第10話

「晴れ渡る快晴の中、がおーんランドにご来場の皆様。

 本日は当パークにご来場頂き、誠にありがとうございます。

 当パークではご存じの通り、遥か古代に生きた恐竜を

 モチーフとした多種多様なアトラクションを展示しています。

 ご来場の皆様に心よりお楽しみ頂けますよう、

 わたくし共は日頃から様々な催しを行っており――」


 俺とギャル子は現在、がおーんランドに来ていた。

 正確には入り口の前。開園前のゲート前広場に。


 時計は9時少し前を指している。まだ肌寒い時間帯だ。


 周囲は既に集まった大勢の人々でごった返していた。

 俺達と同じくがおーんランドへと遊びに来た人達だ。


 同じエリアに溢れそうな程の人間が集まっている。


 普段村の閑散とした風景を見慣れている俺は心底驚いた。


 アマギ村じゃこんなに人が集まるなんて事は絶対にない。

 どれだけ集まっても精々、5、60人が限度だろう。


 これが都会か……。なんて、田舎者感丸出しな事を考えていた。


 ……格好悪いので、表情にそんな内心を出す事はしないが。


 そして正面では舞台の上で長い黒髪の少女が挨拶を行っていた。

 大勢の人の前に立ち、流れるような口調で丁寧に分かりやすく。


 俺と変わらない年頃に見えるのに、随分と立派な振る舞いだった。


「……ねえ、ねえりゅうちゃん。ちょっとちょっと。

 さっきからあの女の子の事、見過ぎじゃない?

 そんな熱い視線を送るのはウチ、どうかと思うんだけど」


 壇上の少女の事を感心しながら眺めていると、

 ジト目をしたギャル子がそんな事を言ってきた。


「……うん? ああ、悪い。マジマジと見過ぎてたか?

 いや、俺達とそう歳も変わらなそうなのに凄いなと思ってさ」

「ふぅん? りゅうちゃんってばああいう女の子が好きなんだ?

 確かに長い黒髪とか綺麗だし、それにとっても美人だもんね?」

「どうしたんだ急に。人が多くてストレスが溜まってるのか?」


 何故だろうか。ギャル子がぷりぷりと怒っている。


 原因がまったく分からず俺は困惑した。

 ギャル子は一体なにに怒っているんだ?


 そう怒られると折角のがおーんランドを楽しみ辛いんだが。

 なんで怒ってるかは知らないが、早く機嫌を治して欲しい。


 怒ったギャル子をどう宥めるか対処に困っていると、


 ――少し離れた場所に、俺は珍妙な物体がいる事に気付いた。


「――おっ! あれはもしかしてがおーん君か!?」


 頭はトリケラ、胴ティラノ。そして腕はプテラノドン。


 そんななんとも言えない珍妙な姿をしているアレは、

 まさしくがおーんランドのマスコット――がおーん君じゃないか!


 彼は来場客が退屈しないように色々行っているようだ。

 開園を待つ人々に手を振ったり、握手をしたりしている。


 そして彼が俺の居る場所へ徐々に近付いてくると――


「がおーん君、俺だー! こっち向いてくれー!」

「that's so crazy! がおーん君! kiss me!」

「ひゅーひゅー! がおーん君最高ー! 大好きだー!」

「がおーん君、会いたかったよー! こっち来てー!」


 ――途端に、近くの男性客(と一部の女性客)が歓声を上げた。


 そう。なんとも言えない珍妙な見た目でありながら、

 その実、彼はがおーんランドで随一の人気者なのだ。


 周囲の盛り上がりに応じて、彼も腕を挙げたりしている。


「動画では何度も見た事があるけど、本物は初めてだ!

 凄いな、本当にロボットが一人で動いている……!!」


 がおーん君は時折わざとらしく機械音を出したり、

 動きの途中途中に機械っぽい動作を織り交ぜている。


 サービス精神溢れる彼の姿に、俺は目を輝かせた。


 ――がおーん君とは精巧に作られたロボットだ。


 そもそも秋葉グループとは工作系機械を扱う会社だった。

 ある企業の下請けとして、会社の経営を続けていたのだ。

 

 ところがある日、社員の一人が廃材からロボットを製作。

 その作業風景や完成の様子をネットに投稿してしまった。


 すると――なんとまさかまさかの大バズり!


 それから当時の秋葉グループ――秋葉工業は瞬く間に有名になった。

 工業に疎い一般市民にも「ああ、あのロボットの」と言われる程に。


 そこから一体どういう判断が成されてしまったのか。


 秋葉工業は社名を秋葉グループへ変更。

 テーマパークの建造に着手し始めた。


 そう――現在世界中で大人気な『がおーんランド』の建造を。


 がおーんランド。恐竜とロボットをモチーフにしたテーマパーク。

 大人も子供も楽しめるようにと、設計から入念に構想が練られた。


 建造には10年の歳月と莫大な額の資金が必要とされた。

 下手せずとも一瞬で会社が傾きかねない莫大な額の金が。


 がおーんランド建造は、秋葉グループにとって博打と変わらなかった。


 当時はあらゆるメディアや企業がこの行いを嘲笑した。


 当然だろう。ロボットでちょっと有名になっただけの会社が、

 いきなり移動型の巨大テーマパーク作りに着手し始めたのだ。


 誰も成功する訳がない、と相手にもしなかった。


 しかしその予想は外れ。がおーんランドは想定外の大成功を収めた。

 世界中から人気を集め、秋葉グループを大企業へと押し上げたのだ。


 秋葉グループは何故ここまで成功する事が出来たのか?


 理由は色々と言われているが、やはり一番はアレだろう。


 最初の大バズりの原動力となった一体のロボット。

 あれこそが秋葉グループ大躍進の理由なのだ、と。


 そのロボットこそ現在がおーん君と呼ばれるマスコットの原型だ。


 がおーん君は秋葉グループに幸運を運ぶ神の使いだ!

 そう言ってありがたがる一派すらいるほどである。


 ――つまりがおーん君はロボットであり、恐竜であり、幸運の使者だ。


 そんな彼が世界中で人気者になるのは至極当然の事。

 もちろん俺も、そんな彼を支持するファンの一人だ。


『来てくれてありがとう! たくさん楽しんでいってね!』

「もちろん! それとがおーん君、是非握手してくれ」

『OK! ボクの爪は鋭いから、気を付けて握手をしてね!』


 握手を終えると、彼はすぐに他の客の元へ行ってしまった。


 ……悲しいけれど仕方がない。がおーん君は人気者なんだ。

 俺だけが彼を独占し、他の客の楽しみを奪う訳にはいかない。


 しかし――うわぁ。うわぁ!


 がおーん君と握手をしてしまった!

 これは一生の思い出になるぞぉ!


 あぁ……この感動を留守番中の二人に分けられないのが惜しい!

 きっとあの二人も、ここに来られれば大いに楽しめただろうに!


 がおーん君との触れ合いに浸りつつも、

 俺はニューイとみずもちへの申し訳なさで胸が一杯だった。


「……男の子って本当にロボットとかそういうのが好きだよね。

 パパもがおーんランドに行きたいってずっと言い続けてたし」

「当然だろう? 恐竜だぞ! ロボットだぞ!

 しかもそれらが合体してるんだぞ!?

 これで好きにならない訳がないじゃないか!!!」


 断言できる! 男の半分はがおーんランドに来たいと思ってる!

 じゃなきゃ年間来場者数が一億人越えなんて事になるものか!


 実際はがおーんランドに来たい人はもっと大勢いて、

 けれど何らかの理由で行けない人がほとんどのはずだ!


 がおーんランドが移動テーマパークなのは

 そんな人達にも楽しんで貰う為なんだ!


 がおーんランドが人気である続けるのは、そんな配慮にも一因がある。


「ウチにはあんまり良さが分からないけどね……。

 ……けど、うん。大はしゃぎするりゅうちゃんは可愛いし。

 これだけでもりゅうちゃんを誘った甲斐はあったかな」

「なんだっ? ギャル子、今何か言ったのか!?

 周りの声が大きくて何を言ったのか聞き取れなかった!

 もう一度、今度はもう少し大きな声で喋ってくれ!」

「う、ううん! なんでもないよ、気にしないで!!」


 わたわたと手を振り、挙動不審にそう言ったギャル子。

 そんな彼女に、そうか? と俺は眉を顰めた。


 全然なんでもないようには見えなかったが……。

 ……まあ、いいか。何かあれば言ってくるだろう。


 ギャル子にも聞かれたくない事はあるだろうし、

 言われない限りは俺も何も聞かないでおこうか。


 そう考えていた時、辺りから賑やかな音楽が流れ始める。


「おっ。もうそろそろ開園しそうだな」


 ゲートの辺りでスタッフの人達が準備を進めている。

 周囲の来場客たちも、期待からかそわそわし始めた。


「ギャル子、念の為に手を繋いでおこう。

 この人混みで逸れたら大変だからな。

 しっかり俺の後ろに付いて来るんだぞ?」

「う、うん。分かったよりゅうちゃん。

 その……ウチの為にありがとう」

「なに、これくらいなら別に構わないさ」


 ギャル子の手が俺の手と繋がれる。

 俺の手より、少しだけ小さな手だ。


「それでは――がおーんランド、開園です!」


 スタッフの合図でがおーんランドの入り口が開いた。

 まるで濁流だ。人々が同じ方向へ一斉に流れていく。


「よし、俺達も行くぞ。時間との勝負だからな。

 ここを楽しみ尽くす為には効率よく回らないと」

「うん! たっくさん遊ぼうね、りゅうちゃん!」

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