第1章 第5話:生きて帰る力
エルレアたちは冒険者ギルドを出発していた。
目的地は迷宮都市ザバンから五里(約20キロメートル)ほど北方にある『ナバテの森』で、その地に茂る『ヨサンギ』という薬草を採取して規定量を納品することが目標である。この薬草は、生長にある程度の
ヨサンギはエルレアの地元ではあまり出回らないが、薬の調合を依頼されて過去に取り扱ったことがある。魔物との交戦も視野に入れるべき任務、ということも加味して、取り組みやすかろうと監督官チームの『
「他のグループは、もうすこし近場で片付く別のクエストを選んだ、と受付嬢の方が仰っていましたね」
「都市周りでの『
「私達は遠方なぶん、お時間余計に取らせてしまうようで……」
「いいや、用意されてる中から選んだだけですから」
恐縮するエルレアに対して、トキたちは朗らかに笑うのだった。
都市郊外を抜けて北方へと向かう道は、エルレアが迷宮都市に来た際に通ってきた街の西側と同じく、綺麗に整備されていて行き交う人も少なくない。ただしナバテの森は、その奥に漆黒の湿地『ガルナッソ』を控える魔物の領分であり、近づくに連れて人の営みも減っていくそうだ。今日は採取予定地のすこし手前にある、地域警備隊の駐屯地近辺で野営する予定として話し合っていた。多少高低はあれど道は概ね整っており、半日あれば十分に踏破できるはずの距離である。
野営用の道具も含めて背負うエルレアに対して、同行の中級冒険者たちはことのほか小荷物であった。大半の道具は特殊な時空魔法で異空間に収納しておくのだという。魔道具として類似の機能を持った鞄が割とひろく流通してはいるが、エルレアが腰につけるそれはせいぜい弓矢と多少の薬が入る程度の規模で、それとて故郷を出る餞別として古い村人から譲り受けた希少品であった。ベテラン冒険者ともなればやはり、サポート用の装備や魔法も桁違いに充実しているらしい。
運搬力は行動限界に直結するため、個々人で優先的に投資するべき分野のひとつだとトキは語った。なお、臨時パーティーを組んだ形ではあるが、審査の一環として個人の荷物は自分で持つ、という方針が置かれ、エルレアもそれはごく当たり前のことだと認識している。正式なチームでは
◇◇◇
「あの、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか」
「ええ、どうぞ?」
道すがら、エルレアは、気になっていたことを監督官たちに聞いてみた。
「その、冒険者の適性というのは、どういうものを指すのでしょう? 注意深さとか、戦士としての能力とか、便利な特技が多いとか、仲間とうまくやれるかとかでしょうか?」
「いい質問ですね。集約すると、危地に挑んで生きて帰る力。ウチが重視してるのはそれだけです。他の監督官はどうかわかんないですけどね。極論、クエストの成否なんかは俺達からすると二の次かな」
にこやかにトキが応じる。彼はつくづく人当たりが良い。
その回答に、別の志望者が途中で声を上げたくだりが、エルレアには思い出された。
「あ……事務官の方も、審査結果はクエストとはまた別、と仰っていました」
「ありゃあどちらかっつーと、ベテラン冒険者の支援を受けるんだから成功できて当たり前で、クエストさえこなせば審査通過とか思ってんじゃねーぞ調子のんなよ、って意味でしたけどね。俺は逆に、たとえ依頼の成功条件を満たせなかったとしても、撤退判断をきっちり下せるのは加点要素だと言ってます」
むむ、男性事務官の言には、そういう含みがあったのか……。
それはそれとして、撤退判断。エルレアはあらためてギルドで受けた説明を反芻した。確かに、不測の事態が起こればベテランも容易に危険に晒される、というようなことも言っていた。
「ええっと、山歩きみたいなものでしょうか、嵐が来そうなら距離を稼ぐよりも早々に寝ぐらを探すのが大事といいますか……」
「ああ、まさに。当然、基礎体力不足とか技能がなさすぎるとかコミュニケーションが著しく取れないとかみたいな、そういうクエスト処理において致命的な障害になりかねない点も見ますけど、まあそのへんはがんばったら伸ばせますから。明確に引導渡すのは、能力に比べて勇ましすぎてすぐに死にそうな人と、逆に一切リスクを取れない人、言ってみればハナから山に登ろうとしない人に対してです。どっちも冒険者として絶対に食ってけないんでね」
頷ける基準である。事務官の男性も、なしのつぶてがもっとも困る、というようなことを言っていた。うまくいかなかったならそれはそれで、きちんと戻ってきて報告してくれるのが良い受注者なのだろう。
「なるほど……よくわかりました、ありがとうございます」
「まあでも、あんまり固くならないでいただきたいです。俺達は別に、意地悪したいわけじゃあないんですよ。場合によっては途中でクエストも止めますけど、簡単に死んじまう世界なんで、そのあたりもあしからず受け取ってもらえると」
エルレアはまた深く頷いた。
この適性検査においては、冒険者ギルドと監督官チーム、それぞれに意図や思惑はあるのだろう。とはいえ、トキたちは自分のことを第一に考えてくれているように思えた。少なくともここまで、彼等のいいように取り回そう、というようなところは感じられない。
他はいざ知らず、いい監督官に当たった気がする。あらためてそう思う。
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