第1章 第6話:いいクジ引いたぜ

「お、ヴェガさんたちじゃないですか」


 道端で小休憩を挟んでいるところに声を掛けてきたのは、赤髪の痩せぎすな冒険者である。三人組で、エルレアたちとは逆に、迷宮都市あるいはその方面へと向かう途中のようだ。


 この男性は野外活動専門家レンジャーのギース、短めの刃物を複数携えた小柄な青年が近接型戦士のバハテラ、やや恰幅がいいのが薬師のユーキッド。エルレアに対してトキが手短に紹介してくれた。『鎌鼬カマイタチ』という、名の売れたパーティーよ、というヴェガに、鋭い目でバハテラがかぶせる。


「ウチはしがない中堅さ、新顔にホラを吹き込むなよ」


「あら、こないだの地域共同作戦で戦果顕彰まで受けてた人が、よく言うじゃない」


 バハテラは肩をすくめて黙った。なんにせよヴェガたちとはさほど浅からぬ付き合いのようだ。エルレアも手短に自己紹介をしたところ、一同が軽く反応した。


「へえ、初手から医療術師ヒーラーですかい。ザバンじゃあ年中ねんじゅう引く手数多あまただからな。うまいこと審査パスして、死なねえ程度に腕を磨いてくんなさいよ。世話焼きのトキさんが付けられたのは、いいクジ引いたぜ」


 危険がつきものの冒険者稼業では、適切な治療を施せる人間が重宝されるのはよくわかる。街を抜ける際にもほうぼうに医療所の看板を見かけたし、ともに活動してくれるなら尚更有用なこともあるだろう。エルレア自身、実際にそのあたりを考えての登録である。「初心者の弓使い」より「二級医療魔法の使い手」のほうが今後のパーティー参加などもしやすかろうという素朴な計算だった。他の志望者たちには通じなかったが、気にしてくれる冒険者もいるようだ。


 ――いいクジ引いたぜ

 この表現はエルレアの心情そのものである。別の先輩冒険者にもお墨付きをもらえたようで、エルレアはまたすこし嬉しくなった。

 深い会釈で応じたエルレアから向きなおり、ギースはトキに話しかけた。


「登録審査でこっち方面っつーことは、ヨサンギっすね?」


 ちょうどナバテ方面に訪れていたという彼等は、森の状況も見てきたところだという。

 この手の情報共有は冒険者の生命線だからよく聞いておきなさいね、そうヴェガが耳打ちした。


「オレらはで行ったんですがね、シネイ湖の手前で『四伎鴉ザッパ』が出やしたぜ」


「湖手前ですか。そう深くないところで屍霊しりょう系を見かけるのは珍しいですね」


「孤立した『はぐれ』ではあったけどな。その個体はウチが始末したが詳しい分析はできなかった。まあ連れなら気をつけろよ」


 バハテラのいう『赤子』とは、ひよっこのエルレアを指すわけだ。『四伎鴉ザッパ』なる魔物をエルレアは耳にしたことがなかったが、聞く限り薬草採取地周辺では比較的危険度の高い種類のようである。また、『鎌鼬カマイタチ』はそれを問題なく処理できる実力者だということでもあった。


「帰りに摘んだヨサンギは例のない大漁さ。目をつむってでもまだまだ取れる。エルレアちゃんが帰る頃には街の相場はタダみたいなもんになっちまってるかもね、バッハッハッ」


 薬師のユーキッドが明るく冗談を飛ばした。売値はともかく、野草山菜のたぐいは見つけるのに苦労することも少なくないが、すんなりと採取できそうならそれはよかった、とエルレアは思った。しかし。


「一帯の魔素まそが濃くなっているということでしょうか」


 魔素を得て育つ薬草が普段よりも増えている、というのは、環境変化を意味するものなのかもしれない。

 気になった点を素直に口にすると、『鎌鼬カマイタチ』の面々はわずかに眉をひそめた。彼等にも何らかの心当たりはあるようだ。


「オレらは魔法感覚がサッパリなんでその点は明言できないんだがね、イイ勘してるかもしれないぜ、お嬢ちゃん」


「ウチが伝えられる事実はさっき言った二点だ。四伎鴉ザッパが出た、ヨサンギが多かった。それ以上は推測を超えないんでな、あとは現地で自分たちで判断しろ」


「ヴェガさん、『黒死霊サジレイス』が出ても森全体を焼き払ったりしないでくださいよ、バッハッハッ」




 その後、逆にこちらからもいくつかの情報を受け取ると、『鎌鼬カマイタチ』は街を目指して去っていった。こういったやり取りは『悪食アクジキ』では基本的にトキのほうが主導しているようだ。

 エルレアにはこの場で他人に提供できるようなニュースの持ち合わせはなかったが、無事また会うことがあればなにか用意しておけよ、とギースがニヤリと笑って言い残していった。あれは半分冗談ながらもう半分は本気だと、トキが補足した。恩は売れる時に売っておくものなのだ。情報への貪欲さは良き冒険者の資質であると、エルレアは実地で学んだ気がした。

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