Because it's there - 異星を登る - 冬寂ましろ様

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https://kakuyomu.jp/works/16818023211735235080



キャッチコピー

未踏の地。そこへ初めて足を踏み入れる感覚と高揚感は、誰にも譲れない


 なぜ山に登るのか~なんて話は登山家にとって愚問だという話もありますが。麓から見上げる景色と、山頂から見渡す景色に魅せられるというのは、過去に山登りをした私も分かります。あの達成感は何物にも代えがたいですよね。

 十二歳という若さにして、登頂を果たしたジュンコ・タナイベ。月にそびえる山から見る地球。「やはり地球は青かった」なんて思うどころか、思わず青ざめてしまうようなその光景はしかし。彼女をさらなる高み(山頂)へと誘うものだったに違いありません。

 先人達が未踏の山を登る時、自分は未だ麓にすら立っておらず。崖にハーケンを打ち、一歩一歩登っていく様は、まさに歴史の一ページ一ページに名を刻むような行為のよう。しかし、タナイベはそれに屈することなく、反骨精神で以て三大峰に登頂したという功績は、文字通り足跡となり、名を刻み。反骨精神からの粉骨砕身の努力によって、確かな地位を確立できたことは大きなステップであり、その喜びもひとしおだったのだなぁと強く感じされられました。

 そして、そのすり減らしさらさらになった骨を評価してくれた、オリュンポス山登山隊。タナイベにとっては、喜びとともにまるで心に花が咲いたような心持だったのだと思います。(あちらは灰ではありますが、粉末つながりということで)花咲かじいさんのように。

 そんな中、迎えるルミナとの出会いにより、過去の話にも花が咲き。

 親の心子知らず、とは言いますがタナイベにとっては、山が親のようなものなのでしょう。何も言わず、ただそこにあるだけ。その果てしなく広く大きい背中は何も語らずとも、そこへ上りたいと、そのてっぺんを取ってみたいとタナイベに強く印象付ける。

 そんなタナイベを心配するもう一人の人物、ルミナ。彼女を慮り、一人でそそくさと準備を進めるも、まるで後ろ髪をひかれるように振り返れば、そこには無邪気な笑顔。この先の展開が少し不安になってきました……。自分の死に様をタナイベに見ていてほしい……そんなもしもは絶対にあってくれるなよ、と心の中で必死に祈っておりました。

 しかしそんな不安は杞憂に終わり、ほっと一安心。そして、迎えた人類未踏破の地。かつてのタナイベにとっては、昔の出来事がフラッシュバックしそうではありますが、今は隣にルミナがいる。その安心感たるや、強い絆のごとし。それをザイルに編み込めば、命綱よりも安心できる要素になりますよね。と、そう思っていた矢先。

 不慮の事故により、その中を引き裂かれた二人。現実は、氷よりも冷酷に、まざまざとその様相を見せつけてくる。そして、ルミナの無事を手放しで喜べるほど、事態は軽くはなかったなんて……。トラウマ。そんな畏怖は(IFは)二人にとっては、想定の埒外で。それでも、同行するルミナはタナイベにとって、否お互いにとってすごく深いところでつながっているのでしょう。

 冷え切っていく体に、しみわたる温かい言葉。お互いの体温以上にその温度を感じられるのは、二人の世界というランタンが灯っているから。

 二人で上ることを決意し、再び外へ……しかし。満天の星空を仰ぐタナイベが差し伸べた手も、ザイルもルミナには届かない。満天の星空? ルミナが隣にいて、仰ぎ見る空でなければ、満点(満天)の星空ななんて、絵空事。どうかこの現実こそ、絵空事であって欲しいと、嘆かずにはいられませんでした。

 タナイベが拭った涙が谷底に落ちていく。その涙を受けて、ルミナは「ジュンコ、頑張ってね」と精一杯応援してくれているような気がしました。

 タナイベの最期がどうなったのか。それを知る術はありませんが。厚い氷壁をもたやすく溶かしてしまうような二人の大きな愛は、きっとどこかで静かにその明りをともしていることでしょう。

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