第8話
「すららららららら、すらららら~っ!!!」
「……うっわぁ。めっちゃ吹き飛んでる。
スライムめっちゃ吹き飛んでる。
なんなの? あいつなんなの?
もうあいつだけで勝てそうな勢いなんだが」
『じゃのう。途轍もなく張り切っておるわ』
「張り切ってるで済ませていいのか? これ」
群れ相手に無双する仲間のスライムに、俺は乾いた笑いを漏らした。
俺は今、召喚したスライムを連れてスライム平原にまで来ていた。
ここへ来た目的は仲間のスライムの実力を確かめ、評価する事。
さっきは勢いで癒し枠にすると言ったが、あれは半ば建前。本当はきちんと戦闘能力も測り、見れた実力次第で戦闘に出すか癒し枠にするかを決める予定だった。
多少でも戦えれば御の字。自衛まで出来るなら言う事はないと考えて。
のだが……仲間になったスライムは、俺の想像を遥かに超えて強かった。
――最初こそは一匹のスライムと戦わせる事から始めたのだ。
同じスライムを用意し、どれほど戦えるか確認するつもりで。
そして見事快勝する姿を見て喜んでいた。……その頃までは。
しかし二匹。三匹。四匹。――十匹。二十匹。三十匹とあいつが同時に相手をする数を飛躍的に伸ばしていくにつれ、俺とニューイはおや? と揃って首を傾げた。
そして今では集まってきたスライム相手に無双劇を繰り広げている。
もはや俺は、あいつなんなの? という気分だった。
幾らなんでもちょっと強すぎじゃありません? と。
「なあニューイ。あいつ、なんであんなに強いんだ?」
『うーむ。恐らくはモンスターの本能が原因じゃろうな』
「モンスターの本能? それはどういうものなんだ」
尋ねると、ニューイは重々しく頷き語り始めた。
『うむ。そもそもモンスターとは戦闘用の生物じゃ。
繁栄を目的としているおぬしら人間とは違い、
生まれからして戦いの為に存在する、強き生き物。
それがモンスターという特殊な生命なのじゃ。
それ故、奴らは戦うという行為に一切忌避感がない。
あれほど強いのは、恐らくはそれが原因じゃろう』
「それだけであんなに強くなれるとは思えないが……」
そんな、ちょっと戦いへの忌避感がないくらいで。
軽く言った俺の言葉を、しかしニューイが否定する。
『本当にそうじゃろうか? 龍太郎よ、よーく考えてみよ。
忌避感がないという事は、攻撃を躊躇わないという事じゃ。
――即ち敵に対して一切、容赦が存在しないという事。
戦う為に生まれた生物が躊躇なく攻撃してくるんじゃよ?
考えただけでも恐ろしいと思わぬか? のう、龍太郎よ』
語る彼女の口調には妙な迫力と説得力があった。
「な、なるほど。そう聞くと確かに恐ろしく感じるな……」
――敵への攻撃を躊躇しない。
それだけ聞くとなるほど、大した事がないように思える。
だが現実的な目線で考えるとその恐ろしさがよく分かる。
なにせ自身よりも遥かに強靭な身体を持つ生き物が、
一切躊躇わずに自分目掛けて襲い掛かってくるのだ。
下手をせずとも命の危機に繋がる危険な事態だ。
もし自分が襲われる立場になったらと思うと恐怖しかない。
でも……、と口にして。俺は仲間のスライムに目を向けた。
離れた場所ではスライムがビッグスライムを圧倒している。
あのスライムも同族への攻撃に特に躊躇い等はないようだ。
「……じゃあ、あいつはなんであんなにも強いんだ?
条件はここにいる他のスライム達も同じだろう。
ビッグスライムに至っては、むしろ勝っているはずだ。
それでもあいつがあれほど無双できる理由は一体……?」
『うーむ。なんでなんじゃろうなあ。まったく分からん』
とぼけた口調で首を傾げたニューイに、俺はずっこけた。
「わ、分からないのか……? 仮にもお前、神様なんだろう?」
『わしは確かに神じゃが、全知全能になった覚えはないのでな。
というかあやつは本当になんなんじゃ。なんであんなに強い?』
俺達が話し合っている間にも、スライム達の闘争は進む。
まるで波のように押し寄せるビッグスライムの攻撃。
しかしスライムはそれらのすべてを巧みに躱していく。
そして懐へと潜り込み――渾身の一撃を叩き込んだ。
――倒れるビッグスライム。スライムの勝利だった。
「……分からない事だらけだが。なあニューイ」
『……うむ。どうしたんじゃ? 龍太郎よ』
「……つまりあいつがスライム界最強って事か?」
『……どうやらそのようじゃな。いや、驚いた。
わしらは歴史的な光景を目撃したのやもしれぬ』
前方ではスライムが高らかに勝ち鬨を上げていた。
……倒れたビッグスライムの亡骸を下敷きにして。
「では実力も知れた事じゃし、やるべき事を済まさねばな」
戦いを終えたスライムが戻ると、ニューイが言った。
「やるべき事? そんなものあったっけか?
あいつの実力は無事に見れただろう。
他にやるべき事なんてないと思うんだが」
「何を言っとるんじゃ、おぬしは。
まさか本当に分からんとは言わぬよな?」
「あ、ああ。特に思い当たる事はないが……」
彼女にジロリと白い目を向けられ、思わずたじろぐ。
あいつが癒しだけの存在じゃない事は分かった。
何故かスライムの中で最も強い存在である事も。
だがそれ以外に何か気にする事なんてあったか……?
何も考えを捻り出せずにいると、ニューイが溜息を吐いた。
「……はぁ、まったく。名付けじゃよ、名付け!
このスライムに名を付けてやる必要があるじゃろう?」
「……ああ! そうか、そういえばまだ付けてなかったな。
名前が無くても区別が出来てたからすっかり忘れていた」
そうだよな、確かに何かしら考えてやる必要があるよな。
呼べる名前がないと、こいつを呼ぶ時とかに困るもんな。
「名付けを忘れるとは、随分と薄情な奴じゃな。
……じゃが、まあ今それはどうでもよい。
分かったらほれ、さっさと良い名前を付けてやれ」
「急に言われてもすぐには思い付けないぞ……?」
これは困った。名付けと言われてもすぐには思い付かない。
けれどやらないという選択肢はない。というか取れない。
もし今付けなければ、スライムは名無しになってしまう。
そうなれば、俺はなんやかんや名付けを後回しにするだろう。
これまで問題なかったからこれからも問題はない、と。
未来の自分が名付けを面倒がる姿が、俺にはハッキリ見えた。
ちらり、と俺は足元にいるスライムに目を向ける。
「すらら~?」
スライムは状況が分かっていないのかのんびりしている。
丸い身体を捻って俺を見上げる姿は、愛くるしいの一言。
……うむ。流石に名無しはスライムが可哀想すぎる。
なんとしても今のうちに名前を付けてやらなければ!
「そうだ! ニューイが名前を考えてやるのはどうだ?
神様であるお前ならいい名前を考えられるだろ?
それならこいつも名前が貰えるし、いいんじゃないか?」
とはいえ、何も絶対に俺が名前を考えてやる必要はない。
良い名前であれば、他の人が考えたものでもいいはずだ。
だから他の人に考えてもらうのはきっと間違いじゃない。
うん。我ながらナイスアイデアだ。よくやったぞ、俺!
「阿呆。何故わしが考えねばならぬ? おぬしがやれ」
しかし、ニューイは俺のアイデアをバッサリと否定した。
何故? どうして? なんで考えてくれないんだ!?
お前はスライムが名無しになっても構わないのか!?
そんな想いを込めて睨む俺に、彼女は鼻を鳴らした。
「よいか、この阿呆め。こやつの主人はおぬしなのじゃぞ?
配下の面倒を見るのは主たるおぬしの義務じゃろう。
それが出来ずして、どうして主を名乗る事が出来ようか。
おぬしはこやつの主。ならばおぬしがやらんでどうする?」
「う、うぐぅ……っ。そう言われると何も言えないが……っ」
ニューイの口撃は俺の心に会心の一撃を叩き込んだ。
威力が高すぎる。誰かポーションを持ってきてくれ……!!
「すら~? すら~! すらすら、すら~!」
ダメージを負い跪いた俺に、スライムが何かを伝えてきた。
言ってる事は分からないが……励ましてくれているのは分かった。
……そうだよな。お前を雑に扱っちゃあ駄目だよな。
これから仲間になるんだ。真剣に名前を考えないと。
「……分かった。やっぱり俺がこいつの名前を考えるよ」
「よし、それでこそ龍太郎じゃ! では、頑張るのじゃぞ?」
ニューイに応援され、俺はスライムの名前を考え始めた。
「……うーん。名前、名前なあ」
だがいざ考え始めてみても、中々名前は決まらない。
――あっちの名前とかいいんじゃないか?
と、考えたり。あるいは、
――こっちの名前の方がいいんじゃないか。
等とつい考え、中々これだと思う名前を決められないからだ。
そんなこんなで、考え出してから既に数時間が経過していた。
「……龍太郎よ、まだ思い付かぬのか?」
「もう少しだけ待っててくれないか、ニューイ。
あとちょっとでいい名前が浮かびそうなんだ」
「これは時間が掛かりそうじゃのう……」
当然、名前が決まるのを待っていたニューイはとっくにダレていた。
離れた場所で“奴に任せたのは失敗じゃったか”、なんて呟いている。
うるさいな。俺に任せたのはニューイだろう?
少し待たされたくらいで文句言わないでくれ。
そう思ってぶーぶー文句を垂れる彼女を睨んだ――その時だった。
「――そうだ! みずもち、みずもちなんてどうだ!?」
――突然、まるで天啓を受けたようにその名前を閃いた。
みずもち。まさにこのスライムの為にあるような完璧な名前だ。
きっとこの名前以上にフィットする名前は――他にはない。
そう確信し、俺は頷いた。うむ。これ以上ない素晴らしい名前だ、と。
「……うむ? どうやら名前が決まったようじゃな」
「ああ! 今日からそいつの名前はみずもちだ!」
「みずもち……ふむ。そやつによく似合った名前じゃな」
うんうん頷くニューイを横目に、俺はスライムと向き合う。
「すらら~? すらすら、すら~? すららら~?」
「分かるか? 今日からお前の名前はみずもちだからな!」
「すら~! すら、すらすら、すらら、すららら~!」
名前を教えると、スライム――改めみずもちは大喜びした。
よっぽど嬉しいのか、飛び跳ねつつ辺りを走り回っている。
――どうやら俺は、最高の仲間を手に入れる事が出来たらしい。
みずもちと共に、これからもダンジョン攻略を楽しんでいこう!
走り回るみずもちを眺めながら、俺はそう決意した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ここまで読んでいただきありがとうございました!
これにて第一章は終了です!
次のエピソードから第二章に入ります!
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