第8話 苽生の目的
警察組織もまたルサンチマンの矛先になっていた。「警察は我々大多数の国民を見捨てて上級国民だけに仕える犬なのか!」と桜田門のあたりではデモ隊がメガホンで叫んでいた。
「全く、Vは容赦ないなあ」と権田原。眉が太く四角い顔の口がへの字になると何かのキャラクターによく似ている。
「まだVと決まったわけではないですし、これは警察組織の問題ですよ」と、苽生。
「お前ヘラヘラしてんのに正論言うのな」と、同僚の岡崎。
苽生はなんとしてもVと接触したかった。日本国籍を取り、新卒で入った公安もやめて警察官になったのには理由があった。
自分には、目的がある。Vの力を借りられればその目的の達成がより確実になるかもしれない。
苽生はカナダで生まれて、米国の大学に進学した。そこで出会ったのが進藤正義であった。明るく社交的な性格の彼は、日本からの留学生でマサと呼ばれて、みんなに慕われていた。日本人のキリスト教会のリーダーをしていて、地域活動にも熱心で日本人留学生のサポートもしていた。
そのマサが6年前、突然死んだのだ。そしてその後の報道で彼は極左の反政府組織のリーダーで7年前のテロの主犯だったというのだ。
ありえなかった。7年前マサは普通に毎日大学に通い、自分と休みの日に遊びに出かけたりしていた。日本の貧富の差を真剣に解決したいと考えて、日本では高校生の時から炊き出しのボランティアに関わっていたそうなので、左側の思想を持っていた可能性はあったが、決して極左ではないし、共産主義者でもなければ、暴力行動なんてするはずがない人だった。完全な平和主義者だった。
苽生がマサと神の存在について議論した時、
「なぜ神がいるならこの世界から戦争はなくならないんだ」
と、苽生が聞くと、
「マイカ、戦争は正しさのぶつけ合いなんだ。神の義を離れて自分を正しいとして他人を裁く、それが原罪というものだよ」
と、マサは答えた。そのマサが自分の政治的正しさを主張するために暴力行動に出るなんてありえなかった。
マサの死を明らかにしたい。そのために苽生は父親の故郷である日本に行き、日本国籍を選んだ。
新卒で公安にキャリアで入庁したが、そこでは、もはや思想統制のための組織と化していてマサがリーダーだったとされる革命同志連盟などという組織は弱小組織で、高齢者の井戸端会議レベルだということが分かった。馬鹿らしい。
2年いたが、自分も思想統制の当事者になると思うとそのままいられるわけがなく、辞めて警視庁にきたのだ。
警視庁はまだマシだった。今回のように腐敗もあるが、自分の実体験をベースに正義を追求したいと志す真っ直ぐな者も多数いた。突然大きな権力を持ったら人は腐る。警察庁より警視庁でよかったと思っていた。ずっと動きやすい気がする。
「苽生、今日の合コンは美人揃いの三区女子だぞ」
と、コソコソ囁く岡崎。
「お!まじか!それは楽しみだ」
と苽生。内心三区女子とだけは絶対結婚したくない、と思っていたが、適度に食えそうな男を演じていた方が裏の情報は入ってきやすい。
「苽生さん、私の誘いは断るのに三区女子の合コンは行くんだ〜」
と、不満そうに口を尖らせたのは事務職員の清水美里愛だ。
「ごめんね〜この前はたまたま用事があってさ〜」と、苽生。
「いつもそういうんだから〜」
と、清水。清水は目のぱっちりしてお洒落な今風の女の子だ。コソコソせずに堂々と苽生を誘うところが逆にさっぱりしていて、他の女性職員からもそこまで疎まれたりしていないようだった。
苽生はモデルでも俳優でもなかなかいない美形だったが遊び人という噂があって、実際にチャラい態度なので、本気で苽生の妻の座を狙う者は多くはなかった。
合コンのレストランは、三区の新しい商業ビルの健康志向風のレストランだった。
集まった女子は確かにアナウンサー風の美人揃いだった。
有名大学出身者ばかりで、それなりに教養もありそうで、飽きてしまうような話の内容はなかった。そして、ちゃんと気を遣って最近の警察の失態については誰も触れてこなかった。
「苽生さんってもしかしてダブルですか〜?」
「え?何?」と、思って苽生は一瞬考えるが、
「ああ、そうそう、ハーフ」と答える。
ポリコレに気を遣ってハーフではなくダブルという言葉を選んだのか。聞き慣れなくて一瞬分からなかった。
「お父様?お母様?」
「父が日本人で母がカナダ人だよ」
「そうなんですね〜、生まれは日本ですか?」
「カナダだよ」
「え〜素敵ですね〜私モントリオールなら行ったことありますけどどこらへんのご出身ですか?」
「すごい山奥だからたぶん言ってもわからないよ」と、答える。
「そうなんですか〜ご両親何されてるんですか?」
「父は早く他界してて」
「あ、ごめんなさい…」
「気にしないで、母は…カナダの山奥で木こりでもしてるんじゃない?」と笑う。
「あはは木こりって絵本の中でしか聞かない言葉ですよ〜」と笑う。
彼女は先程までの苽生への興味のレベルは半減したみたいだ。
今女性たちに人気があるのはそこそこの顔立ちの、父親が会社経営者の家の次男の青山だ。
結局はお金か。
いくら顔が良くても、父親が死んでて母親が木こりじゃだめかと、隣の岡崎が横目で苽生を見る。
「なんだよ岡崎」と苽生
「いや、なんでもない」と岡崎
「お!取り分けなるちゃんありがと〜」と、岡崎がお皿を受け取る。
なるちゃんと呼ばれた女性は、ショートカットで小動物のような可愛らしい顔立ちの清楚系の女性で岡崎のタイプだろう。
「これ全部ヴィーガンなんて信じられなーい!」と、
と、唐揚げを食べながら女性たちが話しているなか、岡崎が苽生に話しかける。
「どの子?」どの子を推しているか聞いてきたのだ。
「お前はなるちゃんだろ」
「バレた?今日は青山人気だね」
「これだろ」と、苽生がテーブルの下で親指と人差し指で輪っかを作った。
岡崎は見た目はやや平凡だが性格はいい。結婚相手にはいいと思うが、そう簡単にもいかないものか。
もう1人連れてこられていた後輩の御堂筋はすっかり面白枠になってしまい、女性たちを笑わせていた。
ああ、なんかいい匂いがするな、と思う苽生。
ぐううう〜、苽生の腹が鳴る。
「お前、腹鳴ってんじゃん、ちゃんと食ってる?」
「ああ、食べてるありがとう」
おかしいなと思う苽生。
「苽生さん、どうぞ」と、なるちゃんが唐揚げを装ってくれる。
「ああ、ありがとう」
そう言って頬張る苽生。
「あれ…これ?」
「あ!それヴィーガンなんですって!信じられないですよね!」と、先程苽生と話していたアキナが話しかけてくる。
「へえ、そうなんだ」
あれ、ヴィーガン?あれ、待ってこれ肉じゃない?
苽生は、慌てて窓の外を見る。満月が輝いていた。
「満月…」
やばいぞ、やばいぞ。
「岡崎、俺、昨日何食べたっけ」
「えっと、夜は俺と焼き魚定食、昼も俺と煮魚定食」
「え〜2人仲良し〜」
と、笑う女性たち。
「魚?」
と、苽生。
「あれ、お前目…」
苽生は顔を覆う。
「ごめん…本当ごめん、俺寝不足なのに飲み過ぎたみたいで、気持ち悪くなっちゃったから帰る!」
「ええ?ちょ!ちょっとーー!!!」
と、岡崎がとめるが、顔の前で手を合わせ猛スピードで苽生は帰ってしまった。
「え?苽生さん帰っちゃったの?」
と、呆気に取られる女性たち。
「ごめんね!本当!あいつ酒弱いのに徹夜の上空腹に酒入れちゃったみたいで!」
と、岡崎が必死のフォローをする。
勘弁してくれよ〜お前がいるだけで、こっち側の顔面偏差値どれだけ上がると思ってるんだよ、これじゃ釣り合わないじゃないか、と思う岡崎。
青山だけは生き生きと輝いていた。モテ期到来である。
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