第12話

 それから俺達は様々なアトラクションを遊び尽くした。


「よっし! どっちの方が速いか勝負しよう!

 負けた方が昼飯は奢りだからな!

 早速今からスタートだ! よーい、スタート!」

「えぇ!? ちょっ、待ってよりゅうちゃん!!」


 巨大な恐竜ロボットに乗って操縦できるコーナーで、

 ロボットを走らせてギャル子と競争をしてみたり。


「ふむ。こいつらずいぶん美味そうに草を食ってるな。

 ……そんなに美味いのか? この雑草が?

 よし、試しに一枚食ってみるか。案外いけるかもしれん」

「その草は食べちゃダメなやつだよりゅうちゃん!?

 人間が食べられるようには出来てないんだから!!」


 恐竜のいる世界を体験する事ができるコーナーで、

 美味しそうに草を食む草食恐竜の真似をしてみたり。


「いいぞ、そこだ! やれー! ぶちのめせー!!」

「わー、カッコいい! 凄い迫力だねりゅうちゃん!」

「あぁ! やっぱりトリケラトプスだよな!!」


 恐竜の生態を間近に見る事ができるコーナーで、

 恐竜どうしの迫力ある戦いを目を輝かせて観戦したり。


 他にも様々なアトラクションを体験し、楽しんだ。


 ――本当にとても充実した時間だった。


 隣のギャル子はずっと笑みを浮かべている。


 俺自身も、がおーんランドで遊んでいる最中

 ずっと心の底からの笑顔を見せていたと思う。


「んー! どれもみーんな楽しかったね、りゅうちゃん!」

「あぁ。流石は世界一に輝いたテーマパークだ。

 遊びの質がどれも高い。人気になるのも当然だな」

「それ、りゅうちゃんはいったいなに目線の評価なの?

 評論家の人? もしかしてテーマパークの評論家なの?」

「ふっ。差し詰め俺はがおーんランド評論家、かな。

 もちろん公式に認知されてないから、自称だけどな」


 胸を張って言うと、ギャル子がえーと微妙な顔をした。


 ふむ。ギャル子にはまだこちら側の世界は早いようだ。

 まあこいつは元々がおーんランドが好きな訳じゃないしな。


 なに、時間ならある。ゆっくり染め上げていけばいい。


「それでりゅうちゃん。次はどのアトラクションで遊ぶ?」

「……そうだな。まだ行ってないアトラクションはどれがある?」

「ええっと……ちょっと待っててね。すぐに調べるから」


 ギャル子がランドの案内図を取り出し、広げて見る。

 俺も彼女の横から覗き見るように案内図を確認する。


「ウチらが行ってないのはこれと、ここと。あとは――」

「案外残ってるんだな。なら先にこれに乗ってから――」


 俺達はその後も時間を掛けてがおーんランド中を巡り、

 沢山のアトラクションを楽しみ思い出を作っていった。




 ――その事件が起こったのは正午を幾らか過ぎた頃だった。

 俺とギャル子が、翼竜の騎乗体験コーナーに来た時の事だ。


「――あれっ? ……ねえねえ、りゅうちゃん。

 なんだかあれ、ちょっと様子がおかしくないかな」

「あれ? ギャル子、どれの事を言っているんだ?」

「ほら、あれだよあれ。あの子供が乗ってる翼竜が。

 なんだか動きがおかしく見えるんだけど……」


 そう言われて彼女の指し示す方向に目を向けてみると、

 確かに何処か様子のおかしな翼竜ロボットが一体いた。


 場所は翼竜の騎乗体験コーナー。中心に程近い場所。


 数々の翼竜が来場客を乗せて空へと飛び立っていく中、

 その翼竜だけはどうにもガクガクと震えて飛び立たない。


 中々飛び立たない事に乗っている子供は不満げにしているし、

 近くにいる子供の母親らしき女性も困った様子を見せていた。


「ふむ。確かにおかしな挙動をしている。――妙だ」


 普通に考えればロボットの故障だが……その可能性は低い。


 秋葉グループは顧客を第一に考える事で有名な企業だ。

 当然、がおーんランドでもその理念は発揮されている。


 精密機械であるロボットを扱う都合上、がおーんランドでは

 毎朝施設内の各種ロボットの調子を点検して確かめており、

 少しでも不調が認められればすぐ整備に回す体制が整っている。


 当然、今朝も毎日の点検はしっかりと行っているはず。

 にも係わらず不調が出た、というのは少し考えにくい。


 考えられるとすれば整備不良以外での故障の可能性だが……。


「ロボットがあんなにおかしな動きをしてるんだよ?

 なのにスタッフの人、誰も気が付いてないのかな……?」

「……いや。一人だけ気付いた人がいるみたいだぞ。

 今あのロボットの方へ走って向かっている。

 あの人が辿り着けば、問題もすぐに解決するだろう」

「そっか。それならあの子も大丈夫だね。……よかった」


 ほっ。と溜息を吐き、ギャル子は胸を撫で下ろした。


 ……どうやらギャル子は子供を心配していたらしい。

 無理もない。こいつは優しい性格をしているからな。


 子供が危険な状況におかれていると知れば、

 とても心配せずにはいられなかったのだろう。


「ギャル子。問題は無さそうだし、俺達も翼竜に――」

『ギャオォオオオオオオオオンンンッッッ!!!!!』


 ギャル子を騎乗体験に誘おうとした――その時。

 轟くような咆哮が辺り一帯の空気を振動させた。


「りゅうちゃん見て! あの子の乗ってる翼竜がっ!?」

「なんだ、あいつがいきなり暴れ始めたのか!?

 まずいぞっ、あれはどう見ても制御を失っている!!」


 彼女の声に釣られて目を向ければ、暴れ回る翼竜の姿が。

 スタッフの制止も効かず、無意味な暴走を行っている。


 その背には降りる機会を逃したのか、しがみ付く子供の姿もある。


「ね、ねえりゅうちゃんどうしよう! どうすればいい!?

 このままだとあの子、腕が疲れて落ちちゃうよ!

 あの高さから落ちたら助からないっ! どうしよう!?」

「落ち着け、ギャル子。冷静に対処すれば助ける事はできる。

 何か柔らかい物を探して、子供が落ちる場所に敷けば――」


 子供の命は助けられる。そう続けようとして。


 ――しかし。甲高い悲鳴が俺の言葉を遮った。


 見れば、力尽きた子供が翼竜から落ちていた。

 母親は真っ青な顔で落ちる子供に悲鳴を上げている。


 その光景を目にして、ギャル子も悲鳴を上げた。


「――りゅうちゃん!? あの子がっ!?」

「――チッ! ここで待ってろ!!!」


 迷う暇はない。俺は置いて即座に駆け出した。


 間に合うか? ここからあそこまで距離がある。

 普通の人間なら間違いなく間に合わない距離だ。


 だが――ダンジョンに潜っている俺なら。

 人を超えた身体能力を持つ、今の俺なら。


 もしかしたら間に合わせられるかもしれない。


 ――いや! なんとしても間に合わせてみせるッ!!!


 地面を蹴る足に、限界を超えて力を籠める。

 ミシィ……ッ。と、骨が軋む音が聞こえた。


 だが今は無視だ。今は子供に間に合わせる事だけを考える。


 ――地面に足が付いたままだと衝撃が殺し切れないか。

 なら――空中でキャッチして無理矢理勢いを殺すしかないな。


 俺はそう決め、落下する子供に合わせてジャンプした。


 そして――落ちる途中の子供を空中で受け止める。


「……しまった。着地のこと考えてなかったな」


 子供を助けた直後、着地を考えてなかった事に気付いた。


 今、俺はジャンプの余力でかなり高い位置に滞空している。

 具体的に言えば、地面から30メートルほど離れた空中に。


 この高さから落ちれば、流石に今の俺でもダメージは免れない。


 ……はぁ。まあいいか。このくらいなら死なないだろう。

 最悪子供だけは無傷で守ろう。じゃないと助けた意味がない。


 溜息を吐き、そして――一気に空から落下し始める。


「――はぁッ!!!」


 空気を蹴り、落下のエネルギーを横向きに変える。


 正直やらないよりはマシ程度の小さな足掻きだ。

 それほど効果が出ると思ってやった訳ではなかった。


 ……しかし思いのほか効果が出た。


 落下の向きが真下一直線から斜めの方向へと変更される。


「しっかり捕まってろ。いいな!?」

「…………っ」


 抱き留めた子供がコクコク頷くのを確認して。

 そしてついに――俺は再び地面へと接触した。


「がは…………っ!?」

「…………っ!?!?」


 衝撃。


 勢いのまま息を吐く間もなく身体が転がり始める。

 そして数秒ほど転がって……ようやく停止した。


 全身が痛い。動かそうとするだけで激痛が走る。

 これから起き上がらなきゃいけないと思うととても億劫だ。


 しかし……腕の中の子供は無傷で泣きじゃくっている。


 子供を無事助けられた事に、俺は安堵の息を漏らした。


「りゅうちゃん! りゅうちゃん大丈夫!?」


 慌てたギャル子がすぐに駆け寄ってくる。


「……あぁ。なんとかな。全身が痛いが。

 子供も……まあ、上手く助けられたよ」

「ほんとによかったっ、二人が無事でっ!

 驚いてウチ、心臓止まると思ったもん!」

「止めるな止めるな。こんな事で一々

 死の淵を飛び越えようとするんじゃない」


 隣を見れば母親が子供を強く抱き締めている。

 子供も安心した様子で更に激しく泣いていた。


「……あぁ。その子の親御さんですか?

 安心してください。その子は無事です。

 見ての通り、怪我一つありませんよ」

「ありがとうっ、本当にありがとう……っ」

「お兄ちゃんっ、ありがとう……っ!!!」

「どういたしまして。助けられてよかった」


 その後。


 母子は駆け付けたスタッフによって保護され、

 念の為にと病院に連れていかれる事になった。


 一方、俺は周囲から多くの称賛を受けた。


 スタッフからも涙ながらに感謝を告げられ、

 とても誇らしい気持ちになった一方で、

 褒められすぎて少々面倒な気持ちにもなった。


 ――なので、さっさとその場を後にする事に。


 今は、翼竜騎乗体験コーナーとはまた別の場所にいる。


「……ふふっ。よかったね、りゅうちゃん?

 あんなに褒められたの、子供の頃以来でしょ?」

「いや、全然よくないって。俺は小さな子供か?

 褒められて喜ぶような年頃でもないのにさ」

「もうっ! 素直に喜べばいいのにっ」

「……はぁ。まあ、子供を助ける事ができてんだ。

 それだけはちゃんと、誇れる事だと思ってるよ」

「――うん! とっても恰好良かったよ!」

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