第1章 第3話:エルレアと申します✕4
グループにまとまれ、との指示を受けて、志望者たちはまちまちに動き出している。
短くはない人生ながら、これまで赤の他人と居合わせた経験が極めて少ない田舎者のエルレアには、このような場でどのようにコミュニケーションを取ったらよいものか、正直まったく自信がない。しかしどうにか誰かと話さないと。
自分も立とうとしたところ。
「カード。見せて」
隣りに座っていた二人組のうちのひとりが、ぶっきらぼうに右手を差し出してきた。まだ少年とも呼べそうな、短い赤毛の男性である。
「は、はい、エルレアと申します」
素性を示せということであろう。促されるに応じて、エルレアは仮登録証を相手に向け、両手で差し出した。
「うわ、ババアじゃねーか」
記載事項をざっと
すこし傷付いたエルレアだったが、いま落ち込んでいる暇はない。気を取り直して別の者と話をしなくては。
自分も立ち上がってまわりを見渡す。
もとから固まっていた男女ふたりずつの四人組は、そのままパーティーになるようで、監督官のひとりと話し、連れ立って早々に部屋から立ち去っていくのが先程横目に見えた。
室内では他に、剣士と狩人と思しき二人の男性が、ひと回り身体の大きな犬型獣人と会話している。もうひとり、見るからに堅気ではない男が、肩をすくめてちょうどその輪から離れてゆくところだった。彼等とは組まないようだ。
――この方に話しかけてみよう。
エルレアは勇気を振り絞った。
「あの、こんにちは、
「
この男性も、にべもなかった。
バナデア
彼は比較的、他種族に不寛容な者なのだろう。別の者たちと行っていた話し合いでも、他の人間男性たちが獣人を交えて組むことにしたために決裂したのだと思われた。そしてエルレアが
エルレアはまたすこし傷付きながら、頭を軽く下げてその男性への声がけを終わらせた。
そうなると、犬型獣人を交えた三人組が最後の砦である。
獣人はよくわからないが、人間冒険者たちのほうは、これまでの志願者たちよりもやや年上に見えた。
「あのっ、
エルレアは思い切って最初からストレートに言ってみた。既に三人組となっている彼等とて、組む相手を探すべしという前提はまだ同じはずなのだ。もうひとりいれば更に仕事をこなしやすくなることだってある。
「
剣を下げている男性が、不審そうな表情を浮かべた。
エルレアの左目元には、目立つ火傷があるのだ。
「あっ、えっと、これは昔の傷痕でして」
「うーむ、火傷くらいは治してもらえねば」
「はっ、はい、重くないものでしたら治せます」
「それで治せたと言われるようではな……」
胡散臭そうに眉をしかめる剣士。
医療魔法の技術を訴えても聞いてもらえないということか。
エルレアは焦った。何か他にアピールしなければ。
「あっ、あのっ、弓っ、弓も引けますっ、森で狩りをしてましたっ」
「弓は間に合ってるんでね」
矢筒を背負ったほうの人間男性が、つれなく答えた。資質を示さねばならぬ中で、役割が被ると彼にとっては迷惑なのである。獣人のほうも、わずかに同情を眉間に示しながら言う。
「我等も新しい生活がかかっているのだ。気の毒だが
「はい……お話し聞いてくださって、ありがとうございました……」
もっとまともなツラのオンナならまだしもな、離れ際に弓使いであろう男性は連れに向かってそう言った。わざと聞こえるように声を立てたのは、彼の競合相手になりかねない振る舞いを見せてしまったエルレアへの当てつけかもしれなかった。
亜人嫌いの男性は赤毛の少年たち二人組と連れ立つようである。ふたつの組はいずれも女性の監督官に声をかけて部屋を出て行った。
志望者たちと、ひととおり接触してみたが、どれもうまくいかなかった。
取り残されたエルレアは半泣きである。
もともと冒険者登録の申し込み前は、登録後は小規模の依頼をこなしながら加入先などを探すことになるだろうか、と将来になんとなく胸躍らせるところすらあったエルレアだったが、今回ここで誰とも組んでもらえなかった厳しい現実に、急激に心細くなっていた。
最後に残っていた男性監督官と目が合う。
「あ、あのう……チームが組めなかったのですけれども……これで失格になってしまうのでしょうか……?」
「いえ、まさか」
エルレアの沈痛な面持ちとは裏腹に、監督官はにこやかに答えた。
「だったら最初っから団体でしか応募できないようにしますよ。ある程度まとまっていただいたのは、監督官と数を合わせるってだけです」
「残ったウチがあなたの担当ですね。チーム『
あ、あ、これで監督官のかたは決まりなんだ。
慌ててこちらも名乗り返す。
「あっ、はっ、はいっ、トキさんですねっ、よろしくお願いしますっ、エルレアと申しますっ」
……とりあえずこの場はなんとかなったのかな。
エルレアはホッと胸を撫で下ろすとともに、ここに来てから初めて相手から名前を直接聞けたことに、なんだか嬉しさも感じたのだった。
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