第4話

『さて。スライム平原を攻略する準備は整ったか、龍太郎よ』

「ああ。武器は爺さんが以前に土産でくれた木刀を持ってきた。

 防具は使えそうなのが無かったんだが……これで大丈夫か?

 仮にも戦闘をする訳だから、できるだけ頑丈な服を着てきたが」


 玉座にいるだろうニューイが、念話越しに声を掛けてくる。

 彼女の声を聞いた俺は、自身の装備を確認し不安をこぼした。


 ダンジョンを全力で楽しむ事をニューイに誓った後。

 俺は一旦家に戻り、装備として使えそうな物を持ってきた。


 流石に、装備無しでダンジョンに挑むのは命知らずが過ぎる。


 装備を身に着けず、結果死んだなんて事になりたくないからな。

 いざ戦闘になってもそれなりに耐えられる服を選んだつもりだ。


 ……ちなみにニューイが今いるのは門の広場にある玉座だ。


 あれは俺がダンジョンを探索中にニューイが遠隔からナビゲートする為の補助装置のようで、俺が潜っている間、彼女はあそこから念話でサポートしてくれるとか。

 こちらからは見えないが、あちらからは俺の姿が見えているらしい。


 浮かび上がり、星の模型が玉座の周囲を飛び交う光景は中々幻想的だった。


『問題ないのじゃ。出てくるのはスライムだけじゃからな。

 防具が必要になるほど攻撃力が高い敵はいないのじゃ』

「防具が必要ないって、まるでゲームのチュートリアルみたいだな」


 新発売! フルダイブ型ダンジョン攻略RPG! ……みたいな?

 隣にサポートガイドが付いているのもまさにチュートリアルって感じ。


 こんなゲームが発売されれば世界中で人気爆発するんじゃねえかな。


『似たようなものじゃ。ここは最も簡単な世界じゃから。

 む? そうこう言っているうちにほれ、敵が来たようじゃ』


 彼女の言葉を聞いて周囲に視線を向けると、確かにいた。

 青色のまんじゅうのような見た目をしたモンスターが。


「……えーと。これがスライム、なのか?」

『どうしたんじゃ、龍太郎?』

「いや、なんつーか……可愛らしい見た目をしてるな」


 青色のまんじゅうが目の前でぴょこぴょこ飛び跳ねている。

 コミカルな見た目とその動作が絶妙な愛くるしさを生んでいた。


 スライムって、ゲームとかだと大体二種類に分かれるんだよな。

 まん丸の可愛らしい奴と、ドロドロのちょいグロテスクな奴。


 ……どうやらこのダンジョンに出てくるのは、前者のスライムらしい。


 別にこだわりはないけれど、ちょっとだけ安心した。ちょっとだけ。


『ふ、何を言っておるんじゃおぬしは。スライムなんじゃぞ?

 可愛くて当然ではないか。スライムなんじゃから。

 スライムこそ全宇宙で最も愛されているモンスター!

 可愛くないスライムなぞ、スライムとは認めないのじゃ!』

「お、おおう!? な、中々強火な感じのアレですね……?」


 と安堵していたら直後、ニューイが烈火の如くスライム愛を語りだした。

 怒涛のように溢れ出てくる言葉の数々に俺はドン引きするしかなかった。


 ――スライムを語る彼女の姿、まるで推しを語る厄介ファンの如く。


 俺にはとても踏み入れられない未知の世界がそこには広がっていた。


 ……いや幾ら未知の世界での冒険を望んでいるとは言っても、こんなこんな訳の分からない世界に踏み込みたくはない。ダンジョンより遥かにディープじゃないか。

 冒険ってそういう事じゃねーから! もっと物理的なやつの事だから!


『ほれ。とりあえずまずは一回、攻撃してみるのじゃ』

「お、おう。分かった。……攻撃しても怒らないよな?」


 かと思えば、俺がスライムを攻撃するのを止める様子はない。

 これからスライムが攻撃されるのに彼女は平然と構えている。


 ……分からない。いったい彼女はどういう心境なんだ!?


 ほんとはスライムが好きじゃないのか? 実はアレ嘘だったのか!?

 あれだけ愛を語っていたのに、どうして平然としていられるんだ!?


 とはいえ。いつまでも攻撃を躊躇している訳にもいかない。

 とにかく一度、覚悟を決めスライムに一撃入れる必要がある。


 まずそうしない事にはここから話が進む事はないだろう。


「ふぅ。……よし。はぁああああああああッ!!!」


 呼吸を整えて、精神を集中。――そして目を見開く。

 次の瞬間、俺は力強くスライムへ向けて木刀を振った。


 ――ぱぁん! スライムは跡形もなく弾け飛んだ。


 ……え、なんだ? 今なにがどうなってこうなったんだ?


 木刀を振った直後にスライムが爆散したように見えたが……。

 まさか死んだ? もしかして今の攻撃であいつ死んだのか!?


『だから言ったじゃろう? ここは最も簡単な世界じゃと。

 そもそもここで負ける事は勝つ事より遥かに難しいのじゃ』


 様子を見ていたニューイにそう言われ、微妙な気分になる。


「それにしたってスライム、幾らなんでも弱すぎないか……?」

『それがいいんじゃろう? ふ、おぬしは全然分かっておらんな』


 イラッ。ドヤ顔を浮かべる彼女の顔を何故か無性に殴りたくなった。

 流石に実行はしないが。ニューイの容姿はどう見ても幼い少女だし。


『ま、分かったじゃろ? ここでは敵を警戒する必要はない。

 肩の力を抜いて、ゆっくりと気楽に攻略を楽しめばよいのじゃ』

「……あー。まあ、うん。そうさせてもらうとするよ」


 気楽にそう言ってきたニューイに、俺は溜息を吐き肩を落とした。


 はぁ。これだとダンジョンだからと身構えていた俺が馬鹿みたいだ。

 ……いや。彼女からすれば実際に馬鹿なんだろうな、きっと。


 彼女の言によれば、ダンジョンとは危険な場所だ。俺の自覚に関わらず。

 そんな場所で幾ら身構えていようと常時集中力を保つのはまず不可能。


 加えて俺には戦闘経験がない。集中すべきタイミングと力を抜くべきタイミングが分からないのだ。このままでは致命的なタイミングで集中が解け、大きなポカをやらかす可能性すらある。実際にそうなれば悲惨な結果になる事は想像に難くない。


 そうなるくらいならまだ力を抜いて行動し、余力を保っていた方がいい。


 彼女はそういう事を俺に伝えたかったんだろう。……多分。きっと。


『おお! 見よ龍太郎、今度はビッグスライムの登場じゃ!』

「……うわ、でっか。スライム何匹分くらいあるんだあいつ」


 はしゃぐような彼女の声に従い示された方を見れば、確かにいた。


 スライムと同じまんじゅう型のフォルム。体内に透ける赤い水晶のような物体。しかしバランスボールよりも二回りは大きなサイズを誇る、巨大なスライムが。


 でーん! と構えた姿にはまるで親分の如き重厚な存在感があった。


『ちなみにビッグスライムはスライム平原のボスじゃよ』

「は、ボス!? まだ二体目のモンスターだぞ!

 ちょっと出てくるのが早すぎないか? 大丈夫か?」


 たった二体のモンスターで終了するってどんなダンジョンだ!


 もしかして世界最小ダンジョンの記録でも狙っているのか?

 いや、そんな記録が存在しているのかは知らないけれども。


『仕方ないじゃろ? この世界はダンジョンで最も簡単な世界。

 出てくるモンスターの強さや数に制限が掛かっておるんじゃ』

「ならどうしてこんなに広々としてるんだ。必要なくないか?」

『だってこの方が入った時に感動するじゃろ? そういう事じゃ』

「あー、はいはい。なるほど? 要するにフレーバーって事ね?」


 衝撃の事実! ダンジョンの景色はフレーバーだった!


 知りたくなかった。あれが文字通り背景でしかないなんて。

 ダンジョンに入った時の感動を返して欲しい。切実に。


『まあ攻略を進めて行けばいずれあの背景も本物の景色となる。

 故にそう気を落とさずに攻略を頑張るのじゃ、龍太郎よ』

「おう……。――おわ!? あっぶな! なにすんだお前!?」


 黄昏ていると、ビッグスライムがタックルを仕掛けてきた。


 間一髪で避ける。ビッグスライムは真横を通り抜けていった。


 なんとか避ける事は出来たけれど、奴は名前通りにデカい。

 もし当たればかなりのダメージを負っていたかもしれない。


『にゅはは! 奴め、痺れを切らして仕掛けてきたようじゃな!

 龍太郎よ、しっかり相手をせんと負けるかもしれんぞ?

 ビッグスライムはスライムとは違い、少々手強いからのう』

「そんな事言われたってな――どっせぇえええいッ!!!」


 話しながら俺はビッグスライムに木刀を振るう。


 ――しかし弾力のあるボディに弾かれてしまった。


「!? 嘘だろ、攻撃がまったく効いてない!」

『ビッグスライムは弾力のあるボディを持っておるからのう。

 並大抵の打撃技では、傷一つ付ける事は出来んぞ?』

「マジかよ。俺、木刀以外の武器は持ってきてないぞ」


 これ以外の武器が必要になると思ってなかったからな。

 そも普通の民家にそう武器になるものがあってたまるか!


『にゅふふ。どうする? 今のままでは攻撃が通らぬが』

「そうだな――おっりゃあああ!!!

 ……チッ。これでもダメなのかよ」

『ダメじゃな。それではビッグスライムには効かんじゃろう』


 ビッグスライムの隙を突いて再び木刀で攻撃を加える。

 しかしやはり効かない。表面が多少震えているだけだ。


「……仕方ない。一度家に帰って何か作戦を練ろう。

 途中で帰っちゃダメなんてルールはないだろ?」

『もちろん。それでは攻略が常に命懸けになってしまうのでな』


 やっぱりか。彼女なら無粋なルールは作らないと思ってた。

 そんなルールがあればまずい事態になってしまうからな。


「なら一旦帰るよ。こいつを倒すのは有効策を見つけた後だ」


 ニューイにそう告げ、ビッグスライムに木刀を突き付ける。


「覚えてろよビッグスライム。必ずお前を倒してやるからな!」

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