第5話 依頼
5.依頼
この国の治安は悪化していた。少子高齢化が加速したことから、移民を大量に受け入れた結果、国や宗教ごとにコミュニティを作るようになり、地価の安い地域に外国人街が多数できた。
近年の都市開発の結果、富裕層が住む町のそれ以外の人々が住む町が分断されるようになり、所得ごとに住む町が分かれて治安は悪化した。
低所得者の住む地域には、犯罪も横行したが、国は臭い物に蓋をするかのように見て見ぬ振りをした。
長期の経済停滞で、治安維持や社会保障も賄えなくなってきていた。経済対策としてカジノを首都近郊に作った結果、マネーロンダリングの温床になり、海外マフィアも多く活動するようになった。
この国の経済停滞は自由競争の原理が働いておらず、経済が非効率になっているせいだと主張した与党は、経済の自由化を徹底した。国内の企業は外資に買収され、国民は搾取され、税収も減った。企業は従業員を簡単に切り捨てたので路頭に迷う人が増えたが、社会保障システムはもはや機能していない。
外国人の権利向上のために外国人に対しても手厚い社会保障が提供されることになったが、社会保険料が払われていないこともしばしばだった。
格差は拡大して、少数の富裕層が多くの富を占めるようになって国民は互いに疑心暗鬼になり支え合いの精神も失われつつあった。
途上国と見下していた国の男性たちにこの国の女性たちは買われるようになった。
「ヴィッキー、今日は何か見つけた?」
彼女が見ていたのは
“私刑サイト”と呼ばれるものである。
完全に匿名で、警察に解決してもらえない被害、または言えない被害を訴える場で、共感した場合”私刑ボタン”が押されて、ランキング上位に上がって多くの人の目に止まるようになる。そうすると加害者の情報が晒されたりして、加害者に嫌がらせが行う者が出てきて、「私刑」が実行される。ただのいじめや嫌がらせで無実の個人が曝される場合もあり、そのために、”誤認私刑ボタン”もある。これも多く押されればランキングに浮上する。
信憑性は低いものが多いが、それなりに私刑として実際に機能して痛手を与えるものもある。
そして、都市部にいれば近場の事案は多く、確かめようとすれば自分の目で真偽を確かめることもできた。
「下の方に誘拐事案があるよ」
「なんで?誘拐なら警察が動くでしょう?」
百合が驚く。
「被害者の17歳の女性は家出も多かったから家出か男の家にでもいるんだろうってまともに扱われなかったらしい」
「それだけで捜査されないのはおかしいわ」
「これがね、投稿者は女性の友人みたいなんだけど、犯人だって主張してるのが、与党政治家の宮内昭彦の次男で彼女が以前通っていた塾の講師だってさ」
「あらあら、宮内昭彦っていったら昨年まで閣僚じゃない」
「誘拐は4カ月前くらいだってさ」
「投稿者とコンタクトは取れる?」
「うん、フリーメールのアドレスを書いてるから、本気っぽいと思った」
「連絡してみようよ」
「そうだね」
『匿名投稿者様
突然のご連絡失礼いたします。
私はVigilante 、警察に相談できない事案などの解決をサポートしている者です。
私刑サイトで、あなたの投稿を拝見してぜひ詳しくお話を伺いたいと思い、ご連絡いたしました。
もし、ご関心があればお電話、またはメールの返信で詳細をお伺いできればと思っております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
Vigilante
代表電話:080-××××-×××× 』
電話はその日の夕方にかかってきた。
「はい、Vigilante でございます」そう言って電話に出たのは声をAIで少し変えた百合。
「もしもし、本日私刑サイトの件でメールをいただいた佐藤です。」少し怖がったような声だった。苗字が本当に佐藤かどうかはわからないがそれはどうでもいい。
「はい、佐藤様!お電話お待ちしておりました!」
若く親しみのある女性の声に佐藤は安心した。
「彼女を救出できますか?」
佐藤は男性だった。
「はい!うちのスタッフは優秀ですから!」
佐藤は半信半疑ながら詳細を語り始めた。
「彼女の名前は、秋吉紗智で、俺と同じ塾に通っていました。その時の塾講師が宮内昭彦の息子の宮内伸二郎でした。それなりに顔も良くて人気もあったんですが、女子生徒に贔屓することがあって、特に秋吉にはかなり絡んでいました。このご時世なのにボディータッチやドアを閉めての個室の面談も多くて周りの生徒たちの間でも噂になっていました」
「ふむふむ、なぜ誘拐であると?」
「宮内が男子生徒だけ集まっていた時に、酒に薬を入れて簡単に昏倒させる方法や薬物売買の隠語の話を自慢げに話していたんです」
「ふむ」
「秋吉は宮内が鬱陶しくて塾を休みがちになったんですが、宮内は秋吉をストーキングするようになりました」
「なるほどね、ちょっと聞いてもいいですか?」
「はい」
「あなたと秋吉さんとのご関係は?」
「友人でした…でもかなり親しかったとは思います」
「なるほどあなたは秋吉さんのことが好きだったんですね」
「……!まあ…そうです…ね。彼女も僕にある程度好意を抱いてくれているように思いました」
「秋吉さんとのご連絡は?」
「4ヶ月前に急につかなくなりました。彼女と同じ学校の友人に聞いても学校に来ていないと」
「宮内はまだ塾講師をしているんですよね」
「はい、俺が宮内に秋吉について問いただしたことがあるんです、その時の顔と言ったら…」佐藤は相当憤慨した様子だった。
「何か言われたんですか?」
「知らないってすごく勝ち誇ったような、俺を蔑んでいるかのような目で言われました。それで俺はアイツが何かしたって確信したんです」
「わかりました。話してくださってありがとう。あとはこちらで調査します」
「あの、依頼料とかは?」
「ああ、そうねえ。任意ってことで!」
「えええ…任意で良いんですか…」
「まあそれは後々ってことで!大金請求したりしないから心配しないで君は勉学に励みなさい!」
「は…はい」
電話が終わるとヴィッキーがやれやれという顔をしていた。
「金持ちの道楽みたいじゃないか」
「それでも良いわ、もしかしたら採算取れるかもしれないしね」
「ふふふ、そうだな」
とヴィッキーも不敵に笑った。
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