第1章 第16話:キノコ人間
「いくらなんでもガメつすぎる気がします……」
大型黒竜撃破の翌日、無事に迷宮都市ザバンへと帰還し、冒険者ギルドへの納品と結果報告を終えたエルレアたちは、続けてギルド内の一室で今回の獲得物の分配に取りかかっていた。三階には、ひろく聞かれたくない打合せなどに利用できる小部屋が複数設けられていて、日中有償で借りることができるのだ。といっても今回の報酬を広げられるだけの場所はないので、簡易的に作成した目録が代わりに卓上に置かれている。
亜竜の魔石(大):13個
亜竜の魔石(小):42個
亜竜の牙:52個
亜竜の爪:18個
亜竜の骨片(大):120個
亜竜の骨片(小):475個
薬草ヨサンギ:半斤(納品分量外)
相場や捌き方にもよるが、魔石を除いてざっくり金銭になおすと数百両(数千万円)は下らないのでは、というのがトキの見立てであった。これが成体竜全体の獲得資源ともなれば、一生暮らせるだけのカネにもなりうる。逆に言うと特別な魔物の討伐とは、時にそれほどの大仕事なのだった。
トキとヴェガが今回のチームアップ前に提示していた分配条件はごくシンプルである。報酬選択の第一優先権をふたりがひとつずつ持つこと。そのうえで原則
この、頭割、というのが額が大きすぎるのだった。
自分がいなくても彼等が大型黒竜を狩ることには問題なかったことは間違いない。半斤の薬草納品でギルドからは五百文(約1.5万円)の報酬を得ている。一人当たりとしては街で暮らすには端金ながら、今まで物々交換を主体としていたエルレアにとっては初めての大きな貨幣収入だった。たまたま儲け話に居合わせた程度の身でこれ以上望めようか。やっかみに気を配るべきという教えも心に新しく、エルレアは全力で尻込んでいた。
「かまわないわよ。もともと決めてたことじゃない」
「追加の狩りは、
「うぅん……納得しちゃいそうなんですけど、実際身の丈に余りすぎるといいますか……トキさんはいい感じに丸め込むのがうまいからなあ……」
ヴェガが吹き出した。
「じゃあ、先に魔石から考えたほうがいいんじゃないかしら」
「ああ、それがいいかもな。エルレアさんは魔石の使い方はご存知ですか?」
魔石として結晶化した魔素は、適切に解放することで身体に取り込むことができる。これにより、感覚機能や身体能力が向上したり、稀に新しく魔法やその他の特殊技能に目覚めたりするのだ。他には魔物を倒したり魔素の濃い領域で活動しつづけることでも同じことが起きる可能性がある。この魔素の取り込みこそが、熟練の戦士が人間離れした異能を誇る理由であった。他方うまくいかないと中毒を起こしてしまいもする。
ただし、肉を食べたからといってその場で腕力が強くなりはしないのと似て、これはすぐさま劇的な効果が約束されているものではない。むしろ小さい魔石では実感が大して得られないこともよくあって、そのため、目先の効率から手に入れても売ってしまう者も多かった。魔石は道具としての消費方法も確立されており、換金性も高い。装備を整えるほうがよっぽどわかりやすく強化できるし、そうでなくても駆け出しは生活費にも困窮しがちでもある。
とはいっても、魔素を自身に取り込むことは、冒険者にとって魔石の重要な使い途のひとつなのであった。
「――身体が強くなったり、トキさんやヴェガさんのような魔法が後天的に使えるようになるかもしれない、ということなんですね」
エルレアの医療魔法適性は生まれ持ったものだが、それとは別にいま使えない収納魔法などの便利な特技も、もしかしたら使えるようになるかもしれないということだ。エルレアはなんだかワクワクしてきた。
「あくまでも、レアケースとして可能性がある、というだけですけど、試さなければその可能性も生まれないからね」
「流通している魔石を取り込めば、魔物を倒さなくても強くなれるということでしょうか?」
これまで生きてきた中で、ごく少ないとはいえエルレアにも魔石に触れる機会はあったが、その魔素を自らに取り込んで糧にしようなどと考えたことは微塵もなかった。やりかたがわからないどころか、発想自体がなかったのである。それだけに、さまざまな可能性を秘めた物なのだと知って、魅力を感じたし好奇心も湧いている。あの大型黒竜と渡り合える力も、この道の果てに得られるかもしれない。
しかしそうだとするならば、一般社会の人たちにせよ、みな魔石をつかえば強くなれるものなのだろうか。
「理屈的にはありえますが、たぶんしっかりとありがたみを感じられるほどの魔石を揃えるのは大変すぎるんじゃないかな。貴族や大富豪なんかだとそういうアプローチも取ってるかもしれませんね。今回くらい量があれば目に見えて効果もわかると思うけど」
「どうしても欲しい魔石をお店で見つけたとしたら、私達は買うと思うわ。そういう意味ではエルレアちゃんの質問への答えもイエスになるかしらね。といっても、いままで市販で目ぼしいのを見たことはないかな」
魔石を解放する技術は、秘匿されているわけではないものの幅広くあまねく人々に有用なわけでもないので、主として冒険者や特別な兵士たちにのみ浸透しているのだった。たとえば仮に、薪を千本食べれば火が吹けるようになるかもしれないと言われても、ふつうはそのまま
この点、冒険者ごとに考え方はそれぞれであるが、トキたちは、基本的に魔石は買うことはあれど売ることはない、すべてを自分に使う、というスタンスだった。効率が悪かろうと保証がなかろうと、生まれもった基礎能力を超越してゆかねば、先に進めない領域がある。彼等はそう知っているのだ。そしてそれが、エルレアの入門しようとしている世界でもある。
「なるほど、薪を食べれば火が吹ける……」
エルレアの相槌に、トキがズッコケた。
「いや、それはあくまで物の喩えですからね! 薪は食べないでくださいよ?」
「あっ、いえっ、わかりやすいなと思っただけですっ、食べないです! あ、いや、これから魔石を取り込んでいこうという意味では効率が悪くても薪を食べる側になろうと思うんですけど! いや、じゃあ食べます!……あれ??」
必死で弁明しようとしてワタワタしているエルレアに、ヴェガが助け舟を出す。
「フフッ、じゃあ今回の魔石は、売らないで全部取り込む前提で分けるわね。人によって相性の良し悪しがあるから、できる範囲で確認しましょう」
エルレアたちは、50以上ある魔石を出しては引っ込めて、それぞれ手に取って確かめていった。触った時にどうにも嫌な違和感があるものがある。逆に大型魔石のひとつは掌に吸い付いて離れないような気がした。それらを伝えると、その感覚を持てない者も多い中でよくやれている、とヴェガが褒めた。魔石とのかぼそい対話に集中することが大切なのだ。さいわい、特殊な印象を抱いた魔石が三人の間で重複することはなかったので、事前の取り決めにもとづいてトキとヴェガが希望の魔石をひとつずつ選んだ後は、適合しそうなものを中心に三等分していった。
「副作用やデメリットも押さえておいたほうがいいでしょう。魔素中毒は別として、取込に成功した中で、稀に爆発的に何かが伸びることもあるんですよね。たとえば一気に耳が良くなりすぎてしばらく頭痛に見舞われた奴なんかを知ってます。上がった能力に振り回されてしまうなら、それはマイナスの働きと言えるかな」
「魔素を取り込むのは魔物に近づいていくことでもあると言われているわ。強すぎる力を得てしまうと人の世界では生きていけなくなってしまうかもしれない。無理を押したために理性を喪って闇に引きずり込まれたという伝説もあるの」
「おいおい、変にびびらすなよ。そっちは最初のうちは特に気にしないで大丈夫です。限界と向き合う時はいずれくるにしてもね」
魔物に近づく、という表現を聞いて、エルレアは少し気になった。
「あれっ、屍霊から得た魔石を取り込むと、まさか屍霊になったりするんでしょうか?」
直接的にアンデッドにはならないとしても、黒竜は瘴気の塊を吐きつけていたが、呼気が瘴気になってしまうとむしろ困りはてるかもしれない。
「それはたぶん心配ないです。魔石もとい魔素は、あくまでも各々の素質を強化するためのきっかけですよ。キノコを食ってもキノコ人間にならないのと同じじゃないかな」
「ヒエッ……キノコ人間……」
故郷の森で虫から
魔石解放は、そんなふうに身構えるエルレアの心配をよそに、きわめてあっさり進んだ。
魔法感覚の弱い者は解放用の補助道具をギルドで借り受けることもできるが、魔法が使えるならば自身の魔素と波長を合わせるイメージで、自身のものになるよう強く思いを込めて握り込む。魔素の
「いま問題ないなら、中毒は気にしなくて大丈夫。馴染むには大体一晩かかります。明日起きた後、身体と魔力操作の感覚を確かめるのを忘れずに行ってください。くれぐれもノーチェックで実戦に出ないように」
「あっけないでしょう? でも確実に何かは変わっているはずよ。混成パーティーだと、成果の魔石をこっそりくすねられないよう、分配まで気をつけてね」
明日が待ち遠しくなるエルレアだった。
次の更新予定
地味パーティーのエルレアさん 甘栗八(アマクリエイト) @amacreate92
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