第2話

「いやー、満足満足! 本当に助かったのじゃ!」

「……随分と食べたな。いやまあいいけどさ」


 倒れていた女の子を背負って我が家に連れ帰った後。

 食事を提供してやれば、女の子はすぐさま復活した。


 復活した女の子の食べっぷりは凄まじかった。


 提供するそばから次々と完食されていく料理の数々。

 平らげられた皿には一欠けらのお残しすらない。

 豪快な腹の音の主らしいブラックホールの如き食欲。


 遂にはうちの食材を全部食べ切ってしまったほどだ。


 ……彼女の身体の何処にあれだけの量が入ったんだ?

 どう見てもあんな量をしまい込める身体してないんだが。


「少年、食事を恵んでくれてありがとうなのじゃ。

 おかげでわしは、無事に命拾いをする事が出来た」


 料理をすべて食べ終えた女の子はお礼を口にして頭を下げた。

 真剣な表情で感謝を述べる彼女に、俺は首を横に振り言った。


「別にいいさ。人として当然の事をしたまでだからな」

「いやいや。それではわしの気が済まん。

 是非ともおぬしに何か恩返しをさせておくれ」

「えーと、だな。急にそんな事を言われてもな……」


 俺としては本当にして当然の事をしただけなんだよな。

 別に感謝をして欲しくてやった訳じゃない。

 だから恩返しとか言われても、困るっていうか……。


「ふーむ。――なるほど! そうかそうか。

 わしが誰か分からないから言い辛いんじゃな!?」

「うーん。間違ってるような間違ってないような……」


 確かに名前も知らない相手からお礼を受け取り辛くはある。

 けどそれ以上に問題なのは彼女の容姿が幼い事なんだが。


 下手すればまだ小学生に見える彼女にお礼を催促するのは、物の分別が付かない子供にお金を貢がせているみたいで、良心にガッツリダメージがくるんだよ。


 お礼をする側である彼女には分かりづらい話かもしれないけれども。


「よかろう! ならば心優しきおぬしにわしの名を聞かせようではないか!」


 俺の内心の葛藤に気付く事なく、女の子はそう言った。

 バババッ! と勢いよく立ち上がってポーズを取った。


「よおく聞け! わしの名はニューイ。“最古にして最新の神”ニューイ!

 この星を含めた全宇宙を統べる、世界で最も偉大な存在――なのじゃ!」


 ババーン!!! と背後に派手な吹き出しのイメージが浮かび上がった。


「……ほーん。あ、俺は古賀龍太郎だ。よろしくな、ニューイ」

「お。あ、うむ。よろしくなのじゃ、龍太郎――って、ちがーーーう!!!

 おぬしわしの名乗りを聞いとったじゃろう!? 何故驚かんのじゃ!?」

「そんな事言われてもな……。神様とか、ちょっと信じられないし。

 それに腹空かせて倒れてたのが神様? いやいや有り得ないだろ」


 腹空かせて倒れてた奴が神様を名乗っても信じられる訳ない。


 だって神様ってもっとこう凄い存在だろう? 威厳のあるさ。

 いや、多神教の神だと結構だらしない姿な事もあるけどもよ。


「うっ。そ、そこを突かれるとちょおーっと辛いのじゃが……。

 しょうがないじゃろ? わし、地上に降りるの初めてじゃし。

 色々な所を巡り歩いておったら、気付いたら倒れてたんじゃ。

 それもこれも全部地上が楽しすぎるのが悪い。うむ。わし悪くない」

「いや。お前が悪いか悪くないかは別にどうでもいいんだけどな?」


 まあ話を聞いている限り、どう考えてもこいつが悪いと思うけど。


 各地を巡り歩くのが楽しくて気付いたら倒れていた、とか。それってつまり遊びに夢中になって自己管理を疎かにしてたって事だろう? 弁明の余地がないじゃん。


 彼女はいったいどの口で自分は悪くないとか宣っているのだろうか。


「まあなんにしても、だ。

 神様とか言われてもちょっと信じられない訳だ。

 お前の言葉を否定したい訳じゃないけどさ」

「む、むうう。そうなのか……」


 そう言うと、ニューイは落ち込んだ様子で黙り込んでしまった。


 しまった、少し言い過ぎてしまったか。と俺は眉を顰める。


 彼女は見た目からして子供。現実と空想の区別が付かない幼児。

 少々現実にそぐわない話をしているからと現実を突き付けるのではなく、ほどほどに相手をして満足させてやればよかった。さっきの発言は大人気が無さ過ぎた。


 何か慰めの言葉を掛けようと口を開いた――その時だった。


「むむむ。どうすれば……――いや、そうか!

 わしが神である事を証明するよい方法がある!

 龍太郎よ、おぬしの願いを聞かせて欲しい!」

「は、はあ? 急にどうしたんだよニューイ」


 彼女は何かを閃き、自力で元気を取り戻してしまった。

 声を掛けようとしていた俺は、思わず唖然とした。


「わしが神である事を証明するよい方法を思い付いたのじゃ!


 ――ずばり、おぬしの願いを叶えてみせればいい!


 おぬしは願いが叶い、わしは証明が出来てwinwinじゃ!

 おぬしに恩返しもしたかった事じゃし、丁度いいのじゃ!」

「はぁ。まあそれなら確かに証明は出来るだろうが……」


 仮にニューイが彼女の言う通り本物の神様だったとして、だ。

 神である事を証明する為に願いを叶えるのはどうかと思うが。

 俺には滅茶苦茶勿体ない力の使い方をしているようにしか思えん。


 ……まあ本当に彼女が神様だと言うなら、俺が力の使い方に関してどうこう言うのはお門違いなのかもしれんが。でも見ていて不安になるんだよな、この子。


「言うだけならタダじゃ、是非おぬしの願いを教えてくれ!」


 ニューイはキラキラと輝く瞳で俺を見つめてきた。


 ……うーむ。ここで何も言わずにいるのもアレか。

 しょうがない。何か丁度いい願いを考えてみるか。


 とはいえ、願い自体は簡単に思い付く事が出来た。


「そうだな……。なら、冒険がしてみたい、とかはどうだ?」


 俺が願うとするのなら、やっぱりこれに尽きるだろう。


 強大な敵。未知の世界。幾多もの試練。そして手に入る財宝。


 せっかくこの世に一人の人間として生を受けたのだ。

 ――己の身一つで、何か偉大な事を成し遂げてみたい。


 そういった願望が常にあった。今も俺の胸の内で燻っている。


 平和な世の中じゃ機会に恵まれないと半ば諦めているけれど。

 家族や幼馴染たちを悲しませてまでしたい事でもないからな。


「冒険がしてみたいとな? ふむ。もう少し詳しく教えてくれ」

「く、詳しく!? 詳しくか……。わ、分かった」


 ……それをまさかこんな形で誰かに話す事になるとは思わなかったが。


 言ってしまえば子供が幼少期に思い描いた現実離れした夢だぞ? これは。それを他人に聞き出されるのは、こっ恥ずかしいなんてもんじゃ済まないんだが。


 もしかしてこれが俺に与えられた試練なのか? ……勘弁してくれ。


「ふむふむ。なるほどなるほど。――うむ、分かったのじゃ!

 イメージが固まったのでな、早速願いを叶えてみせるのじゃ!」


 よ、ようやく終わったか……。俺は安堵の溜息を吐いた。

 まさか一から十まで、根掘り葉掘り聞きだされるとは。


 何度も適当なところで終えようとしたのに、その都度「まだじゃ! まだまだ残っとるじゃろう、おぬしの願望!」と異様な熱意で聴取を継続させられた。

 おかげで俺は本当に語る事がない。すべての願望を吐き出している。


 あの身体の何処から彼女はあれだけの熱量を生み出してるんだ?


「“最古にして最新の神”ニューイの名において命じる!

 我が真なる力よ、我が呼び声に応え深き眠りより励起せよ!」

「お、おおおおお!? なんだ、何が起きてるんだ!?」


 ――そして次の瞬間。俺は現実離れした光景に目を疑う事になった。


 なにせニューイが呪文のようなものを唱えた直後、彼女の背後に巨大な人型のような何かが垣間見えたのだから。“それ”は本物の神の如く、眩い後光を放っていた。

 咄嗟に俺は“これは現実の出来事なのか!?”と自身の正気を疑っていた。


 しかし“それ”は瞬きの後、夢幻のように一切の痕跡を残さず姿を消した。


「我が命に応じ、龍太郎の身にダンジョン渡りの力を宿せ!

 はぁああああ! 一発入魂、のじゃーーーーーーー!!!」

「お、おわぁああああああっっっ!?!?!?!?」


 巨大人型の登場に呆けていると、バチコーン! と頬に衝撃が走る。

 見れば、ニューイが開いた右手を掲げてガッツポーズを決めていた。


「むふふふ。成功したのじゃ! ぶい!」

「…………い、いったいなんだってんだ。おい」


 状況がまるで呑み込めず、俺はそんな言葉を口にするしかなかった。

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