上、何かに反応しているのを見られるのが嫌で、パッと両手で頬を覆う。だけど、私の隣に並んで座った静之くんを前に、その手は通じない。私は、赤子同然。今は完璧に、静之くんのペースだ。



「じゃあ、キスしよーぜ」

「な……!?」



近づいてきて、何をいうかと思いきや。開口一番、彼が口にしたのは性欲だった。



「やめてよ、今は……そんな雰囲気じゃ、なかったでしょっ?」

「夕方のキスの方が、そんな雰囲気じゃなかったと思うけど?」

「で、でも、今も違うから!だから、ね?」



ソッと両手で静之くんの胸を押し返す。すると、思った通りだけど、ピクリとも動かない。グググー―と両者の拮抗が続く中、静之くんは口を開いた。



「お前の恋愛初心者脳を直すには、経験を積むしかねーんだよ。恋ってこんなもんかーって分かれば、一喜一憂しなくて済むだろ」

「そ、そうだけど……!でも、だからって、いきなりキスはハードルが高いから……!」


「夕方に、あんな激しいキスしといて、今更なにを照れてんだよ」

「(まだ二回目なのに、照れない方がおかしいって!)」



逃げるしかない。私が動くしかない。私を守れるのは私だけ――!


なんて思っていると。ひょいと、軽い力で静之くんにお姫様抱っこをされてしまった。



「お、お姫さま、!?」

「お姫様だっこな。こーゆーの、女子は好きだろ?」

「(確かに憧れだけど、今はやめてほしかった……!)」



パニックになる私を無視し、静之くんは「じゃあ隣の部屋に行くか」と歩き出した。



「へ?隣の部屋?」

「そーそー。お前気づかなかったの?この世界、今日は扉が増えててな。開けたら、なんとベッドがあったんだよ」

「へ⁉」



冷水を浴びたように、頭からサーと温度が下がる。だって静之くん、今、ベッドって言ったよね?そう言ったよね?もしかして、その部屋の名前って……



「し、寝室……?」

「そーそーあたり。しかもキングサイズだ。これならベッド一つでも狭くねーな」

「(ベッド一つ!?)」



頭が大混乱する私を、静之くんは「ホイ」と言って手を離す。すると重力に従って、私は真っすぐ下へ落ちる。そして、ボスンと――柔らかいベッドの上に着地したのだった。



「本当にベッドだ……」



呆然とする私に、静之くんは「何やってんだ、早く来い」と私を呼ぶ。見ると、今まで立っていた彼の姿は今はなく、既にベッドに横になっていたのだった。



「い、嫌。行きたくない……っ」

「そう怯えんな。大丈夫、なんもしねーよ。さすがにな」


「絶対?約束……っ」

「おー。するする」



気の抜けた返事を聞いていると、私だけガチガチに警戒しているのも馬鹿らしくなった。ずっと体に力が入っていて疲れたし、ちょっと横になりたい。このフカフカのベッドの上に……。


ギシッ


観念して、私は横になる。静之くんと大人一人分くらいのスペースを開けて、手足を広げて寝転がってみた。思った通りのフカフカ。心地いい。気持ちいい。このまま、眠ってしまいそう……。


この部屋――寝室に照明はあるけど、今は機能していない。


静之くんが雰囲気を出すためにわざと点灯しなかったんだろうけど、今はそれが功を成して、程よい眠気を連れてきていた。しかも、隣の部屋の電気が煌々と点いているから、ドアさえ開けとけば真っ暗になることはないし。



「(今日は、本当に色々あった……)」



青いノート。ジュース、キス。

そして――枝垂坂さん。



「(あ)」



自分で思い出して、ハッとする。そうだ、枝垂坂産との事で、思いついた私の疑問。それをまだ、静之くんに答えて貰っていない。



「静之くん」



答えを聞くべく、静之くんの方を向こうとした、その時だった。


ギュッ


突然、背後から抱きしめられる。あまりに突拍子もない行動に、ビックリして眠気も吹っ飛んでしまった。



「ど、どうしたの?静之くん……?」



静かな部屋に、ドキドキとうるさいくらい早鐘を打ち付けている私の心臓。どうか音が漏れませんようにと願う私の横で、小さな声で静之くんが喋り始めた。その内容は、今まさに、私が尋ねようとしていた質問。どうして静之くんはいつもニコニコしているのか――という疑問だった。



「現実の俺はさ、喋れないわけじゃん?」

「うん、そうだね」


「なぜかお前は、俺の口パクが通じるみてーだけど」

「うん、そうだね」



お互い不思議なことと理解しているのか、小さな笑いが零れる。静之くんは続けた。



「喋れない俺が、喋れる皆みてーに振る舞ったら、どうだよ。自分がイライラしている時に、喋れなかったら。イライラした内容を話せないまま、なんで俺が怒ってるか他人に理解されないまま。そして時間が過ぎていく。その時間を経て、皆は俺を避けるようになる。仏頂面した喋れねー奴って」

「そんな、」



そんなことはない――と言いかけてやめた。静之くんの話しぶりからして。その話は、彼の想像の世界ではないかもしれないと、そう思ったからだ。



「昔……何かあった?」

「……小学校の頃だ。病気をして以来、耳が聞こえなくなって。友達は多い方だった。でも、今までの俺から声を失くした俺を、誰も必要としなかった。今まで通りに笑って、悲しんで、怒って。今まで通りの俺、ただ声が出ないだけ――そう思ってたのは、俺だけだった。すると次第にいじめられるようになった。その時期の俺は、やっぱり悩むことが多かったし……辛気臭かったんだろうな。邪魔になったんだろ。何も喋れない静かで不気味な俺を見て、友達は敵へと変わった。すぐだった。時間は要さなかった」

「……」



黙ってうなずく。静之くんはゴクリと唾を呑み込んだ後、また小さな声で喋り始める。



「声が出ないってことは、俺は障がい者だ。それを、理解したのは中学に上がる前だ。教師と親から、支援学校を勧められた。いじめられて、心も声を失った俺は、迷わずそっちに進学した。だけど……また、頑張ってみたくなったんだよ。支援学校は楽しかった。みんな、何かしらの理由があって支援学校に登校している。その理由を、あっけらかんと話す奴も、悩んで口を閉ざす奴もいた。右を見ても左を見ても、同じ境遇の奴らがいて心強かった。俺にとって初めての理解者が、その学校にはたくさんいたんだ。だけど、切磋琢磨しあっているうちに、また……頑張ってみたくなったんだよ」

「……高校受験?」


「そー。親には止められたよ。普通の高校に行くと、また小学校の時みたいに俺が塞ぎこんでしまうんじゃないかって、不安そうだった。担任も、そして支援学校の友達もだ。皆が緊張した面持ちで俺を見ていた。だけど俺は、試したかった。今の自分で、どこまでいけるか――無性に、試してみたくなったんだ」

「……そっか」



そうなんだね。だから、私と静之くんは会えたんだね。そこには、静之くんの努力があったんだね。


そして葛藤。悩み――全てを一人で決めて、そして今の高校に入学した。それは、静之くんにとって、緊張の連続だったんじゃないかなって。なんとなく、そう思った。



「ハンデを持つっていうのは、何かの機能がない分、他の所で頑張らないといけないってことだ。俺は小学校で着の身着のまま振る舞ってたら、いじめられた。だから、もう二の轍は踏まない。変わってやる、変わって、普通の高校でも立派に過ごしてやるって。そう思って編み出した処世術が、常にニコニコしてる事ってわけだ」

「(あぁ……なるほど)」



彼の笑顔の裏に、ここまでの過程があったなんて。知らなかった。同時に、今、知ることが出来て、本当に良かったと思った。



「ニコニコしてるのは疲れる。けど、最初だけだ。慣れてしまえば、もうなんてことは無い。今日みたいな枝垂坂の言葉にも反応せずに乗り切ったし。俺を強くする仮面みたいなもんだよ。あの笑顔は」



あははと笑う静之くん。私は、眉間にシワを寄せて、そんな彼を見た。



「……本当に、その仮面をつけたら、強くなれてるの?」

「どういうことだよ」



静之くんは、まるで睨むようなトゲトゲしい口調で反論した。



「俺が弱いって……そう言ってんのかよ?」

「弱い……というか、完璧には強くなれてないよ。だって、枝垂坂さんから言われたあの時――確かに静之くんは、傷ついた顔をしていたもん」


「……は、冗談、」

「本当だよ。私には分かる。私には……静之くんの心が、泣いているように見えた」


「……」



静之くんは何も言わなかった。代わりに、ギュッと、私を抱きしめる腕に力がこもる。「もう黙れ」ってことかもしれない。だとしても、これだけは伝えたい。


静之くんに、どうか、届いて――



「静之くん、私はね。静之くんが弱さを見せたっていいと思う。ずっとニコニコできる強い人って、きっと世の中に存在しない。皆、自分の弱さと一生懸命向き合いながら生きてるんだよ。だから静之くんも、仮面の下で孤独に戦わないで。


辛い時は、私を頼って。だって私、静之くんの彼女だもん。力になりたい。支えにだって、何だってなりたい。静之くんが笑ったら、私も笑顔になれるから」



一気に喋ると、静之くんは「ふっ」と声を出す。きっと、笑ったんだと思う。



「……語っちゃって、ハズイ奴」

「う……いいもん。なんとでも言ってよ」



そう言ってダンゴムシのように、体を丸めようとした瞬間。静之くんが私の体をグイッと回す。思ってもみなかった方向に力が加わり、私は簡単に、静之くんの胸の中にポスンと納まった。



「……へ?」



驚いて、静之くんを見上げる。

すると、次の瞬間――


チュッ


可愛いリップ音と共に、まるで小鳥がついばむような軽いキスが、私の唇に落とされたのだった。



「え、今……」



キス、だよね?キスしたよね?


聞こうとすると、今度は静之くんが私に背を向ける。そして小さな声で「これで帳消しだからな」と呟いた。



「なにが、なにを、帳消し?」

「……お前を誤解してた事。お前の望みのシチュエーションでキスしてやったんだから、これでチャラな」

「は、はぁ?」



訳が分からない静之くんの理論を並べられて、頭に疑問符ばかりが浮かぶ。だけど、さっきキスされたのは確かだ。現実だ。また、顔に熱が集まるのが分かった。



「き、キスしてって、別に頼んだわけじゃないんだけどっ」

「いーんだよ。じゃあ俺は寝る。おやすみ」

「は、はぁ?もう、どこまで自由なの……」



呆れながらため息をつく。その時に、ちょいと頭を持ち上げて、静之くんのむき出しになっている耳を見る。すると、



「(あ、色がついてる)」



それは、暗くても分かるくらい「赤」に染まっていたのだった。



「(実は照れてる?キスしたこと)」



真相は分からない。だけど、夕方に外であんなキスを何度もしておきながら。いま現在、ベッドで二人きりというシチュエーションにかかわらず、やらしいキスはナシ。しかもキスの回数が一回に留まっているという事実。



「(まさか、我慢、してくれてるのかな……?)」



その事実に、ドキンと胸が高鳴った。それは静之くんがするには、あまりにもジェントルマンな行動で。彼のぶっきらぼうな言葉に似合わない言動があるのだと。初めて知る、夢の中となった。

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