第3話

「……はぁー。これはまた随分と……雰囲気のある場所だな?」

「そうじゃろ、そうじゃろ? わしを褒めてもいいんじゃぞ?」

「はいはい凄い凄い。ニューイはとっても凄い子ですねー」

「もうちょっと心を込めて褒めよ! なんじゃその棒読みは!?」


 褒めよと喚きながら迫るニューイを抑えつつ“広場”を観察する。


 ――いやしかし、実際これはかなり凄い場所じゃないか?


 まるで古代遺跡のような雰囲気の、厳かな空気が佇まう広場。

 広場の中心には玉座があり、それを囲むように門が並んでいる。


 彼女――ニューイの説明によれば、ここは通称“門の広場”。


 彼女から与えられた力――“ダンジョン渡りの力”――を使ったところ、辿り着いたのがこの場所だった。ここはダンジョンとの中継地点の役割を担っているらしい。

 この場所を経由する事で、様々なダンジョンへと向かう事が出来るようだ。


「ダンジョン渡りの力。ダンジョンを生成し行き来する力、か」

「ふふん。そうじゃ。おぬしの望み通りの力じゃろう?」


 自慢げに胸を張るニューイに、俺は苦笑いするしかなかった。

 もはや凄いなんて言葉では言い表せないほどの現象だからだ。


 今更ながらに神を名乗った彼女の言葉に嘘がなかったと実感している。


「ダンジョンとは無数の特異な環境を内包する不思議な異界。

 中には多種多様な世界、多種多様なモンスターが存在している。

 現時点でおぬしが行ける世界は一つだけじゃが、

 おぬしが世界を一つずつ攻略し、実力を上げていけば、

 実力に見合った世界への扉が徐々に増える仕組みになっておる。

 おぬしが望む“魂が震えるような大冒険”がしたければ、

 まずは簡単な世界を攻略して己を鍛え上げていくのじゃな」

「――……ありがとう。お前に出会えてよかった、ニューイ」


 彼女に出会わなければ、こんな幸運はなかっただろう。

 空想でしかなかったはずの冒険を実際に行える機会、なんて。


 感謝してもし切れない。彼女こそが俺の幸運の女神なのだ。


「にゅふふふふ。まあ精々頑張るのじゃな、龍太郎よ。

 ま、習うより慣れよじゃ。早速ダンジョンに行ってみるといい」

「あ、ああ。それはもちろんそうしたいところなんだが……。

 これ、どうすればいいんだ? 通れそうに見えないんだが」


 ニューイが指し示したのは玉座を取り囲む門の一つ。


 しかしその門は一見、通れるようには見えなかった。

 何故なら、門には通れそうな隙間が一切ないからだ。


 門の形こそしているものの、実態はどう見ても壁。近付いて細部を確かめてもとても開きそうな様子はなく、これは本当に通れるのかと頭に疑問符が幾つも浮かぶ。


 なんなら彼女に揶揄われたのだと言われた方がまだ納得がいくんだが。


「やれやれ仕方ないのう。一歩を踏み出す勇気が出んのか?

 仕方がないから、わしがおぬしの背中を押してやるのじゃ」

「いや勇気が出ないとかじゃなくて、この門の通り方が――。

 って、押すな押すな! 俺を門に押し付けるつもりなのか!?」


 潜るのを躊躇っていると、背後からニューイがぐいぐい押してきた。

 意外にもその力はかなり強く、徐々に俺の足が門へと近付いていく。


「はいはい。力を抜いてリラックスしてください、なのじゃー。

 大丈夫。一歩を踏み出しさえすれば終わるのは一瞬じゃからな」

「いやぶつかる! ぶつかるって――どわぁあああああ!?!?!?」


 全力で抵抗しているはずなのに彼女が動じた様子は一切なく。

 そして――とぷん、と。遂に俺は門の中へと落ちてしまった。


「うごっ! ぐべっ!? ――……っいててててて」


 門を潜り抜け、俺は柔らかい草の生えた地面に叩き付けられた。


 ぶつけた場所を抑えつつ、のろのろとした動作で起き上がる。

 身体のあちこちが痛い。下が草じゃなければ酷い事になってた。


「何すんだよニューイっ、俺のこと無理矢理押しやがって!

 あんな事して、怪我したらどうするつもりだったんだ!?」

「むむむむむ? ……はて、なにかがおかしいのじゃ。

 この世界では“押すな”は“押せ”の合図だったはずなのじゃが」

「それが適用されるのは芸人の世界でだけだ!

 一般人の間じゃ“押すな”は“押すな”のままでいいんだよ!」

「そうじゃったのか……。この世界の言葉は難しいのじゃ」


 危ないだろ!?と怒鳴れば、ニューイはしょんぼりと落ち込む。

 彼女の表情を見て、俺はなんとかそれ以上の言葉を飲み込んだ。


 別に、元々怒鳴るのが好きな訳でもないんだ。


 彼女が理解さえしてくれたのなら、それで十分。

 必要以上に怒鳴ってニューイを傷付ける趣味はないんだ。


「はぁ……。まあ、もう別にいいけどな。

 せめて次からは気を付けてくれよ……」

「うむ。二度と同じ間違いをするつもりはない。

 安心して今後もわしと話すとよいぞ、龍太郎よ」

「……はぁ、そうかい。そりゃありがたい事で」


 胸を張るニューイを見てると、何故かドッと疲れた気分になる。


 おかしいな。俺はいたって健康な身体のはずなんだが……?

 まさか歳か? 学生でありながら心が老いてしまったのか!?


「それで? ここはいったいどこなん……だぁ……っ!?」


 そして。現在地を尋ねるべく振り向いた時――俺は絶句した。

 何故ならば。俺の視界の先に広がっていたのは――


「うむ。ここはおぬしが最初に攻略する事になる世界。

 スライム達が住まう平原。名付けて――“スライム平原じゃ”!」


 ――何処までも延々と続く、遥かなる異世界だったのだから。


「これがスライム平原――そしてこれがダンジョン、なのか」


 地平線の先まで続いている、見事な若草色の大地。

 空には黄金色に輝く月と空中に浮かぶ巨大な島々。

 果てにはバカでかい影が悠々と雲の間を泳いでいる姿すら見える。


 感想すら浮かばない。ただ呆然と目の前の光景に見入っていた。


「うむ、そうじゃ。雄大で、なにより美しい景色じゃろう?」

「……あぁ。こんなに凄い景色を見たのは初めてかもしれない」


 きっとこの感動を言葉にしても陳腐なものにしかならない。

 口に出し純度を薄めるくらいなら、ただただ浸っていたい。


「にゅふふふふふふ! そうじゃろう、そうじゃろう!!

 この景色を見られるのはわしのおかげなんじゃからな、

 おぬしは精一杯わしに感謝するといいのじゃ! 全力での!」

「感謝ならしてるさ。きっと、これ以上ないくらいにな」

「にゅふふふふふふふふ! そうかそうか! ならばよい!」


 感謝を受け取ったニューイは、それからしばらく笑い続けた。

 にゅふふ、にゅふふふ、と。何度も何度も幼子のように。


 そしてある時、ふと我に返って恥ずかしくなったようだ。

 赤くなった顔で咳払いし、その後真面目な顔を作った。


 彼女を揶揄うべきかほんの少し迷ったが、やめておいた。


 こんな事で揶揄うのはなんかアレだし、

 ちょっと大人気がない気もするからな。


 それにせっかく出来た真面目な空気を壊すのも悪い。


「さて。では龍太郎よ。心して聞くがよい」

「――ああ。聞かせて貰おう」


 厳かな口調の彼女に応えるべく、俺も真剣な表情で返答する。


「この世界はおぬしの為に誕生したおぬしの為の世界じゃ。

 この世界にはおぬしの望む強大な敵があり、

 おぬしの望む未知の世界や数多の財宝があり、

 そして何より――おぬしの望む冒険が待ち受けるじゃろう」


 冒険。そう、冒険だ。俺はこれからこの世界を冒険する。

 いったいどんな冒険になるのか。今からワクワクが止まらない。


「とはいえ、それは決して安全である事と同義ではない。

 油断すれば怪我をする可能性もあり、命を落とす危険もある。

 きっと望まぬ結果を手にする事も多々あるじゃろう」


 そうだな。危険を冒すのだから、それも当然だ。

 けれどそれでこそ冒険なのだと言う事が出来る。


「そう。つまりわしが何を言いたいのかというと――」


 ニューイは少しだけ言葉を溜め、そしてにっこり笑った。


「――全力でダンジョンを楽しんでくるといい。

 そうすればこの世界は、必ず応えてくれるのじゃ」

「――あぁ、もちろん! 全力で楽しんでみせる!」


 彼女の激励の言葉に、俺は吼えるように全力で応えた。


 こんな素晴らしい世界を与えられて我慢できる訳もない。

 望み通り、俺は全力でダンジョンを楽しみ尽くそう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る