第1章 第14話:生まれたときから骸骨

 エルレアたちは、黒竜ダイコクが完全に沈黙したことを用心深く確認しながら、その場でプチ反省会を開いていた。

 経験から学び次へと活かすことが、冒険者としての成長を後押しするのだ。行程全体を通した振り返りは帰還後にも行うが、強敵との戦闘は記憶が新しいうちに見返しておくほうがよい。


 肉弾攻撃が主体だったことから、右半身に目標を集中させたのは評価点。相手の目先は、時間差発動の魔法などでもう少し左右に振れればなお良かった。おおむねトドメになると踏んだ最後の魔法攻撃だったが、屍霊しりょうは急所が妙な場所にあるケースも多く、パーティーにとっての安全策を取るならば先に尻尾の無力化を考えても良かったかもしれない。その場合はヴェガが二発目の瘴気攻撃も相殺して、トキが尾を串刺しにするなどが対抗案だったか。しかし警備隊員が近くにいたことから、戦闘が長期化していれば彼等への流れ弾のリスクも増したため、早期決着姿勢は妥当だっただろう、などなど。


 戦闘全体を通して期待以上に動きが良かったとふたりから評されたエルレアは、むず痒さを感じながらもクネクネニヨニヨしている。しかし、腐蝕などの異状を引き起こす攻撃をもつ相手に対しては、回復役は前衛の状態にもうちょっとだけ気を配ったほうがいいかも、というヴェガの忠告に、弓矢による攻撃タイミングを見つけ出すことにばかり集中していたことを思い返して反省した。たとえばトキの足が毒液で傷んだら、黒竜の重い攻撃を捌ききれなくなって、それだけで一気に瓦解していたかもしれない。


 一連の振り返りの後で、ふとエルレアは思い出した。


「そういえば、名前、せっかくつけたのに一回も呼ばなかったですね」


「もし別個体が乱入してきた時に特定しやすくしておきたいっていう理由なんでね。今回は邪魔立てが入らなくて良かった」


 たしかに、と納得するエルレアに代わってヴェガが言う。


「『大黒ダイコク』は遠方の福々しい富の神なのよ。デカくて黒いから大黒、ってもう同じ名前が三回目。力抜けちゃうんだからもうちょっと工夫してほしいわ」


「その場でわかりやすいのがいいだろ。さあ、福の神の恩恵はここからだぜ」


 そう、素材の回収である。



◇◇◇



 死骸の始末は、戦闘をはるかに上回る大仕事であった。


 一般に、魔物は死ぬと『魔石』と呼ばれる魔素まその結晶を体内にいくつか残す。ほかにも魔物ごとにさまざまな部位に価値があるが、この魔石が冒険者にとって特に重要な資源である。慣れないと手当たり次第に解体していかねば見つけられないものの、経験や技術でおおよその見当がつきはするのだった。中級以上の冒険者ともなれば、素材回収にもみな各々のすべを持っている。ヴェガたちは魔素を感じ取って探知するらしい。


 しかし黒竜ダイコクはそれにしても大きすぎた。なにせ体高からして十間(約18m)は簡単に超える巨体である。船や建物の解体作業をやっているようなものだ。

 しかもそのような無機物よりも厄介なことに、この小山のような体積をなす肉塊は既に腐り溶けはじめて、ドロドロとしたどす黒い腐敗液がそこら中に染み出してきているのだった。戦果の獲得もさることながら、この死体を放置すると容易に疫病や新たな屍霊の発生源となってしまうという事情もあって、迅速な処理が不可欠であった。そして素材回収のためには、これを警備隊に丸投げするというわけにもいかない。

 トキとヴェガは、土魔法で作り出した大型の鋤のような道具を振るって肉片を取り除き、端から魔法で焼却する、という手順を延々と繰り返していた。目を見張る手際ではあったが、一刻(約30分)ほど続けてようやく頭蓋骨の半分が露出したかという程度である。


「まだ魔石反応はいっぱいあるわ。取り尽くしたら一気に処理できるから、そこまでがんばってよね」


「ああ、お互い持久戦だ、腰据えよう。しかし肉も内蔵も活用できない完全なアンデッドだなあ。『龍息りゅうそく』も『しん』もきっとダメだ。髄まで腐ってるから、骨もちゃんと処理しねーと大半が使い物にならない。まあ、爪や牙なんかは加工すればなかなかの道具になりそうではある」


「ええ、使える部位はよけておいて、まとめてで洗って仕舞いましょう。今日中に済ませてしまいたいんだから、ペース落としたらしばくわよ」


「まかせな、すぐに生まれたときから骸骨だったかのようにツルッパゲにしてやるさ」




 ふたりが軽口を交えながら重労働にいそしんでいる横で、警備隊員の怪我には、並行してエルレアが治療を施した。まだ肉に覆われている黒竜の亡骸を差し置いて脇腹の骨まで見える一番の重傷者だったジャーメインもしっかりと回復しているし、その他の面々の手当てもさほど時間を要することなく完了した。


 また、そのあたりで救援部隊も合流したため、道中彼等が遭遇した四伎鴉ザッパとの交戦で負傷していた隊員にも回復の魔法をかけたのだった。医療術師による手当てなどふつう期待できないため、最低でもしばらくの怪我人けがにん生活か、最悪障害が残ることまで覚悟していた隊員たちは皆、思わぬ幸運に喜びを隠していない。


 救援部隊は、救援完了を示す緑色の狼煙を上げた後、半数の四名を簡易報告のために帰還させて、残りが巡回部隊とともに死体処理を手伝っている。毒液の染み込んだ土壌を掘り返して一箇所にかためたり、穴を掘って灰が飛散しすぎないようにまとめたりするのだ。冒険者が狩った自体への手出しは避けるのが不文律ではあったが、防疫など地域管理の観点でも、この後始末は相当に重要なのだった。


 エルレアもこれらの作業に加わろうとしたが、ドロドロに足を取られたり灰で滑って転びかけたりして、危なっかしいことこの上なかったので、離れて座って見ているようにヴェガから言いつけられておとなしくしていた。血を多く失ったことから大事を取って安静にしているジャーメインが話しかけてくる。


「これほどまでに巨大な怪物をまさか無傷で下してしまうとは、エルレアさんたちはまことにすさまじい使い手ですな」


「あ、いえ、凄いのはあの二人でして、私は全然……」


「ハハハ、またまたご謙遜を。展開いただいた防護壁であいにく戦闘の全貌は伺えませんでしたが、あの巨大な脚が魔法の矢に燃え落ちるサマはしかとこの目に焼き付けましたぞ。それに、医療魔法の絶大な威力も身をもって体験させていただいたばかりです」


「いやほんと、たまたまお役に立てて良かったのですけれども……」


「恥ずかしながら我々はあの咆哮で震え上がってしまいまして。あれに敢然と立ち向かわれるとは、見たところまだお若いのに恐れ入ります」


「あの、それも強化魔法あってのことですので……」


「伝説に謳われる竜退治なども、きっと同じような異能の英雄によって成し遂げられたんでしょうなあ」


 おべんちゃらなのか単なる感動なのかなんなのか、止まらない賛辞に居心地が悪すぎたエルレアはヴェガに泣きつき、どうにか雑用を捻り出して早々と解体に戻ったのだった。

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