第44話 「それは君次第」

「済まないね、突然」


 カフェエリアで席に着くなり、レイトは軽く頭を下げてきた。

 さすがにその姿に慌てたユウヤも頭を下げる。


「君はホントに律儀だねー」


 一足先に顔を上げたレイトが楽しそうに目を細める。

 その声にユウヤは慌てて視線を上げる。

 その仕草がどこか滑稽であり、レイトはさらに興味深そうに見つめてくる。


(コノハと表情が似てる、やっぱり兄妹だもんなぁ〜)


 呼び出された事を一瞬忘れ、ユウヤはレイトの表情をぼんやりと観察していた。


「ところで、本題だけど」


 気がつけば、レイトの瞳はユウヤの方に向けられている。

 いつもの事ではあるがその瞳の奥には吸い込まれそうな何かと、その奥で煌めく炎を見た気がした。


「は、はい!」


 まるで金縛りにあったかのように姿勢を正したユウヤがかろうじて声を出す。

 わずかに上ずった声を聞いたレイトが少し眼を細める。それはユウヤの態度を見て笑ったようだった。

 ヘビに睨まれたカエルのような気分のユウヤだが、必死に声を出そうとする。


「悪いけど、緑谷さんとの事は聞かせてもらった」


 そう言うレイトの顔からは特に表情は見て取れない。

 相手の出方は分からない。だがユウヤは先ほどコノハとの話の中で考えた回答を口にしようとしたが「ストップ」と手を挙げたレイトに制止された。


「君は自分を押し殺して何とかなると思っているのかな?」


 少々重い音がテーブルから響く。

 レイトが軽く天板を叩いたのだった。

 ユウヤが背筋を伸ばし座り直す。

 緩い雰囲気のカフェエリアの中において、二人の空間だけ気温が下がっていくようだった。


「オレが押し殺している?」


 ユウヤの眉がわずかに動く。

 まるで営業先にいるような空気を感じ取ったのだ。

 レイトの掌に向けられていたユウヤの視線が上がる。

 眼の前にいるレイトが微笑んでいるように見えた。

 少しだけ口の端を吊り上げたレイトの顔を見ながら、ユウヤは背筋に冷たいものを感じた。


(状況を楽しんでいる?)


 ユウヤはいつの間にかレイトの顔を凝視していた。

 次に何を言い出すのか表情から読み取れない。


「緑谷さんとの件、アレはいつのこと?」

「に、2年前のことです」


 答えながらも思わず唾を飲み込んでしまい、どもり気味になってしまった。

 それでも圧力に飲まれまいと、ユウヤは見つめ返す。


「その件の結論は出たの?」


 その言葉に嫌な記憶が蘇る。

 それでも顔には出さないように努めて平静を装うとしたが、わずかに口元が歪んでいた。


「ええ、まあ。オレの中では決着ケリは付いています」


 なんとかそれだけを口に出したが、本当のところはまだ迷っている。

 自分の意思を押し込めて進めても、その先で問題が起こることは分かっているが、人事権が自分に有るわけではないし、技術者プログラマーが必要なのも事実だ。

 だから、ユウヤは心の整理をつけたと強弁したかったのだ。

 だがそのユウヤの考えもレイトにとっては想定の内、とでも言いたげに見えた。


「僕らは、不必要に相手の関係に立ち入るつもりはないよ」


 ことさら『大人』を強調しながら、レイトはテーブルの上で手を広げる。

 その動きを見ているユウヤは何をするのかと興味をひかれ、思わず身体を乗り出した。


「だから僕は君に提案するよ」

「提案……ですか?」


 レイトの言葉にユウヤは首をかしげる。

 個人の感情の問題なのに、何を提案するというのだろうか。

 そのユウヤの動きを見て楽しそうにレイトは微笑みながら続けた。


「緑谷さんが入社して暫くの間、君が彼に付いてもらおうと思うんだ」

「付くって、新人教育OJTって事ですか?」


 レイトの意図が見えずにユウヤは首をひねりつつ答える。

 中途採用とは言え経歴的に問題のない緑谷に教育は必要なのだろうか?

 もちろん、社風や規則について教える必要は有るだろうし、何より使用するプログラム言語の種類などについてはちゃんと教える必要はあるのだが……。


「でもそれなら、俺より技術課のプログラマーに頼むのが筋では?」


 ユウヤ自身、口をついて出た言葉は非常に真っ当な言葉だと思う。

 だが、それすらも予想の範囲だったのかレイトは笑みを崩さない。


「ああ、OJTのことは気にしなくてもいいよ。君に頼みたいのは」


 もったいぶるように一息つくと、レイトはそれまでの笑みを消し真面目な面持ちでユウヤを見つめる。


「君への指示は、緑谷さんと『二人で作業をしてほしい』ってことだ」

「さ、作業って何を……?」


 普段の優しく語りかけるような言い方ではなく、断定した口調に思わずユウヤは身動ぎした。

 作業と単純に言ってもさまざまだ、さらに言えばユウヤと緑谷の得意範囲は異なっている。

 その二人が協力してやるとなれば何か大掛かりな作業、もしくは雑用をユウヤは想定した。


「ああ、もちろん雑用とかではないよ」


 怪訝そうなユウヤの表情を見て、レイトはいつものような笑顔に戻り笑いながら答える。

 もっとも、そういう時のレイトはコノハと同じく何かを企んでいて怪しいと、ユウヤは睨んでいるのだが……。


「君たちには、ミニゲームを企画制作してもらおうと思う」


 レイトの口から出た言葉にユウヤは一瞬、何を言われたか理解できなかった。


「え、っと……ミニゲームですか?」


 ようやく頭が回り始めたユウヤが答えるが、動揺のためか声が少し上ずっていた。

 その様子から、ユウヤの思いを感じ取ったのかレイトは説明を始める。


「ミニゲームはね、簡単な内容だけにプランナーの企画力や、プログラマーの技術力が如実に現れるんだ」


 そう言いながらユウヤをじっと見つめる。

 コノハならここでホワイトボードなりに図解を書き始めるのだが、ここは兄妹でスタンスが違うらしい。


「蒼馬君はこちらに来て数カ月、まだ自分で企画を書いたこと無いだろ?」


 図星をつかれユウヤは「ええ、まあ」と曖昧に答えることしか出来なかった。

 そんなことを気にしていないのかレイトは同じ調子で話を続ける。


「そして、緑谷さんは現状、僕達から見れば力量は未知数。だから少しでも彼を知っている君が、使を見極めるためにも二人で作業をしてほしい」


 その言葉を聞いてユウヤの顔がわずかに引きつる。

 自分の教育をするのと同時に緑谷の実力を判定し、使えるか否かを判断しろというのがレイトの指示なのだ。

 それは裏返せば、緑谷ヒサシの命運は自分が握ることになるのだ。


「君が今後、リードプランナーかプロジェクトマネージャーとして独り立ちすれば、常に人事も考える必要になる。ならばここで人を見る目を養うことも必要だなと思ってね」


 いつの間にか机に肩肘を付いていたレイトは、その腕の上に頭を乗せて小首をかしげていた。

 目を細めたため伺えない瞳が鋭く値踏みしているようにユウヤは感じた。


「もし君が必要ないと感じるのであれば、彼は試用期間終了と同時に退職してもらうことになる」

「その権限をオレに渡すと言う事ですか?」


 背中に流れる冷や汗を感じつつもユウヤは確認する。

 だがそれもレイトには予想済みだった。


「いやいや、君の意見は参考にするってだけで当然だけど、技術課からの意見も聞くよ」


 空いていた手を顔の前で左右に振りながら明るく答える。


「君に重点的に見てほしいのは緑谷さんの協調性の部分」


 レイトはユウヤに言い聞かせるようにゆっくりとした口調で告げた。


「そこを君が判断して報告してほしい……」


 緩やかに言い聞かせるように告げると、片手で前髪をかきあげた。

 同時にユウヤは唾を飲み込む。

『人を評価する』

 リーダーやマネージャーをやる以上は、いつかは来ると思っていたことだ。

 だが心の準備はまだだった。


(出来るのか、オレに?)


 その言葉が口にでかかった時だった。


「その話、乗った!!」


 ユウヤの後ろの扉が勢いよく唐突に開かれたと同時にその声が響いた。

 何事かと振り向けば、不敵に笑い両手で扉を開いたコノハの姿があった。

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ワグテイルプロジェクト ~俺達のゲーム開発は前途多難(仮)~ サイノメ @DICE-ROLL

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