第11話 気を取り直して
ヴィッキーはしばらく落ち込んでいたが、気を取り直して本題に入った。
「ところで君たちどうして僕に会いに来たの?」
「アーサー劉っていうインチキ藪医者の様子を見てくるようにお巡りさんに頼まれたんだよ」
と、ヴィッキー。
「なんでお巡りさん!?」とアーサーがギョッとする。
「それは話せば長くなるから省略するけど、ナイチンゲールはここで何やってんの?」
と、ヴィッキー。
「日本語にすると長いし、アーサーで通してるからそうしてくれ」
「わかったよアーサー」
ロシア語のナイチンゲールはもっと語感が短くキャッチーだった。
「お巡りさんに告げ口しないでよ、別にちゃんと治療できてるし」と口を尖らせるアーサー。
「アーサーさん、なんで日本に来たんですか?」と百合。
「最初は身近な人を治してたんだけど、中国の仙人みたいな人が教祖みたいに僕のことを扱って、教団ができて、ある程度儲かったんで、外国人が住みやすいって聞いた日本に移り住んだんだよ」
「なるほど」
いちいち引っかかるが止めてたら永遠に終わらない気がしたので百合は続きを促しすように質問した。
「なんで日本人の貧民街で治療院を?」
「なんの免許もないから西洋医学は無理で、中国とか韓国人街は、マジもんの東洋医学の専門家がいるからとてもインチキではやって行けないし、日本人の貧民街なら多少グレーでも大丈夫そうだし、治安もそこまで悪くないからね、いい感じにほっといてもらえていいんだ」
「やっぱりインチキなんですね」
「薬がラムネだったとか、霊能者じみたことをしてるとか色々言われてるぞ、あとこの金どっから来たんだよ、ハッパか?」
ヴィッキーは、本革のソファの淵をたたき、アーサーが葉巻をふかしている仕草を真似した。
外国人が増えた結果、外国人に選挙権が認められることになり、外国人票が欲しい与党が近年一部地域に限り合法化したのだった。栽培は免許制となったが。
「だって治せちゃうからね、薬は高いし、風邪なら治してあげて気休めにラムネ食べさせといたり確かにしたね」
「はは…」と苦笑いする百合。
「収入源は、霊能者だね」とニヤリと笑ってバサリと本を出す。
『病を治すハンドパワー! 著者アーサー劉』
表紙は、これでもかと言うくらい胡散臭い。
「胡散臭いな」とヴィッキー。
「だって胡散臭くしとかないとこんな能力大事件じゃない。モルモットにはなりたくないよ」とアーサー。
なるほどそう言うわけか。
「何だよこれ中身ほとんど聖書じゃないか」
と、ヴィッキー。
「ちゃんと原語から訳してるから著作権は問題ないよ」
「変なとここだわるな」とヴィッキー。
「何で聖書ですか?」
「これが僕のビジネスモデルさ」と得意げに話すアーサー。
「自分で教理とか作るのは大変だし、宗教作ったら、患者の精神的サポートまでしなきゃいけなくなる、これは手に負えない。そこで、金持ち相手に10分何万円とかで吹っかけて健康問題の相談に乗って、何回かかけて、経済状況とか家庭の状況とか色々聞き出す」
「精神的サポートしてるじゃんか」と、ヴィッキー。
「ここからがポイントなんだよ、まずこの過程で十分に儲けてから、神が貴方に、貧民街の住人に寄付をするように言っています!というと、寄付してくれるから、そのお金でうちの治療院に来る人が金払えるようになるでしょ」
「はあ」と百合。
「それで、あらかじめ人の良さそうな牧師さんのいる教会をピックアップしといて、神はあなたに、この教会に行くようにお告げをしていますって言うのね」
「なんだそれ」とヴィッキー。
「そして教会に行ってきたとなると、これからは聖書に書かれていることを守って、教会に通い、牧師先生の言うことに従って歩むようにするとここで誓えばあなたの病は必ず治ります!って言って誓わせて、その場でちゃちゃっと治してあとは終わり」
「その人はもう来ないのですか?」と聞く百合。
「そこまででたっぷり儲けてるしさ、そんな高額の相談費用払うやつなんて掃いて捨てるほど金があるのよ。あとの精神的サポートは全部教会がしてくれるし、病気や怪我が治ってるからね、説得力が違うよね。それに隣人を愛しましょうとか聖書って基本良いことしか書いてないし、あれが罪ですよ〜これが罪ですよ〜とか書いてあること守ろうとしたら大抵のトラブルも減るし、何かあっても牧師さんに相談するようになるからこっちにはもう来ないよ」
「丸投げかよ」
「それに僕が治したんじゃなくて、神が治してくださったんです!って言うわけだからぼくの超能力も隠れるわけだ」
「本にはハンドパワーって書いてあるのに?」と百合。
「それは釣りよ。神に帰依するような人なら最初っから教会に行くから、ハンドパワーとか書いてないとだめなのよ」
と、アーサーはハッパをふかす。チグハグだ。
「なんか…すげぇなお前…」と、ヴィッキー。
「それに、自分でもこんな能力ちょっと怖いしね、僕は神でも何でもないうっかり隕石に当たったただのインチキ野郎だから、神の力だって言ってた方が気持ちが楽だ…」
と、アーサーが肩をすくめた。自分で手に入れた能力ではない。隕石なんて神のみぞ知る領域だ。
誰がこんなことを考えるだろうか。他の宗教に丸投げする霊能者。
「貧しい人から金巻き上げたりしてないし、棄てるほど金がある人からちょっと貰ってるだけ。ラムネくらい許してよ〜」
「マイカにどう報告すればいいか…」
とヴィッキー。百合も頭を悩ませる。
「マイカって知り合いのお巡りさん?」
「そうだよ、アーサーが全部話してくれたからこっちも事情を話すね」
と、ヴィッキーは百合を見ると百合も頷いた。
マイカの狼人間部分だけ、ただ弱みを握ったと省いて、Vigilanteについてなど、一通り話した。
「なるほどね〜百合ちゃんとっても優しいね」と、アーサー。
Vigilante は元々百合が始めたことだった。アカハラで困っていた友人を百合が助けようとしたが、誰にも取り合ってもらえず、ヴィッキーが手を貸したのが始まりだった。
「今のところは、ちょっとグレーだけど貧民街では頼れる治療院でそこまで悪どいことはしてないって言っておくよ」
とヴィッキー。
「アーサーさん、いろいろ言われないためにももう少し体裁は整えたほうがいいと思いますよ」と、気遣うようにいう百合。
「そうだよ、せめて薬剤師くらい置きなよ」
「いやあ、あの爺さん薬剤師だよ」
「それで置いてんのかよ、置物かよ」
と呆れるヴィッキー。
「アーサーさん、もしお勉強が苦手でなかったら、今は通学しなくても資格が取れますから資格を取得してはいかがですか?その方が色々とやりやすいでしょう?」
と、百合が勧める。”お勉強が苦手でなかったら”と入れたのがポイントだった。
百合はあえてそのワードを入れたのだった。
歳下の女の子にそんなことを言われて男がプライドが傷付かないわけがない。気遣うようで毒を仕込んで、相手を誘導する賢いやり方だった。それを嫌味がないように言えるのが百合だった。
「一応僕もヴィッキーと同じ特殊訓練を受けて色んな知識は詰め込まされてきたから勉強ができないわけではないからそのうちやっとくよ」
上手く乗せられたアーサーだった。直ぐに資格を取るだろう。
また、会おうと連絡先を交換し合って治療院を出ると、二人は近くの教会の前を通りかかった。
すると、やたらと身なりの良いご婦人が教会の庭で元気に炊き出しをしていた。貧民街の人々が大勢、列を成している。メニューも栄養満点でなかなかコストがかかっていそうだった。
「アーサーさんのインチキによる富の再分配効果は実はすごいのかもしれないわ…」
と、百合がシリアスな顔で呟いた。
「アーサーにあの能力が備わったのは神の采配だな」
と、ヴィッキーも冗談抜きに呟いた。
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