第二章
第9話
「……おぃーっす。おはようさん、ニューイ」
「うむ。おはようなのじゃ、龍太郎」
俺が朝起きてリビングに行くと、既にニューイが待っていた。
我が家に来て以来、彼女はすっかりうちに居着いていた。
理由を聞くと「龍太郎が与えた力を悪用せんようわしが傍で見張ろう。なに、おぬしの生活に悪影響は及ぼさぬからそう心配せずともよい」等と口にしていたが。
きっとそれも本音だろうが、本当は居心地がいいから居座ってるだけだ。
実際、我が家に来てから彼女が気を張っていた事など一度もない。
ソファーを占拠し、一日中ぐでーっとした姿を晒している。
まあ俺としては家が賑やかになるのでどれだけ居てくれても構わないが。
この家は、家族のいない俺が済むには少し広すぎると思っていたからな。
「ちょっと待ってろ。すぐ朝飯用意するから」
「助かるのじゃ。今日も美味しい朝食を頼む」
「すらら~? すら、すら、すら~!」
朝食を作っていると、みずもちもリビングにやってきた。
ぴょんぴょん飛び跳ねながら移動している。
うむ。相変わらずとても可愛らしい生き物だ。
「お、みずもちもおはよう。すぐ朝飯出来るからな」
「すららら~!? すらら、すららら、すら~!」
ごはんが出来ると言った途端、みずもちは慌てて席に着いた。
その慌てっぷりに、俺は笑った。
「はは。そんなに慌てなくても誰も取ったりしないさ。
もっと落ち着いて、ゆっくり席に着いていいんだからな?」
「すらすら! すららら、すらら~!」
「ええ? ニューイが取るかもしれないって?
……ニューイ、お前そんな事するのか?」
「何を言っておるんじゃ。する訳があるか、たわけ」
みずもちの言葉に乗っかる形でニューイを揶揄う。
すると彼女に呆れた眼差しを向けられてしまった。
そしてニューイはみずもちへと視線を向ける。
「みずもちおぬし……、少々わしへの敬意が薄くはないか?
わし、神じゃぞ? この世で最も偉大な存在じゃぞ?」
「すら~! すららら、すら~、すら!」
翻訳すると、みずもちは弱者に下げる頭はないと言っていた。
はは。神様相手にとんでもない事を言うな、みずもちも。
我が家で暮らし始めて以降、二人は色々な事に挑戦している。
ゲームもその中の一つだ。ニューイ達は夢中になって遊んでいた。
――しかし、そこでみずもちに意外な特技が発覚。
遊んでいるうちにみるみるゲームの腕が上達していったのだ。
ゲーム内ならあいつに敵はない、と断言してもいいくらいに。
結果。我が家のゲームランキングではみずもちが首位を独走していた。
ちなみに二位はニューイ。俺は最下位として二人を見上げている。
「なな、なんじゃと~!? みずもちおぬし貴様っ、
少々ゲームが強いからと調子に乗りおって……!!
朝食を食べ終えたらもう一度わしと対戦せよ!
今度こそは貴様を打ち負かしてくれる……ッ!!!」
「す~らら~! すらすら、すらららすら~!」
“最強とは、ただ最強であるが故に最強なのだ”。
“お前にもう一度それを教え込んでやろう――”。
みずもちが何処かのラスボスみたいな事を言っている。
いったい何処で覚えて来たんだ、そんな台詞。
……俺も機会があれば試しに言ってみたいな。
そんな風に俺達が朝の団欒を楽しんでいる時だった。
ぴんぽーん! と、玄関のチャイムが鳴った。
「……うん? こんな時間に誰だ?
誰かと会う予定なんてあったっけ」
――そんな約束をした覚えなんてないけどなあ。
そう首を傾げていると、もう一度ぴんぽーん! と鳴った。
続けてぴんぽーん! ぴんぽーん! と連続で鳴らされる。
「なあ龍太郎よ。あれが誰かなどわしは知らぬが、
早く出てやった方がよいのではないか?
……というか早く出るのじゃ龍太郎。
鳴らされ過ぎて鬱陶しいぞ。おぬしが止めてこい。」
「……それもそうだな。分かった、出てくるよ」
これだけ鳴らすって事は何か緊急の用事かもしれない。
もしそうだとすればあんまり待たせない方がいいよな。
「二人は気付かれないよう、静かに待っててくれ」
「うむ。呼吸音すらない完璧な隠形を披露しよう」
そんな事したら死ぬんじゃないのか……?
いや、大丈夫なのか。二人は人間じゃないから。
ニューイの言葉に苦笑いし、俺は玄関へと向かった。
「はいはい。こんな時間に一体誰だ……?」
「――あっ、りゅうちゃんおはよう!
こんな時間に来ちゃってごめんね?」
「ギャル子……? どうしたんだいったい」
玄関扉を開けると、そこにいたのはギャル子だった。
休日だからか、制服ではなく私服を着用している。
落ち着きの中に彼女の明るさを付け加えたような雰囲気。
率直に言ってとても良く似合ったコーディネートだ。
「その……こんな時間に来ちゃったのはね、
りゅうちゃんに……これを渡したくて!」
そう言って差し出されたのは一枚のチケットだった。
チケットの表面にはポップな恐竜のイラスト。
吹き出しがあり、恐竜が遊びに来てね! と言っている。
この特徴的なイラストのチケットには見覚えがあった。
「これは……まさかがおーんランドのチケットか!?」
――“がおーんランド”。
それは俺達が暮らしている国、ヤマト大国が世界に誇る大企業。
――『秋葉グループ』が手掛ける移動型テーマパークの名前だ。
国内外問わずに大人気で、大人も子供も行きたがる最高のテーマパーク。
去年などは年間来場者数が1億人を突破した! とかネットニュースでやっていたのを見た覚えがある。
100人程しかいない村で暮らしている俺にはとても想像できない数だ。
“秋葉グループ、あるいはヤマト大国”といえば“がおーんランド”。
世界中でそう言われるほど有名な、超絶大人気のテーマパークだ。
「凄いな! こんなもの、どうやって手に入れたんだ?
それってよっぽど運が良いかコネがないと、
倍率が高すぎて手に入らないって噂になってたやつだろ?」
俺も一度だけ購入しようと試してみた事があるけど、
当たり前のように倍率の壁に阻まれて買えなかったからな。
あれを並大抵の幸運で突破するのは難しいと思う。
「うん。パパが仕事の付き合いで貰ったみたいなんだけど、
時間が合わなくて行けそうにないからって、ウチにくれたの」
「そうなのか……。宗五郎さんも運が良いのか悪いのか。
あの人も前から行きたいって何度か言ってたのに、
チケットが手に入ったら手に入ったで時間が合わないなんて」
俺が同じ立場だったら、悔しいなんてもんじゃ済まないな。
しかも自分じゃチケットが使えないから他の人にあげるなんて。
理屈は理解できても、きっとそんな事出来る人は中々いない。
宗五郎さん……あの人はやっぱり余裕のある恰好いい大人だ。
「チケットは今渡したのと合わせて二枚あるから、
その、ウチとりゅうちゃんで行きたいと思ってさ」
「それでわざわざこんな時間に誘いに来てくれたのか?」
「…う、うん。そういう事なの。りゅうちゃん」
そこで、何故かギャル子は押し黙ってしまった。
顔も少し赤く、もじもじしているように見える。
そして堰を切ったように捲くし立ててきた。
「……そ、それじゃあね! ウチはもう帰るからっ!?
チケットに書いてある日は空けておいてっ!
集合時間とかはまた後で連絡する! じゃあばいばいっ!」
「あっ。お、おい!? ギャル子!? ギャル子!!
……行ってしまった。まだ返事もしてないのに。
いったいどうしたんだ? あいつ。あんなに慌てて帰って」
チケットを渡しに来たと思ったら、返事をする間もなく帰る。
……この後に何か用事でもあったんだろうか?
それに遅れてしまいそうだから慌てて帰った、とか。
それならもっと余裕のある時に来ればよかったのに。
そしてちらり、と俺は手元のチケットに視線を落とす。
「どうするかな。是非行ってみたくはあるんだけどな。
けど……ニューイ達の世話も考えないといけないし」
そう頭を悩ませていると、
「行ってくればいいじゃろう。難しく考える事はあるまい」
声に驚き振り返ると、すぐ後ろにニューイが立っていた。
彼女の足元にはみずもちもいて、下から俺を見上げている。
「……ニューイ? 話を聞いていたのか、お前」
「ふっ。わしほどともなれば姿を隠すなどお茶の子さいさいじゃ。
本気を出せば頭の上に乗っていても気付かれたりはせん。
……まあそこまでやると少々疲れるから、普段はやらんが」
「そ、そうか……。それは、すごいな…………?」
自慢げに胸を張っているが、俺にはそれが凄いのか分からん。
姿を隠す事が自慢になるのはかくれんぼの時くらいだろう?
俺ももう、何年もかくれんぼなんてしていないからな。
「それよりも、がおーんランドとやらについてなんじゃがな」
話を戻して、ニューイが言う。
「龍太郎、おぬしが行きたいなら行ってくればよい。
わしもみずもちも、己の世話くらい己でしてみせるわ。
居候でしかないわしらにそこまで気を遣うでない」
「でも、本当に大丈夫なのか? お前達だけにして。
多分その日は一日帰って来れなくなるぞ。
掃除洗濯炊事。全部お前達だけでする事になるんだぞ?」
ニューイはそういうのやったが事ないって言ってたし、
みずもちは手伝ってくれるけどまだ手付きが覚束ない。
二人だけで家に残すとなると不安で一杯なんだが。
「ふん。侮るな。それくらいわしらでどうにでもしてみせるわ。
それに……折角の好意じゃ。有り難く受け取らねば勿体ないぞ」
「すらら~? すらすら、すらら~、すら~。すら~!」
「……そうか。そこまで言ってくれるなら行ってこようかな」
せっかく二人が背中を押してくれているんだ。
あんまり断り続けるのは、二人に失礼だよな。
「ありがとうニューイ、みずもち。有り難く楽しんでくるよ」
「うむ。分かればよいのじゃ。土産は忘れるでないぞ?」
「すらすら、すらら~! すら、すら、すら~!」
「ああ、もちろん分かってる。ちゃんと二人分買ってくるよ」
二人の好意に感謝し、俺はがおーんランドに行く事を決めた。
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