第5話

「……はぁ。だーめだこりゃ。攻略する方法が全然見つからん」


 ビッグスライムの攻略方法を練る為に一度自宅へ撤退した後。

 俺は幾つかの作戦を立て再びスライム平原に踏み込んでみたものの、奴の鉄壁の弾力の前ではすべてが無力。策はどれも効かず、またもや撤退する羽目になった。


 それから数度同じ事を繰り返したが、未だ効果的な手段は得られていない。

 本当にあいつに勝てるのか、と俺は若干の自信喪失状態に陥っていた。


「色々試してみたんだけどなぁ。どれもまったく効果がない。

 この調子だと攻略するのにいつまで掛かる事やら。……はぁ」


 別にいつまでに攻略しなきゃいけない、なんて期限がある訳じゃない。

 俺がダンジョンに通っているのはあくまで、それが楽しいからだ。


 けれど……だからこそ。簡単なはずのダンジョンで足止めを食らっている現在の状況は、俺の精神状態に少なからぬ影響を与えていた。もちろん、悪い方向に。


「あー、龍太郎? 古賀龍太郎くん? 今は授業中だぞ?」

「へ? ……あっ! す、すんませんすどせん。ぼーっとしてました」


 肩を叩かれ声を掛けられた事で、思考から現実に意識が戻ってくる。

 目の前には学校の担任である須藤先生――通称すどせんの姿が。


 俺は慌ててすどせんに謝った。そうだ、今は学校にいるんだった!


「大丈夫か、龍太郎? 悩みがあるなら聞くぞ?」

「いえ、大丈夫です。大した事じゃないので。

 これからはちゃんと授業聞きますんで。はい」


 心配してくれるすどせんには悪いけど、言える訳がない。

 ダンジョンの事を考えてたからぼーっとしてた、なんて。


 すどせんはゲームに理解あるタイプの教師だけど、それはそれとして授業中は真面目な態度が望ましいとも考えている。もし俺がゲームの事を考えていたからぼーっとしてたなんて知られれば、真面目なすどせんには注意されてしまう事だろう。


 どう考えたって俺が悪いとはいえ、注意されるのは出来るだけ回避したい。


「そうか? なら授業を再開するぞ? さっきの続きから――」


 俺の言葉に納得したのか、すどせんが授業を再開する。

 真面目に聞こうとするが、しかしどうにも集中力が続かない。

 聞こえてきた言葉が右から左へと自動的に流れてしまう。


 そして俺はいつの間にかまたダンジョンの事を考えていた。


「……あいつにダメージを通せる武器とかあればいいんだけどな。

 ……けど仮にあったとして都合良く手に入れられるか?

 ……鍛冶師のおっさんに頼み込む訳にもいかないしな。

 ……流石に本物の武器を売ってくれる訳ないだろうし。

 ……いや。もしかしてダンジョンで武器を手に入れられるのか?

 ……ダンジョンなら武器の一つ二つ出てきてもおかしくないよな?」


「おい龍太郎? 古賀龍太郎くん? ……反応しないな。

 完全に意識がどっかにいっちまってるな。

 これじゃあとても授業にはなりそうにないな。

 島田、今日は予定を変更して自習にしても構わないか?」

「だいじょぶだいじょぶ! むしろ自習になってラッキーだから!

 安心してね、すどせん! りゅうちゃんの様子はウチが見とくよ!」

「ああ、ありがとう。それじゃあおっさんは職員室に戻る。

 龍太郎の事頼むな。なんかあったら職員室まで来てくれ」

「はーい、分かったー! ばいばーい、すどせーん!」

「いい加減ちゃんと須藤先生って呼んでくれ、まったく」





「――は! あれ、ここは教室か?」

「あ、りゅうちゃん起きた? 大丈夫?」


 そして俺が再び思考から現実に意識を戻すと、

 いつの間にか授業は3時間目まで終わっていた。


 その事を教えてくれたのは、俺の唯一の同級生。

 兼幼馴染の島田楓子――通称ギャル子だった。


 ちなみに教室にいるのは俺とギャル子の二人だけ。

 このクラスに他の生徒など一人もいない。

 アマギ村高校は全校生徒僅か二名の高校である。


「ねえねえりゅうちゃん、今日はどしたん?

 なんか授業中ずっと上の空だったけど」

「……あー、そうだな。なんて説明したものか」


 ギャル子はアマギ村で唯一俺と同じ年齢の女子だ。


 性格は前向きで明るく、且つとても社交的。

 見た目も世界で戦えるレベルで整っている。

 小さな村出身である事が信じられないくらいの逸材だ。


 幼い頃は両親が芸能界に出す事も考えてたとかなんとか。

 まあそれは結局、本人の希望でなくなったらしいけれど。


 今もムーチューバーになったら人気出るんじゃないか。


「あ、言い辛い事とかなら無理して言わなくてもいいよ?

 ウチだって無理矢理聞き出したい訳じゃないしさ」


 ……ふむ。まあギャル子になら話しても構わないか。


 こいつは人から聞いた話を言い触らすタイプでもない。

 どんな相談をされても軽く扱ったりはしない奴だから。


 念の為、なにか適当な誤魔化しは入れた方がいいだろうけど。


「うーん……、うん。じゃあちょっと聞きたいんだが」

「っ! なになに!? なんでも聞いて!」

「その、だな。スライムってどうすれば倒せると思う?」

「え、スライム? ……もしかしてゲームの話?」

「……まあ、そうだな。うん。これはゲームの話だ」


 ふむ、なるほど。確かにゲームの話って事にした方が都合がいいか。


 丁度よくギャル子がゲームと口にしてくれて助かった。

 今度誰かに相談する時はゲームの事にして説明するとしよう。


 ん? 何故かギャル子が昔のテレビみたく機能停止してるな。

 こっちを向いたまま目を見開いている。……なにしてるんだこいつ。


 人差し指でギャル子の額を押してやれば彼女は機能再開した。


「……はー! なんだゲームの話だったのかー! よかったー!

 てっきりりゅうちゃんが何か深刻な悩みを抱えてると思ってた!」

「え。俺もしかしてギャル子に気ぃ遣われてたのか?

 なるほど、だから声がなんか優しい感じだったのか。

 いつものギャル子と違うから変だと思ってたんだ」

「なにおー! いつものウチは全然優しくないってかー!?」


 ぷんすかと怒ったギャル子が、ぽかぽかと叩いてくる。

 力もほとんど入っておらず、まったく痛くはない。


 けれど悪い事を言った自覚はあるので俺はすまんすまんと謝った。


「まったくもう! それで、スライムの倒し方だっけ?」

「ああ、悩んでてな。ヒントだけでも得たいんだ」


 できれば倒し方を見つけられればそれが一番なんだが。

 実物を見せられる訳もないし、贅沢は言わないさ。


「と言ってもなー。ウチ、そのゲームがどんなか知らないし。

 大雑把にでいいから、どんなゲームなのか教えてくんない?」

「そうだな……。大雑把に言うと、ダンジョンものだ。

 それも現実と見間違えるくらい、超リアル志向のやつ」


 なにせ最悪の場合、命を落とす事も有り得るらしいからな。

 今のところ命の危険は感じてないが、これは間違いなくリアル志向。


「リアル志向……ダンジョンもの……うーん。うん。

 それならさ、そのスライムに弱点とかないの?

 現実と間違えるくらいリアルに作られてるなら、

 まったく弱点がないって事はないはずだよね?」

「弱点……? ――そうかなるほど! 弱点があったか!」


 弱点と言ったギャル子の言葉に、俺は天啓を受けた。


 ――弱点! 確かに弱点の有無はまだ確認してなかった!


 幾ら現実の出来事であるとはいえ、あれはダンジョン!

 確かにモンスターなら弱点があって当然だよな!

 どうして俺は今までその事に思い至らなかったんだろうか!?


 よくよく思い返せば、あのビッグスライムの体内には如何にもそれらしい赤い水晶のような物体があったじゃないか! あれが奴の弱点である可能性は高い!

 つまりあれにダメージを通す事さえ出来れば――奴に勝つ事が出来る!


「あまりにも現実味が強すぎて完全に考慮の外だった!

 そうだよな、普通モンスターには弱点があるよな!

 簡単な事すぎて逆に盲点だった! あはははははは!!」


 気付けば俺は笑っていた。自分の馬鹿さ加減に笑うしかなかった。


 まさか本当に答えが得られるとは。もっと早く相談すればよかった!

 ギャル子に相談して本当によかった。ナイス、さっきの俺!


「え、なになに? まさかもう解決しちゃった感じなの?

 楓子ちゃんが隠し切れない天才さを見せつけちゃった感じ?」

「ああ! お前は天才だよ、ギャル子!

 こうしちゃいられない、今すぐ早退しよう!

 そして帰ったら速攻で奴を倒してやる!」

「ええ!? りゅうちゃんもう帰っちゃうの!?

 まだお昼にもなってないよ!? ご飯食べないの!?」

「悪い! 一緒に飯を食べるのはまた次の機会な!

 すどせんによろしく言っておいてくれ、ギャル子!」


 急いで荷物を纏め、そのまま教室を飛び出す。

 背後から呼び止めるギャル子の声が聞こえた。


「ちょっと待ってよ、りゅうちゃーん!?」

「あははは! また明日な、ギャル子ー!」


 俺はそのまま学校も飛び出し、家への道をひた走った。

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