第9話 エンカウンター
苽生は慌てて街を走っていた。
人のいない路地へと走って向かう。
ものすごいスピードで走り去る大男を驚いて通行人は振り返るが構っている暇はない。
電灯のない真っ暗な路地裏を見つけて慌てて入る、とそこは飲食店の裏側で休憩中にタバコを吸っている女性がいた。
美味しそうな匂い、気付くと女性の首に手をかけていた。
その時
ドカンッ
「いってぇ」
突然蹴り飛ばされてゴミ箱にぶつかった。
「姉ちゃん早く逃げな!」と、赤髪の男が女性に言うと慌てて女性が走って逃げて行った。
「どういうつもりだお前!」
と赤髪の男は怒鳴る。綺麗な顔立ちだ。いい匂いがする。
「お前シャブでもやってんのかよ」
と、赤髪。
次の瞬間、早すぎてヴィッキーは反応できなかった。
ガブっ
「グァァ!!!!!」
ハッと我に返る苽生、慌てて飛びのくが、口の中には既に甘美な後味。
俺はもう終わったと思った。人を殺してしまった。
しかし
「ってぇな!いてーな!いてーぞ!クソいてーよ!ふざけんなよ!」
と元気に男が叫んでいるではないか。
「あれ!生きてる!」
「クソやろーが!何嬉しそうに尻尾振ってやがるんだよ!」
赤髪の男は血まみれではあるが、肩のあたりの傷がみるみるうちに塞がっていく。
「お前…何?」と苽生。
「お前こそなんなんだよ!いきなり食いやがって!尻尾振ってんじゃねーよ!」
とキレるヴィッキー。
「あ、尻尾」
苽生は尻尾と耳が出ていることに気づいた。
「やばい!やばい!頼む!頼む!なんでもするからお願いだ!肉を1キロくらい買ってきてくれ!これ俺のカードだ!頼む!」
「はぁ!?なんで俺がテメェにパシられないといけねぇんだよ!殺すぞ?」
と、かなりお怒りの赤髪。
しかし、
「頼む!この通りだ!」と土下座する尻尾男。
「借しな!」ヴィッキーはカードを奪い取ると肉を買いに行く。血まみれの美青年は注目を浴びる。
「肉ってったってなんの肉だよ…」
少し歩くとスーパーがあったので、そこに入る。
「肉1キロある?」と聞くヴィッキー。
「いや、うち量り売りとかやってないんで」
と塩対応の店員。
「1キロ分くれって言ってんだよ!」とキレるヴィッキー。さっきの激しい痛みは引いたがアドレナリンがすごい勢いで出ている。
「店頭に置いてあるものが全てになります」
ヴィッキーは冷蔵庫に並ぶパックの肉をみる。
145グラム…135グラム…
全部1人向け少量パックだった。
「めんどくせぇ!」
そういうとヴィッキーは、鳥も、豚も、牛も、味付きホルモンも全部のパックをカゴにぶち込むと会計する。
割高だなおい、人の金だからいいが、とヴィッキーは思う。
「ありがとーございましたー」
と店員。
袋を買っていないことに気付くヴィッキー。
「袋聞けよコラ!手ぶらなの分かんだろが!どうやって持ってけっつーんだよ!」
と再びキレるヴィッキー。
「大きい方が1枚5円、小さい方が1枚3円でございまーす」
「大きい方に決まってんだろが!何で小さいの何枚も買わねーといけねーんだよ!」
「何枚ですか?」
「3枚」
「現金でお支払いですか?」
「あーもう現金でいいよ」
「ありがとうございましたー」
他の客たちが関わりたくないという顔で見ないように見ないようにしていたが、血だらけなのでどうしても気になって目に入ってしまう。
ヴィッキーは苛立ちながら苽生の元に戻る。通行人がギョッとしてヴィッキーを見る。人でも殺したかと思われたかもしれない。
「おい!買ってきたぞ!」
路地裏に入るとそこにいたのはかなり大きな、銀の狼だった。
「まじかよ冗談だろ」
と、ヴィッキー。
「あんたさっきのクソ野郎?」
ウンウンと頷く狼。
「何だか意味がわかんねーけどとりあえず食えよ」と、ビニール袋を地面に投げ出す。ヴィッキー。
前足で破くと肉に食らいつく。
「てめぇラップまで食ってんじゃねーよ!」
と、ヴィッキーはキレながら丁寧にラップをとってやる。
真空パックも外してやる。
「ったく、何で俺が餌付けしねーとなんねーんだよ」と、ヴィッキーが言いながら、肉を食う狼を見ている。味つきの肉はニンニクの芽を避けながら食べている。
犬って玉ねぎ食べたら死ぬんだよなとヴィッキーは思う。ニンニクも死ぬのかな。
そうしてヴィッキーは、ニンニクの芽を間違えて食べないようによけてあげた。
「くそめんどくせーな、手ぇベタベタだろうが」とヴィッキー。
すると手を舐めてくる狼。そして、血だらけのヴィッキーの首から顔も舐める。
「舐めてんじゃねーぞコラァ」
と、ヴィッキー。
食べ終わってしゅんとしている狼。怒られている犬みたいだった。
そして何か言いたげだ。
「なに」とヴィッキー。
すると狼だったものは、しゅるしゅると小さくなると人間になった。
「全裸かよ」と、ヴィッキー。
不覚にも激しく美しい体型に見惚れそうになる。残念なのか幸運なのかヴィッキーは夜目が効く。
「ごめん、服君が踏んでる」
ヴィッキーは、黒い布の塊の上にいたことに気付いた。
「さっさと着ろよ」と渡して後ろを向くヴィッキー。
ガサガサと布が擦れる音がする。
「さっきは本当にすまなかった」
と、苽生が言う。
「ああ本当だよ、死ぬかと思ったよ」
と、振り返るヴィッキー
「あっ」
「まだ着てねえーのかよクソが!着てから話しかけろよ!」
苽生はズボンを上げているところだった。
「面目ない」
「ああ本当だよ」
「はい、着ました」と苽生。
「で、アンタ、なんなん?」
「俺は狼男みたいなやつだ」
「みたいな奴ってかそれ以外なにある?」
「肉を食べていないと満月の日に自分の意志とは関係なく狼になってしまって、肉を食べるまで戻れないんだ」
「じゃあなんで前もって肉食っとかねーんだよ、俺じゃなかったら死んでたぞ!」
「それは俺の不注意だった。今日の夜、肉食ってると思ったら大豆ミートだったんだよ」
「あほなん?」
「そうだな…ちょっと忙しくて失念してたんだ」
「それと、君は一体何?」
「それよりなんか言うことないの?」
「食べてすみませんでした…」
ヴィッキーか睨みつけている。
「それと、ご馳走様さまでした」
「死にたいの?」
「ご、ごめんなさい」
「俺は狼人間でもなければドラキュラでもないよ、ただの特異体質だよ」
「特異体質って…」
「なんでお前にベラベラ喋んなきゃいけねーんだよ」
「すいません…」
「あと、お前刑事だろ?人襲ってどうなると思ってんの?」
「いや、それは、本当に助かった、君じゃなかったら、殺してた…」
「その前にさっきの姉ちゃんの首絞めてただろうが」
有耶無耶にしてやろうかと思ったがだめだったか、と苽生はくやむ。
「そ、それは…首に手をかけただけで…絞めてはいない…」
「殺意があったなら殺人未遂だ」
「頼む…見逃してくれ…不可抗力だったんだ…」
「それでいいのかよ」
「本当に反省している」
「知らねーよもう、別に通報したりしねーよ、姉ちゃん無傷だったしな」
「あと、俺のことは、誰にも言わないで欲しい…」
「要求が多いな刑事さん」
「やっぱり俺のこと覚えてた?」
「はぁ…」
「いや、デリケートなことだから、言うか言うまいか迷ったんだけど、この前のハーレーに乗って行ったお姉さんだよね?」
「別にマイノリティとかじゃねーから」
「何で男装してるの?」
「仕事のためだよ」
「何の仕事してるの?」
「ボディーガードだよ」
「君の名前は?」
「なんなんこれ?職務質問?」
ヴィッキーは苛立つ。眉間の皺がさらに深くなる。
「ごめんごめん、君いい匂いがするよ」
「なんだよ狼男の上に変態かよ」
「ユリの花の匂い」
百合が使っている香水の匂いだった。
「それが何?」
「俺はこんな体質だからさ、鼻がいいんだ。何度か嗅いだことがある香りだった」
「…」
ヴィッキーが警戒する。
「V」
と言う苽生。
2人はお互いの動悸が速くなる音を聞いた。緊張の匂いが漂う。
「君は、変装も得意なのかな?俺たち会うの3回目じゃない?」
「何を言ってるかわからないね」
「君にずっと会いたいと思ってたんだ」
さっきのあられも無い姿と一変して、苽生の姿は月に照らされて、銀髪が輝き、怪しげて美しく魅力的だった。
「古いナンパ?」
「君の力を貸して欲しい」
「私のこと食っといて何言ってんの?」
「それを言われると…でも君がVなら、気持ちはわかってくれると思うんだ」
ヴヴヴ…ヴヴヴ…ヴヴヴ…
ヴィッキーの携帯が鳴った。
「もしもーし」ヴィッキーが電話を取る。電話の相手は百合だとわかっている。
「ヴィッキー!遅いけど大丈夫?全然メッセージ見てないし!」
「ごめんごめん!今狼男にナンパされてた!」
(おい…言うなって言ったそばから)と、苽生が苦笑いする。
「狼男ー?もう!早く帰っておいで〜」
と百合が言う。
「心配かけてごめんね、すぐ帰るよ」
と、ヴィッキー。
そして電話を切る。
「この前の女の子かい?」
「そうだよ」
「一緒に住んでるの?」
「うん」
「仲がいいんだね」
「そうだよ」
「また会える?」
「会って改めてお詫びさせてくださいだろうが」
「ごめんよ、会って改めてお詫びさせて欲しいんだが、会える?」
「ああ、たっぷり詫びてもらうぞ」
とヴィッキー。
連絡先を交換する2人。
「あ、ごめん俺、苽生Micahと言います」
「私はヴィッキーって呼んで」
「俺はマイカで良いよ」
「何人?」
「カナダ生まれだ」
「へえ、カナダに生息してるんだね」
ハハ…と苦笑いするマイカ。
「君はどこ?」
「私はロシアあたりだよ」
「そうなんだ、どうぞよろしく」
「よろしく」
「ところでそのまま帰るの?」
マイカは顔の血は多少舐められて取れているものの、生憎シャツが白だったので大変なことになっていた。
「俺のジャケット羽織ってタクシーで帰りなよ」と、お金を握らされた。
「ああ、ありがたく貰っとくよ」
と言ってヴィッキーは帰った。
帰るやいなや百合に絶叫されたのは言うまでもなかった。
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