第12話 アゥゥ〜
「苽生〜今日飲みに行かないか?二区に旨いオイスターバーがあるらしいんだ」
と、岡崎が定時近くになると、聞いて来た。
「悪い!今日は予定があって」
と苽生に断られてしまう。この間の埋め合わせをさせようと思ったのに。
「なんだよ〜女か?」
「はは!正解!」
と、苽生が得意げに笑うと、ハリウッドの俳優みたいだった。
「まじかよ〜この間は勝手に帰りやがって散々フォローしてやったんだから埋め合わせでもさせようかと思ったのに」
と恨めしそうに言う岡崎。
「あの時は本当に悪かったよ、今度必ず埋め合わせはするよ」
と申し訳なそうにいう苽生。
「お前ザルのくせにあの時はどうしたんだよ」
「ごめんって!今度可愛い子紹介するからさ!」と苽生。
「約束だぞー!」
今日はヴィッキーたちと待ち合わせをしている。本人は気付いていないが、気持ちが浮ついていた。
二区の駅近くの指定された場所で待っていると、黒塗りの高級車が停まり、二人が降りて来た。
ヴィッキーが手を上げた。今日も中間を取ったメンズライクなスタイルだった。通行人が芸能人かと振り返っていた。百合の方はお嬢様という感じの服装だ。
「君たち…良いとこのお嬢様なの?」
とマイカ。
「西園寺で気付けよお前ほんと刑事かよ」
と、ヴィッキー。
「西園寺って、あのザイオニアの西園寺…?」と、マイカがヒクヒクしながら聞いた。
「あら、ご存じでしたのね」と、百合。
「知ってるもなにも、アメリカにいた時から有名で知ってたよ」と、マイカ。
「君のクライアントって百合さん?」
と、ヴィッキーに聞くマイカ。
「今更かよ、こんなとこで突っ立ってないで行くよ」
とヴィッキー。
連れて来られた場所に苦笑いするマイカ。
『狼男喫茶”Full moon”』
ヴィッキーが躊躇なく扉を開ける。
「お帰りなさいませっアウゥーーーー!」
「アウゥゥーーーー!」
「ワウゥーーーー!」
耳と尻尾を付けたコスプレの執事風の男性たちが次々に遠吠えを始めた。非常にやかましい。
「あひゃひゃひゃひゃっ」
と、ヴィッキーが笑い出す。百合もヒクヒクしている。
笑うなよ…かわいそうだろうが…とマイカは呆れて2人を見た。
「男性のお客様にはご一緒に楽しんでもらえるよう、こちらをご用意しております」と、マイカに渡されたのは狼の耳が付いたカチューシャだった。
「自前のがあるんで大丈夫です」
と、マイカ。
「ブッ」とヴィッキーが噴き出す。
「え?」と店員。
「せっかく用意してくださったんですから付けてくださいマイカさん?」百合が有無をいわせず付けさせた。
耳を付けたマイカは残念なほどに似合っており、キャストの方々には申し訳ないが、銀髪で190越えの身長の超絶美形が並ぶと、それなりに整った顔のキャストたちも凡庸に見えてしまった。
キャストのお兄さんは中性的なヴィッキーに渡すことを躊躇していたがマイカを笑い物にしているヴィッキーはそれに気付かない。
「あら、ヴィッキーも付けるのよ?」
と百合。
「へ?」とヴィッキー。
百合がキャストから耳を受け取ると、ヴィッキーにシュポッと被せた。
「ああ♡ヴィッキー可愛い!」
と、百合がキラキラしている。
マイカに渡されたのはグレーの耳だったが、ヴィッキーには赤みがかった色の耳が渡された。
「ははは!髪の色ともぴったりでよく似合ってるよ!可愛いね」とマイカも喜ぶ。
ヴィッキーがムスッとしていたがやはりその顔も綺麗だった。
百合は照れてるヴィッキーなんて可愛いの!と、思いながら、写真をパチパチ撮っていた。
店の内装は神秘的な森の中のような感じで、悪くなかった。
メニュー名は、ファンタジー寄りで、ファイヤーベアとかレッドボアとかオークとかユニコーンなどの肉と書いてあったので、マイカはなんのことかと思ったのだが、ジビエだというので驚いた。
そして、可愛らしいベルでキャストを呼び出すと、注文をする。
小っ恥ずかしくなる名前のドリンクやメニューを全部マイカに読み上げさせて注文させた。
「ご注文をご確認いたします。レッドボアの山賊煮込み、アンダーザムーンライト・マジカルシトラス生搾り、フルムーンリングベアのフォンドジビエパスタ…etc」
長い…
「でよろしいでしょうか?」
「はい」とマイカ
「かしこまりました!ご注文をご確認いたします。レッドボアの山賊煮込み、アンダーザムーンライト・マジカルシトラス生搾り、フルムーンリングベアのフォンドジビエパスタ…etc 入りましたー!アウゥーーーー!!!」
「アウウウウウウ!」
「アウアゥーーーー!!!!」
「アゥーーーーーーー!!」
うるさい。
「よく聞くと一人一人違うのね」と、百合。
「キャラ作りみたいなのかな」とマイカ。
「マイカは遠吠えしないの?」のヴィッキー。
「お客様の遠吠えで新メニューの試作品サービス、だそうですよ」と、百合がメニューに挟まれていた小さな紙を差し出す。
毎度毎度意地の悪いお嬢さんたちだ。
仕方ない…
「アァゥゥゥゥゥゥゥゥーーーー」
本物の声だった。
キャストが全員振り返る。
「アゥーーーーーーー!!」
「アウアゥーーーー!!!!」
「アウウウウウウ!」
呼応して遠吠えが上がる。
ちょっと気分が良いマイカ。
「ヤバッ本物じゃん!」と爆笑しているヴィッキー。百合も笑い過ぎて涙が出ている。
「お待たせいたしました。我らのアルファのための特製骨つきソーセージです。器がお熱いのでお気をつけください」
出されたソーセージはハーブが入っているのか黒いツブツブが見える。スキレットの上でジュージューと音がしていてとても良い香りがしている。
「ほら、アルファのソーセージどうぞ」
とヴィッキーが差し出す。素手でスキレットを触った。
「熱くないの?ありがとういただきます」
と、頬張るマイカ。肉汁が溢れてすごく美味しい。イノシシ肉だ。
「わあ!これすごく美味しいよ!2人も食べて!」と、差し出す。
「あっっつ!!」とマイカ。
「あれさっき…」マイカがヴィッキーの手を見たが火傷をしている様子はなかった。
「本当ですね!すごく美味しい!」
と、百合が喜んで食べている。
徐々に頼んだ料理が運ばれて来たが、どれもとても美味しそうだった。
「ヴィッキー、そろそろ本題に入ろうか」
と、マイカ。散々からかわれた。もうそろそろいいだろう。
「ああ、アーサー劉は放っておいて大丈夫だよ」
「え?そうなの?」
「うん、多少胡散臭いけど、人に害を与えるようなことはしてないし、貧民街では頼られてる」
「あと、悪い人じゃないわ」と、百合。
「そうだったのか、じゃあただの悪い噂か?」
「ラムネは渡してたけどね」とヴィッキー。
「ちょっと…!」と百合。
「はぁ?」とマイカが眉を潜める。
「プラセボってやつじゃない?」とヴィッキー。
「ヴィッキーがもっとちゃんとやれって怒っておいたからあとは大丈夫よ」と百合がマイカに言う。
「なんだ、君たち喋ったの?」
とマイカ。
「うん、その上悪い奴じゃないって言ってるんだから心配すんなよ」とヴィッキー。
「ふーん」
なんか庇っているみたいに見えるなあと思いながら、煮込みのスープを啜った。うん、すごく美味しい。こんな店で本格的なジビエが食べれるとは思わなかった。
「この店こんなに美味しいのにどうしてお客さんいないんだろう」と、マイカ。
百合がそっと評価サイトを見せた。
『遠吠えがうるさい』星1
『お客さんが入るたびに遠吠えしていてうるさい』星1
『遠吠えがうざい』星1
『コンセプトがよくわからない』星2
マイカは少しお店がかわいそうになった。
「さっきからパトカーの音がすごいわね」
と、百合。
「ここら辺は二区でも治安が良くないから仕方ないね」とヴィッキー。
「また強盗かもな」とマイカ。
「また、というと?」と、百合。
「移民の子どもたちがギャング化してるんだよ」
「ああ、難民申請が通らないまま在留許可だけされて宙ぶらりんの方たちの子どもたちですか?」と、百合。
「そうそう、移民の中でも特にその子たちだよ。強制送還するか難民にするかどっちかにしときゃ良いのに、宙ぶらりんにした結果社会に受け皿がなくて、言語の問題もあって学校にも馴染めなくてその子たちが固まってギャングになってるんだよ」
と、マイカ。
「なんで政府はさっさと教育整備しなかったんだよ」とヴィッキー。
「多様性を認めるとかで、日本文化とか言語を教えるのは同化政策だ、とかいう奴らがいたからだよ」
「馬鹿らしいな、人の国に入っといて、そんなことしてたら国が崩壊するのは目に見えてる」と、ヴィッキー。
「財政の問題もあるんじゃない」と
マイカ。
「そんなん難民出してる国に払わせろよ」
と、ヴィッキー。
「それができる国ならきっと難民は出さないわ」
と、百合。
「あ〜だめだ、ごめん、行かないと」
と、マイカ。
「お仕事ですか?」と、百合。
「殺人だったよ」
このパトカーの騒ぎである。
「あらまあ」と百合。
「二人はゆっくりしてって!また近いうち会おう!」
マイカはそういうと、伝票を持って出て行った。
「耳つけて帰ったな…」
と、ヴィッキーはつぶやいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます