第1章 第4話:俺達がサポート

 せっかく他がいなくなったからこの部屋で打ち合わせしましょう。

 監督官を務める黒瞳黒髪の青年はそう言うと、エルレアを残してわずかに中座し、小柄な女性を別室から連れて戻ってきた。彼のチーム『悪食アクジキ』のメンバーである。立ったまま待っていたエルレアは深々とお辞儀をして出迎えてから、この作法は彼等に通じるものかと疑問が浮かび、ふたりの顔色を伺った。


「ずいぶんお堅いのね。そんなに立ててくれなくても、面倒は見るわよ」


 女性の方が苦笑した。

 故郷のマナーはこの街でもおかしなものではなかったようだが、この場では監督官にへつらう振る舞いと捉えられてしまったかもしれない。


 紫色のショートカットが特徴的なこちらの美女は『ヴェガ』と名乗った。トキもヴェガも、外見上はエルレアとそう違わない年齢、つまり森人エルフであれば100歳より手前、人間でいうと20代くらいに映った。


「トキさん、ヴェガさん。エルレアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 人の名前に関する記憶力に自信がなかったエルレアは、きちんと覚えておけるよう、復唱しながら自身も名乗り直した。




 トキは、ふたりに着席を促した。自分も椅子を引き、三人で向かい合うように形作る。エルレアはふたりが腰を下ろすのを見届けてから、先程の説明会と同じように、大きな背嚢を膝の前に置いて座った。

 それを確認して、トキが話し出す。


「さっきも軽く説明がありましたが、エルレアさんには、これからギルド発注のクエストを受けていただきます。俺達がサポートします。言ってみれば即席の混成パーティーとして一緒に行動するってことですね。その中で適性を見させていただきます」


「はい、よろしくお願いします」


「今期の志望者は少なかったのね。以前は一組で5人とか持たされたりもしたけど」


「春の兵士募集の方に流れたんじゃないかな、大々的にやってたから」


 トキとヴェガの会話を聞きながら、自分ひとりに対して経験者ふたりが付いてもらうことに、何か申し訳ないようにも感じたエルレアだった。

 そういうことになったのは、自分が他の志望者から見放されて複数名でチームを組むことができなかったからなのだが、それは審査される適性に含まれるのだろうか。付き合うに足る有能さを短時間で示せなかった表れと取られて減点されたかもしれない。即座に失格にはならない、とは言われたが心配ではある。


 そんな思惑を知ってか知らずか、トキは言葉をつないだ。


「候補クエストはいくつか用意されています。どれにするかを決めるにあたって、エルレアさんがどんな方なのかを伺えますかね」


 話をしっかりと聞いてもらえる今度こそ、自分に何ができるか、きちんと説明しなければ。



◇◇◇



「対魔物の戦闘経験はほぼなし、故郷の森で鹿や野鳥を獲物に狩りをされてきたので弓が引ける、二級相当の医療魔法が一部使える。ありがとうございます、よくわかりました」


 まず監督官チームのふたりが、軽く自分たちについて語った。トキが前衛を務める魔法戦士で、ヴェガが補助と攻撃を担う魔導士なのだという。いずれも中級の認定を受け、主に迷宮攻略に取り組んでいる、相当の経験者たちだ。

 説明の要領を示してもらえたのは非常に助かった。その後でエルレアも、いくつかの質問に答えながら、彼等を真似て自身の特徴を伝えたのだった。


「カタログスペックは抜群じゃないの。ろくに話も聞かないなんて、他の志望者はずいぶん勿体ないことしたわね。節穴揃いだわ」


 ヴェガの呟きに、トキも反応する。


医療術師ヒーラーの二級使いって言やあ、大概どこでも喉から手が出るよな」


「その、火傷痕のせいで疑わしく思われてしまいまして……」


 エルレアは左目に指をやった。

 彼等はすんなりと信じてくれたのだろうか。


「ああ、古傷は治んないですからね。医療術師はまがい物も結構いるから警戒したのかな。俺達も、自己申告をそのまま真に受けるほどお人好しじゃあないんで、実力は一緒に活動しながら見せてもらいましょう」


「は、はい、がんばります」


 あっさりとしたものであった。まずは丁寧に判断しようとしてくれているようだ。

 目元の引き攣れた皮膚にふたりが眉を顰める様子などもなく、あからさまに森人エルフを差別するでもない。こういった公正さは監督官としての姿勢なのかもしれないが、他の志願者たちからは邪険にされてしまったばかりのエルレアにとって、彼等の中庸な態度はとても嬉しかった。




「この先の目標も、あるなら聞かせていただけます?」


「えっ、目標、ですか……?」


 トキからの、やや抽象度を増した問いかけに、エルレアは戸惑った。

 一応冒険者の道を志した理由はいくつかあるが、正直なところ大それた目標があるわけではない。何かしらの野心などがなければ、危険の伴う冒険者は務まりえない、などと取られてしまうものなのだろうか。


「あ、あのう……大したものはないのですが……それも適性のひとつなのでしょうか?」


「あー、いえ、将来像を持ってないなら不適格、とかそういう意図ではなくて、今から選ぶクエストも、可能なら方向性を寄せようと思いまして。たとえば希少素材を採りたいとか、狩りたい魔物がいるとか、迷宮を進んで行きたいとか、みたいな話です」


「あっ、なるほど……」


 邪推しすぎた……。

 クエスト選定において志向に配慮してもらえる、ということか。


「その、あまり具体的な目標はないんですが……金銭収入を得ること、魔物対策の経験を積むこと、このふたつが目的で冒険者になろうと思ったんです」


 エルレアの故郷は、物々交換が基本となる、太古から時が止まったかのような森の奥の僻地だったが、それでも近年は行商人や軍隊が訪れるなど世の中の激動と無縁ではいられなくなりつつある。貨幣経済の波は確実に寄せてきていたし、また魔素まその分布変動の影響から、周辺でも少しずつ魔物の目撃例が出てきており、その点でもずっと昔のままでいられはしないかもしれないのだった。

 つまるところ、時代の流れにふるさとが完全に取り残されてしまわぬように、というのが志望動機である。


「わかりやすくていいじゃない」


 話を聞いたヴェガが肯定的な反応を見せる。トキも頷いた。


「じゃあそのへんも参考にしながら、こっちで受注対象を決めさせてもらいます。なにぶん俺達の手に負えるものじゃないといけないんでね。つってもまあ、候補クエストの難易度はどれも大差なくて、成功報酬もドングリな金銭です」


「えっ、団栗どんぐりがお金になるんですか?!」


 エルレアは驚いた。都会では珍しいのだろうか。故郷の森では沢山転がっている。だったら森人エルフはみなすぐに大富豪である。目標の半分はすでに達成しているということ……??


「おっと、失礼。ドングリの背比べ、つまりどのクエストも大差ないという意味です。報酬は貨幣で支払われますよ」


「あっ、あっ、あっ、そうでしたか……」


「クドい割に妙に雑に話すとこあるのよね、この人」


 言葉を足したトキを見ながら、横でヴェガがクスクスと笑っている。

 山奥の田舎者の頓珍漢とんちんかんな質問を馬鹿にしたものではなく、パートナーの癖をからかったようだったが、勘違いにエルレアは耳の先まで真っ赤になったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る