第43話 発症(B1パート)後藤宅へ
授業が終わり、
おそらく脳の腫れている部分が一時的に障っているのだろう。
わずかに視界が歪むのを感じながら、体調不良を悟られることなく歩いてみせなくてはならない。とくに関係者である秋川さんの前では。
「ちょっと待って、コンくん。ひらりと一緒に連れて行ってほしいの」
「どこへ」
秋川さんの不可思議な申し出に頭を捻った。
「後藤くんの家へよ。彼が来週に復学できるよう、垂水先生と面会しに行くんでしょう。おそらく垂水先生は後藤くんの家はわからないだろうし。私とひらりなら頻繁に通っているから、道案内もできるわよ」
道案内か。確かに車で付近をウロウロするよりは合理的か。
「垂水先生だけじゃなく、学園側から許可はとっているのか。謹慎中の後藤に会うことを」
「ひらりを通して許可は得ているわ。もともとひらりのボディーガードとしてアルバイト契約していたから、雇用主がアルバイトに会うのはいいんだそうよ」
「ということは、ひらりちゃんは後藤を解雇できるわけだな」
かるく目を細めて秋川さんをにらみつけた。
「そういうことになるけど、解雇するかどうかは被害者であるコンくんの意向次第になりそうよ」
「なんでもかんでも俺の判断次第か。これで後藤を許さないから傷害罪で告訴したとしても、後藤はボディーガードを辞めさせられて、社会的な制裁をすでに受けているからってことで執行猶予付きの有罪判決というところか。大人ならな」
「後藤くんは十七歳の高校二年生だからね。おそらく少年院や施設に通って更生するってところが妥当だろうと事務所の法務は言っていたわ」
「それじゃあ俺の判断なんて入らないじゃないか」
「後藤くんに厳罰を科したいのかしら」
「被害者に処罰感情があるのなら、加害者を罰する権利が欲しいところだな」
「今はそうなっていない、と」
「ああ。こっちは後遺障害が出てきそうだし、このぶんじゃ仕事も減らすか辞めるかしなけりゃならなくなるだろう。その損害賠償は請求したいところだな。スタントの廃業だから軽くても数億円は賠償してもらわないと割に合わない」
「数億円ってかなり強気に出ていないかしら」
「いや、映画やドラマの撮影で、やっているのはひとつのスタントにつき十万から二百万は報酬があるんだよ。百万のスタントを百回やったらそれだけで一億円なんてすぐに到達する。アクション作品はスタントの腕次第だから、スタントを務める人がいなくなれば駄作にしかならない」
「つまり後藤くんは、目先のひらりの安全に囚われて、自分の将来をぶち壊したわけか」
「そのくらいの覚悟を持たなければボディーガードなんて引き受けるもんじゃない、ということはわかるか」
「後藤くんはその覚悟がなかったって言いたいわけね」
「ああ、階段にぶん投げたのはいっときの感情の発露だろうが、そういうことをしたらどういう結果をもたらすか、までの責任を認識していなかった。そう言われて反論できるか」
秋川さんは顎先を指でつまむと、なにか考え始めたようだ。
「正直に言って後藤くんがどこまで覚悟していたのかはわからないわ。でも私の問題として考えた場合、やはり撃退する相手が五体満足かどうかまで気をまわさないわね。襲いかかってくる相手を撃退するのは正当防衛で、武器や道具を使わなければ過剰防衛にもならないから。再起不能まで叩きのめすことはしないけど」
「怪我に関する認識の違いが顕著だな」
悠一はスタントの練習と本番で数多くの怪我をし、先輩が大怪我で再起不能に陥ったことを見てきたから、怪我に対する怖さをじゅうぶんに知っている。
「俺はどんなことがあろうと、怪我を肯定するつもりはない。俺が中国拳法を習ったのだって、スタントで殺陣をする機会が多いからだ。俺の技は相手を倒すのではなく、制するためにある」
おそらく秋川さんや後藤はそんなことを微塵も考えていないだろう。考えていたら、階段に叩き落とすはずがない。そして秋川さんは被害者の俺よりも、加害者である後藤のことに意識が向いているような気がする。
付き合いの長さからの選択なんだろうが、あまりいい思いはしないな。
転校の前日にマンションの公園で会ったときの印象はよかった。
悠一が技を失敗したときは心配までしてくれている。しかし、実際には怪我をさせてでも敵を倒すことしか考えていないのではないか。そんな印象を覚えてしまう。
第一印象がよすぎただけで、彼女も実際はこんなものなのかもしれないが。
「それならひらりちゃんと秋川さんが乗ったワゴン車を、垂水先生の自動車で追いかければいいんだな」
「そのほうが手っ取り早いでしょう。それに後藤くんと話し合いするにも、当事者であるひらりがいないと噛み合わないだろうし。後藤くんがなぜひらりの前でコンくんを叩き落としたのか。それも知ったほうがコンくんの判断がしやすいだろうし」
やはり後藤の弁明を
悠一自身は後藤を重罪にするつもりは今のところないのだが。ただ、弁明を聞いて判断が変わる可能性はじゅうぶんにある。
単にひらりちゃんと親しげなのはけしからんとか、やめろと言ったのに会話を続けられて無視されたのでカチンと来たとか。そんな低レベルな感情でこの大怪我を負ったのであれば、秋川さんやひらりちゃんには悪いが、一度少年院に送って精神を叩き直してもらったほうがいい。
力がある者は正しく用いる心を持たなければならない。力なき正義は無力だが、正義なき力は暴力なのだから。
自分が行使する力は暴力ではないのか。その観点が抜け落ちているのであれば、後藤自身も悪いが、彼を鍛えた大人にも責任はある。
少なくとも、悠一が中国拳法を学んだ師匠である松田先生からは、日々の修練前に必ず「正義なき力は暴力だ」と叩き込まれたものだ。
それに比べて後藤は安易に暴力を振るった。彼には正義などなかった。
いや、警護対象者としてのひらりちゃんを守るという意志はあったのだが、それを排除するのに迂闊にも力を頼ってしまったがため、結果として正義を欠いた行動になったのだろう。
(第11章B2パートへ続きます)
次の更新予定
スタントの申し子 カイ艦長 @sstmix
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