第1章 第11話:ご指南いたしますよ
エルレアたちが狼煙に気付いたのと前後して、屋内からもおなじくこの信号を認めたのだろう、やにわに騒がしくなった駐屯所から、すぐさま先ほど会話した担当者が転がり出てきた。ヨガヒナ沢が怪しい、と告げた冒険者をあわよくば捕まえて、一転更に情報を引き出そうという魂胆である。男は一行がとどまっていたのを見て、わずかに安堵を見せながら駆け寄ってきた。
トキが小さくささやく。
「この先の交渉は、俺に預けてください。悪いようにはしませんから」
隊員に求められるまま詰所へと全員で向かう。一行としても協力を辞さないと腹づもりは固めたが、果たして話がどう転ぶものか、エルレアにはまだ予測がつかなかった。
◇◇◇
「この一刻を争うかもしれん事態に足下を見てくれる!」
「我々が出るなら突発の個別依頼を出していただきたい、と申し上げただけですよ」
冷静に話すトキに食って掛かっているのは、ひと回り大きい赤ら顔の中年男性である。
「間引きクエストは既に出しているだろう、後から融通すればいい。冒険者ギルドではその程度の応用も効かんのか!」
この十年ばかり、警備隊はナバテの森における魔物遭遇率の観測を続けており、目安から大きく上振れた時に冒険者ギルドに魔物の間引き依頼が出されている。予算にも限りがあるため報酬は小遣い程度。ただし期間内であれば、先に討伐した分を後から受注したクエストに算入することもギルドでは認められていた。要するに、日々の狩りに臨時手当を設けて冒険者たちに動機付けする、くらいの仕組みなのだ。
先程の信号は、巡回部隊には手に余る事態が起きていることを意味しているはずで、間引き依頼のささやかな報酬で特別に冒険者を雇えるかというと、本来まったく見合わないのだった。
「地域安定のために身を削っているのは我々だぞ。隙あらば利益のみ掠め盗ろうとしおって! こんなときくらい協力しろ!」
恫喝とも思える協力要請を続けているのは警備隊の副隊長である。医療魔法のつかえる中級冒険者たちだと聞いて、この際このパーティーを安手で活用しようというつもりなのだ。
これまでの人生で、他人を怒鳴りつける人間にほぼ出会ったことのなかったエルレアは、この男性の態度に心配になってきた。報酬にこだわると、警備隊と事を構えることにはならないのだろうか。それに、もし負傷者がいるならば、口論している場合でもないのでは。
「では要請はお受けしましょう。間引き依頼を受ける形で、信号方面に向かい、警備隊の負傷者がいれば救護します。活動中の獲得物は当方のものですね」
ハラハラし始めたエルレアの思案が杞憂であったかのように、トキは思いの外あっさりと引き下がった。
「うむ、それでいいんだ。行動は警備隊の指示を優先してもらうぞ」
「でしたら個別依頼の方法をご指南いたしますよ」
ニッコリと切り捨てるトキに、強気の男も押し黙ったのだった。
◇◇◇
副隊長らとの話を終えた一行は、詰所を足早に出立した。
赤黒い狼煙はまだ見えている。ここから正確な場所はわからなかったが、入口ですれ違ってから二刻(約1時間)ほどということもあり、巡回部隊は三叉路近辺で遭難した可能性が高い、というのが警備隊とトキらの共通の見立てであった。あらためて森の状況を聴取した救援部隊は既に出発しており、ひとまず彼等を追いかけることになる。
急ぎ歩を進める中、エルレアはふたりに尋ねた。警備隊に個別依頼を出してもらわなくてよかったのか?
「私にはお作法がわからないので、文句があるとかそういうわけでは全然ないんですけど……」
「もともとこの手の辺境組織に動かせる資源は限られていますから、あの場で引き出せるカネとか特権なんて全然ないんです。怒鳴りつけも単なるポーズですよ。いいとこでもうひとり、隊長だかが
であれば、個別依頼の話を持ち出す必要も特になかったということでは? そんなエルレアの疑問を先取りしたのか、トキは続けた。
「ただ
「救難信号、単に警備隊員が崖から落ちただけとかだったら、骨折り損よね」
「まあ、こういうのは助け合いさ。それに、そんなシナリオじゃない。俺の勘がそう言ってる」
混ぜっ返すヴェガにトキは笑って返したが、その目は鋭く光っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます