第1章 第8話:選びたい方

 食事を摂りながら、トキは二通りのプランを提示した。

 彼が半日もしくは一日森を調査する間、ヴェガとふたりこの近辺で待機するというのが一つ目。二つ目は、予定通り一緒に森に入って、実地を確認しながら任務達成を目指す。


「もともと、今日ここまででエルレアさんがヘバってたら、明日はここで休んでもらって、単独で進んで間引きのボランティアを兼ねた素材狩りでもするかなと思っていたんですよね。俺は奥のガルナッソも踏んでるし」


 まあその場合、明日の成果は分配対象から外させてもらうけど、トキはそう付け加えて回答を待った。

 食べながらでいいですよ、と促されたエルレアは、汁物を頬張りながらしばし逡巡した。安全第一で考えたいのが本音ではあって、彼等もそこに異論はないはずだ。とはいえ普通のクエストではここまでの助力は見込めない。これから冒険者としてやっていくならば、パーティーとしてまとまった活動を取ること、足手まといかもしれないが仲間に対してできる貢献を考えることが大切なのではないか。しかしそこはかとない危険の臭いには徹底して敏感であるべきなのだろうか。『』というのがいざという時に彼等への負担になりすぎはしないだろうか。この先こういう局面で取るべき選択はなんなんだろう……。


「どっちでも、あなたのお守りには変わりないわ。もっと人数が多かったら強制待機させてたかもだけど、ひとりならなんとでもなるし、迷惑とかは気にせずに選びたい方を選んでいいのよ」


 悩んでいるエルレアに、ヴェガがさらりと助言する。危地に挑んで生きて帰る力、という言葉をトキが最初に使ったが、彼女達にすればこの程度の違和感は折り込み済みなのだ。その一言でエルレアは心を決めた。


「あ、あの、私は医療術師ヒーラーとして登録しました。強い魔物が出てくると太刀打ちできないかもしれませんが、回復技能などでお二人のお役に立てることもあると思います。不測の事態には足手まといかもしれませんが、いまこの時点で足がすくみきるようでは冒険者としてやっていける気がしません。……一緒に行動させてください」


 トキが大きく頷いて答えた。


「現時点で審査結果を決めるつもりは別にないんですけど、たしかに、この段階で芋を引くようなら人里で仕事を見つけたほうが向いてるとは俺も思います。じゃあ、予定通り、明日は一緒に森に入りましょう」




 日の出過ぎに活動を開始し、実地調査しながら明日中のヨサンギ目標量採取完了を目指す。異状の気配があったとはいえ、『鎌鼬カマイタチ』が直近状況を見ているシネイ湖方面のほうが計算が立ちやすそうであるため、原則そちらに進むことにする。深入りはせず、危険種との遭遇もできるだけ回避するが、状況次第では交戦も視野に入れる。ただしあくまでも安全を優先。日のあるうちに同じ野営地に戻ってくる。うまくいけば街への帰還は明後日だ。

 これが鴨鍋をさかなに定めた、パーティーの行動方針であった。




 それにしても、この監督官任務の受け持ちといい、自発的な魔物の間引きへの協力を検討することといい、彼等はかなり倫理観の高いチームなのでは。冒険者はもっと利己的なのが当たり前だと考えていた。このあたりのことをエルレアが口にすると、トキは微笑んで説明した。


「冒険者は非生産稼業だし、かつ俺達はもともと余所者なんでね。地元コミュニティーには積極的に貢献を示しておいたほうがいいんです。信用は一朝一夕には積めないからさ。言っちゃあ悪いがエルレアさんは『亜人デミ』ですから尚更、身の回りが固まったら意識したほうがいいですよ」


 異物として、地域で認められるための活動も大切ということか。いろいろな打算もあるのだろうが、それでも進んで他者に何かを与えることのできる彼等の姿勢は、エルレアにとって尊敬できるものに映った。




 既に日は暮れて久しい。すこし離れた所に駐屯地の松明たいまつが煌々と光り、さらにふたつほどのあかりが散らばるように見えている。森での活動を区切りとした冒険者たちが帰還してきているのだ。挨拶は交わしたものの、いずれのパーティーも交流は望んでいないようで、意味のある情報は得られなかった。戦果を得たあとで近寄ってくる者に警戒するのも不思議なことではない。

 食事の片付けを手早く済ませた後、一行は火を囲んでしばらく会話を続けたが、そろそろ寝ようということになった。明日の朝は早いのだ。

 テントの設営は食事の準備に先立って済ませてあった。各々が個人で入る簡素なものである。立ち上がったエルレアに、ヴェガが声をかけた。


「リフレッシュしておきましょ。魔法かけてあげるからこっちに来て」


 ヴェガは座ったまま小瓶を取り出すと、入っていた緑色のどろりとした液体を右の掌に数滴垂らし、エルレアに向けた。そして何事かを呟き、魔力を込める。

 ブワッと指先から黄緑色の霧が生まれ、広がり、そしてゆるやかな渦をなして、エルレアの全身を包んだ。ほのかにハッカが香る。衣服の内側に入り込み、素肌を優しく撫で、細かいところまで身体すべてを洗い流してくれる感覚。突然のおおがかりな現象に身構えたエルレアだったが、思いもよらぬ心地良さにすぐにうっとりと身を委ねた。溜め息が漏れてしまう。

 しばらくすると霧の渦はエルレアの身体を離れ、地面へと沈んでいった。衣服にも髪にも、濡れた痕跡は一切残っていないが、全身がピカピカに磨き上げられたようで非常に爽快だ。おまけに身につけたものからも汚れが落とされていた。


「これ、イイでしょ。普段は他人には使わないんだけど、明日は大変そうだからサービスよ」


「はい、とっても気持ち良かったです……! 旅先でこんなにスッキリできるなんて」


 独自に編み出した、水浴び代わりの特殊な術式なのだという。自身にも同じ魔法をかけた後、ヴェガは一番に自身の天幕へと潜り込んでいった。トキは自分で身づくろいしている。ふたりと挨拶を交わしたエルレアも床につく。


 ごくゆるやかに時の流れる故郷を発ってから、ここ数日は目まぐるしさで息もつかぬほどだったが、凝り固まっていた心身が恵みの霧に優しくときほぐされたようで、エルレアは一転いい感じにふやけきっていた。今夜はよく眠れそうだ。わずかに残った心の芯の部分で、もう一度明日に思いを馳せる。どこか心躍っている自分がいた。無駄な気負いが消えて、落ち着いて臨める予感がしていた。


 明日は実戦だ。

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