第7話 秋吉紗智


後日、マンションに宮内が帰ったところを見届けると、ヴィッキーはピザを持って向かった。


ピンポーン、フロントでインターホンを押す。ヘルメットをしたままだ。

「こんにちは!ウーマイーツ でーす!」


「頼んでないけど」と宮内


「ご友人からでーす」とカメラで画面を見せるヴィッキー。


ドアが開く。


エレベーターで35階まで行くと、インターホンをまた押す、すると宮内が顔を出したのでそこにすぐさま布で口を押さえて、薬品で眠らせる。


部屋の中に入ると、秋吉紗智がぼーっとしていた。


「秋吉紗智さん?」


「誰?」


「君の友達の佐藤くんの友達」


「佐藤?」

ヴィッキーは彼女の腕を見た。注射の跡が多数ある。覚醒剤だ。


「聞くけど君は自分の意志でここにいるの?」


「え?」と秋吉。まだぼんやりしている。


「薬打たれたの?」


彼女の顔が歪む。頷きながら涙を流す。



「学校の帰りに連れ去られて、それからずっとここ、スマホも捨てられた」


「ヤられた?」


うんうんと泣きながら言う秋吉。


「辛かったね。帰りたい?」


うんうんと頷く秋吉。


「じゃあお巡りさんに通報しよっか」

と、ヴィッキーが携帯電話を手渡した。


しかし戸惑う秋吉。


「大丈夫だよ、同意していないのに薬を打たれたんだから逮捕されたりしないよ」

とヴィッキーが言う。


秋吉が安心した顔をすると110番した。


警察が向かうとそこには床で伸びている宮内伸二郎と秋吉紗智がいた。


警視庁捜査一課は頭を抱えた。秋吉の捜索願は4ヶ月近く前に出されたものが受理されていない。秋吉には余罪があり、それぞれが所轄警察署で裏金によって隠されていた。


これは警察の不祥事だ。

宮内は現行犯逮捕されている。今鑑定しているが恐らく覚醒剤を使っていた。


秋吉はヘルメットを被った何者かが助けに来たと証言しているが、その人物は全く足取りが掴めない。防犯カメラも確認したが、なぜか映っていない。


捜査一課ではVの仕業ではないかと噂されていたが何の証拠もなかった。


秋吉紗智は薬物を打たれていたためしばらく入院となったが、秋吉の母親は彼女を見るなり泣き崩れて謝った。


ヴィッキーはその様子をさりげなく確認して病院を立ち去った。


「もしもし?佐藤さん?

こちらVigilanteです。秋吉さんの救出が完了したので、お知らせします」


「え!?本当ですか!!彼女は今どこに?」


「第1区の病院にいるので行ってあげてください」


「はい!ありがとうございます!本当にありがとうございます!」


「それと私たちのことは秘密にしてください」


「わかりました!言いません!それと、依頼料は…?」


「ああ、それなら採算取れたので大丈夫です」


「ええ!?いいんですか!?」


「はい、これから彼女は困難に直面するかもしれないので支えてあげてください」


「わかりました!」


「あと、明日週刊スッパ抜き!を買ってください、これを依頼料としましょうか」


「へ?あ、わかりました」


ヴィッキーと百合は目を合わせて笑った。

その先には疲弊した男の姿がある。大学の近くの隠れ屋のような喫茶店ヘルメス。くたびれたジャケットを着た20代後半の男が少し伸びた髭をボリボリ掻いている。


「報酬…持ってきましたよ〜」と、言う男はヴィッキーと百合のゼミのOBである。


「ご苦労さん!太田先輩!いい記事書けました?」と百合。


「へへい、おかげさまで…殺されないといいな…」と物騒なことを言う太田。黒縁メガネ、細面になんとなく信頼できなそうな目、筋肉のなさそうな身体つき。


彼は、ヴィッキーと百合を盗撮して写真を売って金を稼いでいたのがヴィッキーにバレて、弱みを握られた週刊誌の記者であった。


それからは彼女たちの言いなりであるが、とんでもない情報を売ってくれるので逃げられないでいるのだ。


明日の誌面にはペット用カメラで撮影された警察が宮内の家に入り、逮捕する現場をしっかり載せてもらった。


「毎回思いますけど、どうやってこんなもの入手したんですか?」


「それは企業秘密だよ、私たちのこと調べたら宮内が殺しにかかっても見捨てるからね」


「冗談じゃないですよ〜」

とナヨナヨと言う太田。


「これからしっかりホテルまで送迎頼みますからね〜」と太田が続ける。連日警察が記事を書いた記者を出せと出版社に来るので太田はビジネスホテルにしばらく隠れているのだ。


「もちろんよ、これからもいい記事書いてね」と百合


「はぁ…寿命が短くなりそうです」

と、太田。


次の日、週刊スッパ抜き!の記事に世間が反応して、テレビニュースでも報じられるようになった。唯一報じていないのは国民放送だけであった。与党で閣僚も勤めた議員の息子の不祥事に、格差によって分断された社会のルサンチマンが集中した。


他の週刊誌も警察が宮内の息子の事件を隠蔽していたことを報じて、宮内昭彦は窮地に立たされた。野党からは辞職が妥当だと声が上がったが、いつまでものらりくらりと批判を交わして議員の座に居座り続けた。しかし次の選挙で落選することは火を見るより明らかだった。


その日の午後、学校が終わると佐藤はすぐに病院へ向かった。


「さっちゃん!!!」


「佐藤君!」


「良かった!本当に良かった!」と佐藤が病院のベッドに寝ている秋吉紗智の元に走る。


「佐藤君が助けてくれたの?」

紗智は身体を起こす。


「ううん、俺は何もできなかった、ただ人に頼っただけだ、ごめん…」

と、佐藤が唇を噛み締めた。


「ありがとう、佐藤君のお陰で助けられたんだよ」と紗智。


「怖かっただろう」と、すっかり痩せてしまった紗智の顔を見る。


「うん、あの人が来てくれなかったら今頃まだ私あそこにいたと思うとおぞましい」


紗智が身を震わせる。


「さっちゃん、その人のことできるだけ話さないでほしいんだけどできる?」


「うん、警察の人には聞かれて人が来たことは話したんだけど、ヘルメットをしてたし男性か女性かもよくわからなかったの」


「そっか、良かった」


「あの人は佐藤くんの知り合いなの?」


「うーん…僕もうまく言えないんだけど、最近知り合ったんだよ」


「そうなんだ、お礼を伝えておいてもらえる?」


「うん、わかったよ」と佐藤。


「それと、俺もっと勉強して弁護士になることにした。今回さっちゃんを守れなかったから」

真剣な目で佐藤が言う。


「佐藤くん…」

佐藤は、紗智の見た目や噂に左右されずに真っ直ぐ自分を見てくれて、悩みを聞いたり励ましたりしてくれていた。


「ありがとう…私もちゃんと家族と向き合ってみる」


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